第13話 天才令嬢と悪役令息(後編)
「ど、どういうことですか……? 自分が人殺し? 何のことだか」
「とぼけないで」
白々しい。バレないとでも思ってるのかしら。
「この僅かに甘い匂いと刺激。これはマンドラゴラの毒を薄めたもので間違いないわ」
マンドラゴラは帝都周辺では自生していない、南方地方の植物だ。麻酔に用いられる成分を含んでいるけど、ちゃんと処理しないと幻覚や発疹などを引き起こす神経毒を持っている。少なくとも、七歳ぐらいの女の子にあげるようなものじゃない。
「おい、マジか?」
「マジよ」
ジャックの疑問に頷きながら、私はサシャを見る。
まだ信じられないだろうし、酷な話だけどこれがすべての真実だ。
「サシャ。リリの症状が悪化したのは両親の死後と言ったわね」
「は、はい」
「ちょうど同じ時期にこいつが現れなかった?」
サシャは目を見開いた。
「そ、それは……でも、お父さんたちが死んだから……」
「さっきから何なんだアンタ! 失礼にもほどがあるぞ!」
「両親が生きていた頃、こいつは一度でも現れたことがあった?」
「……何度か」
サシャの年齢が十二歳。物心ついたのは五歳くらいかしら。
つまり物心ついてからの七年間、こいつは数回しか姿を見せなかったことになる。
それなのに両親が死んでから頻繁に会いに来るようになる?
子供たちを引き取りもせずに?
冗談でしょ。都合が良すぎるわよ。
「でもその時、お父さんと喧嘩していたから……」
サシャはリードと距離を取りながらジャックの後ろに隠れた。
賢明な判断ね。リードの顔をご覧なさい。
さっきまでの笑顔が嘘のように消えてるわ。
「サシャ、お前の父は工房主と言ったわね」
「は、はい」
「祖父からの代から続いている?」
「……そう、です。父は二人兄弟で、リード伯父さんがお兄さんで」
やっぱりそうなの。全部繋がったわ。
貴族じゃなくても骨肉の争いというのは似たようなものね……。
ほんとやんなっちゃう。溜息をつき、リードを睨みつけた。
「リード。土地の権利書を欲しがってる男を差し向けたのはお前ね」
「……何を言ってるのか」
「おそらくお前は工房を継ぎたかったけど、何らかの理由で継げなかった。兄なのに工房を継げなかったお前は弟の下で働くことを嫌がり、兵士になった。でも、諦めてなかったのよね。兄が死んだあと、土地の権利書を受け継ぎ、自分が工房主として再開する予定だった……」
その両親が死んだのも、たぶんこいつの仕業でしょうね。
邪魔な二人を殺してしまえば無力な少女二人。あとはどうとでも出来る。
まぁそこまでは推測でしかないから、サシャには言わないけど。
「目論見通りに行くはずだった。でも予定外の邪魔が入った。それは土地の権利書がサシャに譲られたこと」
「……」
「役所の正式な手続きの入った書類よ。お前は必死になって探したでしょうね。でも見つからなかった。場所を知っているのはサシャだけ。そしてサシャの弱みは明らか。じゃあ話は簡単よ。人質を取ってサシャを脅してしまえばいい。小娘一人、権力を匂わせればすぐに落ちるだろう……」
サシャの顔がどんどん蒼褪めていってるのが分かる。
たぶん、叔父に権利書の在り処を聞かれたことを思い出したんでしょう。
あるいは「自分が預かるから安心しろ」とでも言われたのかしら。
「以上よ。ちなみに証拠はその薬瓶。成分を調べればすぐに分かるわ」
「……」
「何か申し開きはある? この外道」
「……外道、か。はは。外道はどっちだ」
リードの顔つきが変わった。
さっきまでの優男は見る影もない。それはまさしく鬼の顔だった。
「ようやく全部が俺の物になるはずだったのに、台無しにしやがって……!」
「おじさん、じゃあ本当に……」
「あぁそうだ! お前には手を焼かされたよ、サシャぁ……! 生意気な小娘が。素直に権利書を渡しておけば妹はあんなに苦しまずに済んだのになぁ……!」
「そんな……」
「で、お前はどうするの。証人も証拠もある。法廷に突き出せば全部終わりだけど」
「そうだな。法廷に出られればの話だが」
サシャが小さく悲鳴をあげた。
リードが腰に佩いた剣を抜き放ったからだ。
「もういい。お前らは全員ここで始末する。筋書きはこうだ。不運な強盗に襲われた少女たちと薬屋は、目つきの悪い男に殺された……俺は必死に抗ったが、二人を守れなかった」
「ふん。安っぽい筋書きね。猿芝居にも劣るわ」
「黙れ……全部、弟が悪いんだ! 俺のほうが上手く商品を作れるのに、貴族に気に入られたあいつが、全部を持って行ったから……!」
「愚かね」
私は懐から護身用の毒瓶を取り出した。
「本当に自分が作る物に自信があるなら工房を出て自分で創業すればよかったのよ。本当は自信がなかったんでしょ? 自分でやっていくのが不安でたまらなかったんでしょ? だから人から奪うことしか出来ないのよ。自分の不安を他人のせいにして楽になるのは止めなさい。無様だわ」
