彼女

 表題にもあるとおり、彼女ができた。年は一歳年上で、贔屓目で見なくとも美人で、賢くて、どうしてこんな死にたがりと付き合ってくれたのかわからないような、別れた後になってもとてもいい人だった思えるような素敵な人だった。


 二年生に上がった時、たまたま統計の発表のグループになった時に出会ったのが彼女だった。彼女もまた、留年して学年が上がった人間だった。最初のうちは、なかなか打ち解けずにいたものの、グループでの活動を重ねてくうちに仲良くなっていた。


 発表が終わった時。グループで打ち上げをしようという話になった。


 場所は彼女の家。特段何かを感じたわけではないが、きっとこうやって集まって何かをするのは人生で最後かもしれない。という気持ちで彼女の家で集まって、飲めない酒を無理に流し込んだ。


 だが、彼女の家は一人ではなかった。


 年は当時二歳になったばかりだろうか。小さな女の子が彼女のそばにいた。


 他のメンバーは気を使っていたのかもしれない。自分も口には出さなかったが、彼女がシングルマザーだったのは火を見るより明らかだった。


 その子は、自分によく懐いてくれて。今でも、仲間と歓談中に絵本を膝の上で読ませてあげたのを記憶に覚えている。時折見せる、その子と彼女のやりとり。


 自分の中で、何か憑き物が剥がれたような気分だった。


 あの二人のやりとりを見ているだけで、目から涙が溢れそうになった。


 たったそれだけ、彼女とその子やりとりは尊く、この世の何者にも変え難い美しい光景だと心の底から思えた。


 その日の帰り道、少しだけ早く席を離れた自分は涙を流しながら近くの川で、リュックの中に入っていたロープを川に投げ捨てた。


 そんな彼女のことを自分が好きになるのも時間の問題で。そして奇跡としか思えなかったが、こんな自分を彼女も好きでいてくれた。そして、そんな彼女と同じように彼女の子供のことも心の底から愛していた。


 今までの自分ではいけない。


 そのために、大学を辞めて。改めて、自分の目指していた教師の道を目指すべきだと考えた。あの二人を支えるためにはどんな労力も惜しまない。そう思っていた。


 しかし、現実は甘くなかった。受けた大学は軒並み落ちた。最後に泣きつくようにして受かった通信制の大学で教員目指すつもりだった。


 こんな自分に嫌気がさしたのかもしれない。もしくは、自分にあいた大きな穴を彼女で埋めようとしたからかもしれない。彼女は、自分から徐々に離れていって、気づけば。彼女は違う男性と付き合っていた。


 何もかもを失ったと思った。


 一度は父親と呼んでくれたあの子に、死にたいほどに申し訳ないと思った。


 こうして、彼女とその子との関係は終わった。そして、そんな彼女のいる土地で生きていることが辛くなって、逃げるように東京へと上京した。

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