第12話 天才令嬢と悪役令息(中編)
巨大すぎる帝都の街並みは七つの地区に分かれている。
周辺諸国を併合して膨れ上がった都市の街並みは雑多で、増築を繰り返したせいで高さもばらばらだ。当然、日の当たらない場所も出てくる。正直に言って身なりから見たサシャは貧民街出身だと思っていたのだけど、案内されたのは下町の中流区画、入り組んだ路地の奥にある場所だった。
「オイ、気を付けろよ。見られてんぞ」
中流区画とはいえ、大通りから離れた場所は日陰者が多い。
よそ者の私たちに刺すような視線が集まってくる。
だけどジャックがひと睨みするとそそくさと目を逸らした。便利すぎる。
「持つべきものは目つきの悪い猟犬ね」
「誰が犬だ」
「了見が狭い猟犬ね。便利だって褒めてるのに」
ジャックは複雑そうな顔になった。
「それは……喜んでいいのか?」
「主人が褒めたら素直に尻尾を振りなさい」
「結局犬扱いじゃねぇか!」
私の
と、そんなことを言ってる間に着いたらしい。
三階建ての立派な家の玄関でサシャは立ち止まった。
「こ、ここです」
「ん」
機織り師にしては立派な家だ。
聞けば、サシャの両親は工房長も兼ねていたらしい。
一階は工房になっていて、数台の機織り機と机、壁の端に貧相な棚がある。
二階へ続く階段は奥にあり、そこがサシャの家になっていた。
「……」
お世辞にも綺麗とは言えない部屋にジャックが顔を顰める。
確かに洗い物は溜まっているし、部屋はぐちゃぐちゃで、強盗でも入ったみたい。
「汚いわね」
「言っとくがテメーの部屋も似たようなものだったからな」
「失礼ね。あれでも整理されていたのよ」
「覚えとけ。汚部屋の住人はみんなそう言うんだ」
「……」
サシャは私たちを三階へと導いた。
二つの部屋があるその一つは「リリの部屋」と立札がかけられている。
「リリ? お姉ちゃんだよ。ただいま」
「お姉ちゃん……?」
部屋に入った瞬間、むわりと広がる死の匂い。
リリと呼ばれた少女の身体は痩せ細り、全身に赤い斑点が浮かんでいた。
姉の姿を見たリリは瞳に涙を溜めて首を振った。
「お姉ちゃん……もういいよ……リリのために働かないで……」
「リリ……」
「リリ、もう十分だよ。お姉ちゃんが傷つくの、やだよ……」
「……っ」
サシャは息を呑み、ぐっと拳を握った。
「だ、大丈夫だよ! 今日は薬師さんを連れて来たんだよ!」
「くすしさん……?」
「そうだよ。すごい人なの。リリの病気なんて簡単に治しちゃうんだから!」
「邪魔するわよ」
姉妹の間に割って入り、私はリリの手を取った。
赤い斑点の正体は発疹だ。脈は弱いし、骨と皮膚だけみたいに細い。
よくもまぁ、こんな状態で生きているものね。
いや、生かされているといったほうが正しいのかしら。
「おねえさんが、くすしさん……?」
「えぇ。ラピスよ」
「だめだよ……リリにさわっちゃ……うつっちゃうから……」
病名はすぐに分かった。
「魔毒性の麻疹よ。これならすぐに治るわ」
「ほんとですか!?」
「えぇ。帝国に麻疹が流行したのは二百年以上前だもの」
当時は麻疹の流行で一つの街が滅びそうになったらしい。
恐るべき感染症だけど、対症方法が確立された今、そこまで怖い病気でもない。
しかもどうやらこの子の麻疹は特殊みたい。
「薬を処方しておくわ。身体が弱ってるから一日に一回飲んで。歩けるようになったら二回に増やして頂戴。まぁ、一週間もすれば治るでしょう」
「わぁ……あ、ありがとうございます!」
「仕事だからね」
「よかった……よかったねぇ、リリ……」
「リリ、なおるの……?」
「うん、うん……治るんだよ。また一緒に遊ぼうね」
リリの目から涙が滲み、病気の少女は儚げに微笑んだ。
その時だった。
一階から音がした。
「あ、おじさんかも」
「……おじさん?」
「はい、時々様子を見に来てくれるんです」
私はジャックと顔を見合わせた。
てっきり身内はいないと思っていたけど。
「わたし、見てきます!」
サシャが嬉しそうに走り出すのを見て後に続く。
一階には栗毛の男性が所在なさげに立っていた。
「おじさん!」
「サシャ、元気か。ん? この人たちは……」
「薬師さんだよ。すごい人なの。リリの病気が治るんだって!」
「……そうなのか」
おじさんと呼ばれた男はサシャと似ている。
優しそうな男は一瞬だけ固まり、そして私たちに頭を下げた。
「ありがとうございます。姪たちを助けてくださって」
「仕事だから構わないわ。それより、お前がこの子たちの保護者?」
「えぇ。リードと申します。二人の両親が死んでからは後見人になってまして……ただ自分は第二地区で門番をやっていますから……あまり家には帰れないのですが」
「そう」
サシャが嬉しそうに振り返る。
「時々薬を貰ってくれるんです。おじさんのおかげでリリが長生き出来て……」
「そうだサシャ、今日も一本譲ってもらったよ」
「ほんと!? ありがとう!」
リードは懐から取り出した薬瓶をサシャに渡した。
私はそれを無理やり奪い取って、戸惑うサシャの前で匂いを嗅ぐ。
ふわりと漂う甘い匂い。ツンとした刺激臭。
私は蓋を閉じ、それをジャックに渡した。
「毒よ」
「え」
その場の全員が固まる中で、私は諸悪の元凶を指差した。
「お前が犯人ね。この人殺し」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます