第七話:消える死体と、凪いだ闇
*
『……あー、あー、突然で驚かせたかな? 久し振り、オボロだ。皆元気かな?』
唐突に、空気をぶち壊す放送が左耳に流れ込み始める。オボロの低く滑らかな響きに、ビクリとワダチは身を固くし、ススグは眉をしかめた。
『状況に変化があったのでお知らせだ。『組織』陣営、『結社』陣営、共に一名ずつ死亡。繰り返す、共に一名ずつ死亡、だ』
「……成る程、こうやって放送する事で焦燥感を煽ろうとでも考えているようだな」
オボロの話す内容にススグが顔を歪めた。ワダチも肩の力を抜き、溜息を吐く。
「人数は言うのに、誰が死んだかは言わねえのな。効果的かもだけど嫌らしいぜ」
「同感だな」
二人がげんなりと零し合う間も、オボロの放送は淡々と続いてゆく。
『さて死亡した人員について、重要な事を報せておく。聞き逃さないようにな。──死亡した人員の死体は、こちらが回収する。もう一度言う、死亡した人員はこちらが回収する』
「は!? マジかよ、ふざけんなよ。回収って……どういうつもりだよ」
オボロの告げる内容に、ワダチが素っ頓狂な声を上げた。当然コヨミの遺体を連れて帰るつもりだったワダチは、回収するという言葉に過敏に反応する。
「しかし、放置したままという訳にもいくまい。後で返却してくれる手筈ならば、むしろ親切とも言えるのではないか」
いきり立つワダチをいさめるススグの台詞に、はっとワダチは息を飲んだ。
「そっか、そういう見方もあるのか。成る程、そう考えるとまあ、そっか」
「とは言え返却を保証するとは言っていないし、そもどう扱うかも分からんのだがな」
「どっちだよ!」
微妙な距離感で二人が言い合っていると、不意にソレは二人の前に現れた。
──ぷるん、とその身が揺れる。半透明で薄墨色の丸い身体を震わせるそれは、どう見てもスライムのようだった。
空中から突如降ってきた一メートル程の大きさのそれは、地面でぷるんと震え、その身をバウンドさせながらチギリへと近付いてゆく。ワダチとススグの二人は余りにも不可解なその光景に、揃ってそれを凝視した。
「……これが、回収役、なのか」
「そのようだな……」
二人が見守る中、スライムのような物体はぷるぷると身体を引き延ばしてチギリに覆い被さると、ぶるぶると細かい痙攣を始めた。チギリの死体の下に溜まっていた血がみるみる吸い取られ、煉瓦の敷かれた地面が綺麗になってゆく。
再びそれがぷるんと丸い形を取り戻す頃には、チギリの死体はおろか、血痕すら何も最初から無かったかのように地面は元通りになっていた。
「器用なものだな」
感心したようにススグが零す中、それはワダチのすぐ傍のコヨミにも同様の動作を繰り返す。恐る恐るワダチが作業するそいつを指で突くと、少し硬めのゼリーのような感触のそれはくすぐったそうにぷるりと身を捩った。
呆然と感心の混じった表情でワダチが眺めていると、コヨミの本体を回収したそれはおもむろに噴水にもぽちゃりと侵入した。どうやらコヨミの片脚の存在も忘れてはいないようだ。
それは脚を回収し終えざばんと噴水の縁に上がると、まるでお辞儀をするかのようにぷるんと身体を歪め、そしてぴょんと飛び跳ねて──消え失せた。
一連の出来事に二人は毒気を抜かれ、何度もまばたきを繰り返した。同時に大きく溜息をつき、そして──顔を見合わせる。
「……どうするよ、此処で戦う?」
「いや、やめておこう。何やら……興が削がれた」
「同感だよ。感情がジェットコースターみたいに振り回されっ放しで落ち着かねえ。アンタとやるのはやぶさかじゃないけど、今はなんか違う気がする」
「そうだな、貴様の言う通りだ。今はその時では無い」
気怠げにワダチが立ち上がり服の汚れを払うと、ススグもふわり宙に浮く。
「では、さらばだ。また相まみえ酔うぞ」
「あんま再開したくは無いけどな。──じゃ、またな」
ススグは闇よりも濃い霧に姿を溶かし、ワダチもまた狼へと姿を変じた。二人は笑みも零さず別れを交わし、その場を静かに去って行く。
残ったのは月下に煌めく噴水と、微かに漂う死の気配。しかし僅かな血の香りの残滓すら、風が運び去って跡形も無く消え失せる筈だ。
そして夜は次第に更け、ただ深みを増してゆく──。
*
『てけり・りり、てけてけり、てけてけりりり、りりり』
「うんうん、いい子だ。お使いよく頑張ったな」
『てけてけ、りりり、てけりりり』
時計塔の先端、僅かな足場の縁。そこに、オボロは腰掛けていた。
膝の上では丸くぷるぷるとした墨色の物体──先程、商業地区でコヨミとチギリの死体を回収したスライム状の生物が、その身体を震わせている。
ワダチ達の前に現れた際にはその目的から一メートル程の大きさを保っていたが、今は直径三十センチメートル程度のコンパクトなサイズに変化していた。あまつさえ、てけりてけりと甘えた鳴き声を出し、褒めてとばかりにオボロへと擦り寄っている。
こうまでされると情も湧いて来るもので、オボロはねぎらいの言葉を掛けながらよしよしとそのぷるぷるした身体を撫でてやっていた。少し硬いゼリーのような身体がひんやりとして、これはこれで意外と気持ち良いのだ。
「さて、ようやく一組が脱落か。ここからはトントン拍子に進んで貰いたいのだがな」
オボロが眼窩の光景を見遣りながらひとり呟く。
雲一つない夜空の下、島は未だに静けさを保っていた。
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