第十話:アイアンクローと、子猫ちゃん
*
「おイタが過ぎる子は……オシオキしなくちゃ、ね?」
言葉と同時、ディアドラはふざけた台詞の内容とは裏腹に、右腕に力を込めて少年の腕を捻り上げ──そして、まるでタオルでも投げるかのような何気も無い手付きで投げ飛ばした。
「っあ、ぐあああっ!?」
ディアドラの背後から伸ばされ掴まれていた少年の腕が軋み、次いで無造作に投げられ地面に叩き付けられる。不意打ちを不意打ちで返され、挙げ句背中をしたたかに打ち付けられて一瞬少年の息が詰まった。
「『結社』の子ね。アタシのお相手はアナタのようね、可愛い子猫ちゃん」
玉砂利を踏んで近付くディアドラの姿に、少年は跳ねるように起き上がり飛びすさって距離を取る。軽いとは言え人一人を軽々と片腕で投げるディアドラの怪力に、少年は軽く舌打ちを零した。
「クソっ、デカブツだから動きも大した事無いと思ってたのに……! 完璧に気配消してた筈なのに、あれで腕掴むとか!」
「やあねえ、そんなに見くびって貰っちゃあ困るわ。そうねえ、経験の差ってヤツかしらね?」
「何が『ね?』だよ、オッサンの癖に!」
少年は叫ぶと同時、地を蹴り音も立てずにディアドラに肉薄する。スカートが風に翻り、袖から引き出し握った兇器が刃を煌めかせる。
「だからおイタは駄目って──言ったでしょ!」
ディアドラは少しだけ身体を捻ると、またも無造作に腕を振るった。その逞しい腕は軽々と少年の肩を掬うように突き飛ばす。少年の身体がふわり宙に舞う。
「ひあっ、ぐ……おっ!?」
跳ね飛ばされた少年の身体は参道脇の樹にぶつかり、ずるずると落ちて地面にくたりとへたり込む。身体へのダメージはさほどでも無いだろうが、その可愛い顔に滝のように流れる汗と荒い呼吸が、精神へのダメージを物語っていた。
「駄目よぉ~子猫ちゃん。そんな子供騙しの戦法じゃ、アタシは倒せないわよぉ?」
大袈裟に太い眉を下げてダメダメと顔を振るディアドラをキッと睨み付け、少年がギリと歯噛みする。玉砂利を鳴らし歩み寄るディアドラに、少年は額の汗を拭ってゆっくりと立ち上がった。
「……その『子猫ちゃん』って言うのやめろよ。ボクにはマドイっていうれっきとした名前があるんだよ!」
拳を震わせ叫ぶ少年──マドイに、ディアドラは片眉を上げてフフンと笑んだ。
「成る程ね、アナタはマドイちゃんって言うのね、よろしくね。アタシはディアドラ・テライよ。ああ、名乗らなくてももう知ってるのかしら。『結社』には『組織』の情報なんて筒抜けだものね?」
「何がディアドラだよ、オッサン。ホントの名前はテツゴローの癖に」
「あらあら、そこまで知ってるのね。個人情報もへったくれもありゃしないわ。……でもね」
笑んだまま、ディアドラの逞しい腕が伸びた。その動きは滑らかに速く、マドイが避ける暇も無く大きな手の平が少年の顔を覆う。マニキュアの塗られた指先がぐぐっと食い込み、その痛みにマドイが逃れようと手足を暴れさせ始めた。
「アタシはオッサンじゃないわ、お姉さんって呼びなさい? 今度オッサンって言ったらタマ握り潰すわよ、こ・ね・こ・ちゃ・ん!?」
「……うが、ぐ……ぐあ、……」
くぐもった唸りがマドイの口から零れる。必死で手足をばたつかせるものの、がっちりと食い込んだディアドラのアイアンクローからは逃れられず、しかも太い腕はその怪力で徐々にマドイの身体を持ち上げてゆく。
「ねえ聞いてる? 分かったらお返事なさい」
「……あが、……わ、わがっ……だ……え、ぐ」
唐突にマドイの身体が弛緩する。腕一本で空中に吊られだらんと手足の垂れたマドイの様子に満足すると、ディアドラは突如パッとその指の力を緩めた。
ドサリ、とマドイの身体が玉砂利の上に落ち、くたりとへたり込む。全身からどっと汗が流れ、呼吸はぱくぱくと喘ぐように荒く速い。
ディアドラはフンと鼻で笑うと、仁王立ちで足許にうずくまるマドイを見下ろした。
「いい? オッサンは禁止、分かった? こ・ね・こ・ちゃ・ん!」
「だったら、オ……あんたも、その『子猫ちゃん』って言うの、やめろよな!」
まだ懲りずにディアドラを睨み付けるマドイの視線を真っ向から受け止めて、ディアドラが腕組みをする。少し小首を傾げた強面の顔にさらりと縦ロールが流れた。
「でも、マドイちゃんが猫なのは事実でしょう?」
さらっと零れた一言に、マドイがはっと驚きの表情を浮かべる。
「な、何で分かった……!?」
「気配よ気配。アタシ、霊力を操るのは苦手なんだけれど、霊気とかを読んだり感じたりするのは得意なのよねえ。勘と経験によるものかしら」
座り込んだまま目を大きく見開くマドイに、ディアドラは濃くアイシャドウの引かれた目をウインクして見せる。だからね、と続けてルージュのたっぷり塗られた唇が動く。
「マドイちゃんがずーっとアタシの後を尾けてきてた事も、その気配が『猫』だって事も、最初っから気付いてたのよねアタシ。気配消してるつもりだったんでしょうけど……残念ね?」
「ああ、くそ、一枚どころか何枚も上手じゃないか……!」
がっくりとうなだれるマドイに溜息をつき、ディアドラは苦笑した。彼にはこの若き子猫が、過去の自分を見ているようで哀れでならなかったのだ。
故に、──油断した。
──ゴウン、ゴウゥゥン……。鐘が、鳴り響く。前触れ無く響いてきた鐘の調べに、ディアドラの意識は一瞬、隙を見せた。
鐘の音に弾かれるように、座り込んでいた筈のマドイが突如、バネのように跳ねた。その動きは俊敏で、気配が無いままの動作にディアドラは対応出来ぬまま、腹にマドイのタックルを受ける。マドイの手には小さな光る刃が握られていた。
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