第26話 薬草採取(中編)

 

 帝都から南へ百キロル下った場所に癒しの森はある。

 竜車がなかったら日帰りじゃ無理なだけど、竜車を走らせたら二時間くらいで着く。うっそうと生い茂る森は来る者拒まず、去る者を喰らうと言った様子で、癒しの森という名前とは裏腹に棲んでいる魔獣や幻獣は凶悪なものばかりだ。


 身の丈三メルトを超える変異種のオーガや、探索者たちの荷物を盗む邪悪なレプラコーン。あるいは突進で大樹をなぎ倒すパイコーンなど、とてもではないけど私一人じゃいけない場所である。護身用の毒薬も魔獣相手にはあんまり効かないし。


 そんなわけで、私たちは竜車に乗って癒しの森へ向かっていた。

 向かい合わせに座ったジャックが拳と拳を合わせて獰猛に唸る。


「探索は久々だな。腕が鳴るぜ」

「嬉しそうね、お前」

「じっとしてたら身体が鈍っちまうからな」

「……まぁそれはいいのだけど」


 私は足元でたぷたぷ揺れる水樽を蹴った。


「なんでこんなもの持ち込んでんのよ。これのせいで足が伸ばせないのだけど」

「飲み水だよ。もし森で遭難したら水不足で死ぬからな」

「心配しすぎでしょ。邪魔、退けて」

「もう持ち込んでるから無理だ。いいから、ここは探索者の指示に従え」

「……ふん、下僕の癖に生意気ね」


 確かに絶級探索者のコイツの意見には一理あるのだろうけど……。

 それはそうと、こんなに大量の水を持ち込む必要がどこにあるのかしら。

 飲み水だって言うなら魔術具でも持ち込んで川の水を浄化すればいいのに。


(まぁ無理か。私もこいつも、そんな準備する時間もなかったし)


 薬屋が軌道に乗ってきてくれたおかげである程度貯蓄が出来始めたから、今後は休みの日を利用して日用品の買い出しに行くのもいいかもしれない。今日の腹いせにこいつに荷物持ちをやらせてやろう。そんな決意をしていると、ジャックが昼食の入ったバケットを持ち上げた。


「そろそろ飯にすっか」

「そうね。お腹空いたわ」


 街道に停車して休憩を取る。

 業者から借りた竜車には魔獣除けの香を纏わせてあるから、ひとまずは安全だ。

 この香が効かない魔獣はこの辺りには居ないし。

 竜車の中でジャックが作って来た弁当を広げ、二人で食べる。


 バゲッドに挟んだカリカリのベーコンにはチーズが挟まれていて、レタスがシャキっとしていて美味しい。塩加減が絶妙だわ。バケット自体にも塩気が効いているから、挟んでいるものを先に食べちゃっても大丈夫な気遣いが嬉しかった。こいつ、探索者より料理人のほうが向いてるんじゃないかしら。


(喉が渇いて来たわね……水筒は……)


「ん」


 ジャックが水筒を出してきた。私は虚をつかれたけど、すぐに受け取る。


「ん」


 代わりにサンドイッチを入れた箱を出す。


「ん」


 受け取ったジャックは笑った。

 ソース瓶を出して、サンドイッチにかけてくれる。


「ん」


 ソース瓶を受け取ってジャックのにもかけてやる。

 二人一緒にかぶりついた。


(ん~~~っ! 黒胡椒でピリっとしたベーコンにマスタードが合う!)


「うめぇだろ」

「そうね」

「また作るか」

「今度は生ハムが良い」

「原木欲しいな」

「帰りに買いましょうか」

「だな」


 食べ終えると、どちらからともなく立ち上がった。


行きましょう行くか



 薬草採取に出発だ。






 ◆◇◆◇





「──ハッ!」


 鋭い斬撃が狼の身体を真っ二つにした。

 血を噴き出して倒れる狼を見たジャックは剣を払い、鞘に納める。

 正直に言おう。私は感嘆の息を禁じえなかった。


(驚いた……こいつ、こんなに強かったのね)


 ジャックの周りには既に七体の狼が転がっている。

 不遜にも私に向かって襲い掛かって来た群れはジャックの前にひとたまりもなかった。

 木陰から出ると、ジャックが振り向く。


「おい、まだ出てくんな。どっから襲われるか分かんねぇだろ」

「大丈夫よ。周りはちゃんと見てるもの、獣の気配はなかったわ」

「……襲ってくるのが獣とは限らねぇだろ」

「なによ。何か文句ある──きゃ!?」

「馬鹿──っ!」


 狼の死体に足を取られ、危うく転びそうになる。

 血だまりが目の前まで見えた瞬間、ジャックの腕が伸びて来た。


「大丈夫かよ」


 肩を支えられて顔を上げると、呆れたようなジャックがいた。

 あと一歩で顔が触れそうになるほど近い。


 ……それにしてもコイツ、綺麗な目をしてるわよね。どうでもいいけど。


 目と目が合うと、ジャックは真っ赤にした顔を背けた。


「わ、悪い」

「別に構わないけど」


 私は首を傾げて発情した下僕をにやりと笑う。


「もしかして私の美貌に見惚れちゃった?」

「あほか。んなわけねぇだろ」

「それにしては顔が真っ赤なようだけど」

「これは返り血だよ」

「さすがに無理があるんじゃないかしら」


 うっせ、と身体を離してジャックはため息をついた。

 冗談はさておいて、目的地までもう少しだ。

 狼たちの死体を置き去りに向かおうとすると、ジャックが「待て」と呼び止める。


「なに?」

「こいつの皮を剥ぐ。時間くれ」

「……十分だけよ。日が出てるうちに帰りたいから」

「了解」


 ジャックはナイフを取り出して慣れたように狼の皮を剥ぎ始めた。

 なかなかに手馴れている。こうしてみると、ほんとに探索者なんだなって思う。

 手持無沙汰な私は木の幹に身体を預けた。


「ねぇ。そんなもの何に使うの」

「……夜、冷えるだろ。ちゃんと処理したらお前のシーツに使える」


 え?


「自分で使うものじゃないの?」

「俺は別に寒くねぇ。お前、いつも寒がってただろうが」

「……まぁ、そうだけど」

「下に敷くだけでだいぶ違う。試してみていいんじゃねぇの」


 私は周りを見渡した。死屍累々と転がる狼たち。

 普通は一匹殺せば逃げていくものだけど、ジャックは逃げる隙を与えなかった。


「……もしかして、こいつら全部倒したのってそれのため?」

「それ以外何があんだよ」


 ジャックは呆れたように肩を竦めた。


「ちっと時間はかかるがな。一向に買おうとしないから作ることにした」

「……よく、見てるのね」

「ふん。毎日起こしに行ってるからな」


 ジャックは鼻を鳴らし、黙々と狼の皮を剥いで処理を始めた。

 竜車に持ち込んでいたあの邪魔な水樽を使い、血を洗って丁寧に作業をする。

 こいつ、あれだけ「飲み水だ」とか言い張ってた癖に……。


「悪いが、ちょっと待ってろ。すぐ終わる」

「……シーツなんて買えばいいのに」

「毎日使うもんだぞ。その辺のやつなんて信用できるか」

「そんなこと言ってたら生活出来ないわよ?」


 ジャックはぼそっと言った。


「……俺が嫌なんだよ」

「はい?」


 何が嫌なの?


「なんでもねぇ。いいから待ってろ」

「……分かったわよ」


 樹の根に腰を下ろし、頬杖をついて作業を眺める。

 常に動いてなきゃ死んじゃう私だけど……


 今は、この静かな時間が心地良かった。




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