「黙れ……」
「お前の本質はただの臆病者。独りよがりな殺人者よ!」
「黙れぇええええええええええええええ!」
一足の間合いが詰められた。
銀閃が走る。振りかぶられた剣は私の頭を一刀両断する──
「黙るのはテメェだ、この野郎」
その寸前、ジャックの拳がリードの顔面を殴り飛ばした。
きりもみ打って地面に打ち付けられ、リードは呻きをあげる。
私は目の前に立つ男の背中に拳を突き入れた。
「いでっ」
「なんで助けたの、駄犬」
「馬鹿が。俺が助けたのはテメーじゃねぇ」
ジャックは背中をさすりながら私の手元を見やる。
「何の薬か知らねぇが、んなもんガキの前でぶっ放す気か。トラウマになんぞ」
「愚かね。ただの濃硫酸よ。顔面が黒焦げになるだけ済むわ」
「怖すぎんだろ! 夢に出て来るわ!」
「死にはしないから大丈夫よ」
「死ぬよりひでぇからな!?」
生きていれば治せる余地はあるのだから十分でしょ。
まぁ失明はするかもしれないけど、あいつはそれだけの罪を犯したんだから。
ジャックがため息をついてリードを見下ろす。
「で、どうすんだコイツ。騎士団に突き出すか」
「それを決めるのは私たちじゃないわ」
現状、こいつがサシャの両親を手にかけたのは私の推測でしかない。
証拠だけ見ればこいつの罪はサシャの妹を病気にしたことだけなのよね。
最悪、こいつが毒薬だとは知らなかったと言えば白を切り通せてしまう。
私は後ろで震えているサシャを見た。
「お前が決めなさい。サシャ」
「わ、わたし……?」
「そうよ。これはお前の問題よ。お前が決めなくてどうするの」
「……っ、わたしは……」
サシャはぐっと目に力を入れて、ごしごしと涙を拭った。
十二歳の子供にしては決然とした目でリードを睨みつける。
「わたしは、あなたを許しません。でもお父さんに免じて突き出すのは止めてあげます……もう二度と、わたしたちの前に現れないでください!」
「……っ」
「だってよ、オイ」
ジャックが肩を竦めてリードを見下ろした。
「さっさと失せろ、俺の雇い主に殺されたくなかったらな」
「な、何なんだ……一体誰なんだ、お前ら!」
「あら、そういえば挨拶がまだだったわね」
私とジャックを交互に指差すリード。
挨拶を忘れるなんて、私ったら淑女の心を忘れてたわ。
貴族時代を思い出しながら髪を掻きあげ、優雅にカーテシーする──
「お初にお目にかかるわ。私は」
「バラン公爵家のジャック・バランだ」
「ば、バラン家……公爵家の……!?」
ちょ、なに私の口上奪ってるのよ!
抗議の目をを向けるけど、ジャックは譲らなかった。
「あぁ、そうだ。次にこいつらに手を出してみろ」
ニィ、とジャックは口の端をあげる。
「テメーの喉元に噛みついて、骨の髄まで食い殺してやるぞ」
「ひ、ひいいいいいいいいい!」
リードは悲鳴をあげて何度も転びながら去って行く。
たぶんもう二度と会うことはないだろう。
それにしても、私のいいところを持っていきやがったわね。
「自分だけ悪役気取って、カッコつけてるつもり?」
「るっせー。言ってろ」
ジャックはそっぽ向いた。
「あいつが逆恨みしたらどうすんだ馬鹿。こういうのは男に任せてたらいいんだよ」
「……」
(こいつ、もしかして私たちに危険が及ばないために)
自分一人に恨みを向けさせることで守ろうとしたのかしら。
そんなことしたって誰も褒めないし、私だって嬉しくないけど……
(なんだ。いいとこあるじゃない)
うちのお兄様やらお父様に見習ってほしい獰猛さだった。
男らしい、と言い換えてもいい。
(まぁやり方が下手くそ過ぎるし自分の身はどう守るのか聞きたいところだけど)
「今日のところは褒めてあげるわ」
「あ? なんだって?」
「なんでもない」
これにて一件落着。あとはリリを治していくだけだ。
「お、お二人とも、ありがとうございました!」
サシャは感極まったように頭を下げた。
「本当に、なんとお礼を言っていいか……」
「気にしないで。仕事だから」
「は、はい。あの、残りの代金は……いつか必ず」
「そのことだけど」
リードが置いていった毒薬を掴み、私はくるくると手で弄ぶ。
「マンドラゴラの毒は貴重なのよね。伝手はあるけど、中々手に入らないの」
「はぁ」
「普通に買ったら金貨一枚くらいするのよ。これ、代金として頂くわね」
「え…………あ」
私はサシャに背を向けた。
「三日置きに経過観察に来るから。安静にしておきなさい」
「……っ、あ、ありがとうございました!!」
ひらひらと手を振って玄関を出ると、清々しい陽気に包まれる。
ふと、後ろのジャックがニヤニヤしているのに気づいた。
「何よ」
「暴走女にもいいとこあるじゃねぇかと思ってな」
「この毒薬ぶちまけるわよ?」
「やめろマジで死ぬつーか栓を抜くな馬鹿!」
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