第四話:赤き獣と、溶ける霧
*
「でいっりゃあぁああぁあーっっ!」
「──っっ、ぐ……!!」
ワダチが膝に纏った燐光と男が咄嗟に張った障壁とが衝突し、爆発するが如く光が噴き上がる。朱と臙脂が混じり合い、あたかも本物の炎めいた燐光が激しく飛散する。
膝蹴りの勢いに押され男は数メートル後ずさるが、それでも男は立ったままで、ワダチは金色に瞳を輝かせながら舌打ちを零す。
「……何だ、これでも倒れないのかよ」
「見くびって貰っては困るな、これでも『結社』ではそれなりの地位に就いているものでね」
「まだ本気出してないって言いたいのかよ!」
飛び退いたワダチは今度は至近距離から蹴りを放つ。爪先に燐光を纏わせた蹴りが孤を描き、水星めいた軌道が煌めく。顔を狙った上段回し蹴りは銃を持った腕に受け止められ、逆に突き出された男の肘がワダチを狙うも反射的に身を捻って直撃を避ける。
男の肘を掴んだワダチがそれを支えに回転して浴びせ蹴りを仕掛けるも、今度は身を屈めた男がすかさずワダチの腕を取り勢いを利用してワダチを投げ飛ばす。
宙を舞ったワダチはしかし地面に叩き付けられる事は無く、くるりと体勢を立て直して片膝を衝き着地した。ふわりと狼の尾が揺れ、燐光が風に踊る。
「なかなかの体捌きだ、だが動きがまだまだ荒い。ウェアウルヴのフィジカルに頼った力任せの大味な技ばかり……鍛錬が足りぬようだな」
「アドバイスどうも。……俺じゃまだまだアンタに敵わないって、そう言いたいってのか?」
ワダチは立ち上がり構え、男を睨み付ける。ワダチの胸からは未だに血がボタボタと流れ続けていた。長丁場になればなる程、勝算は減ってゆくだろう──ワダチは男に悟られぬよう静かに呼吸を整える。
逆に男は息も乱れていないどころかさほどダメージも負ってはおらず、ワダチが渾身の膝蹴りを当てた胸にも傷一つ見当たらない。男は再び懐に手を入れるともう一丁銃を取り出し、両手で二丁のリボルバーを構えた。
「──今のままではな」
「大した自信だな。余裕ぶっこいてると足元掬われるぜ」
「言葉の使い方には気を付けたまえ。それは『足を掬われる』の間違いだ」
「んなの……通じりゃどっちでもいいだろうが、よっ!」
そしてワダチがまた動き出すと同時に、男が銃爪を引いた。一発、二発、そしてタイミングをずらしもう一発、雷光を帯びた弾丸が連続してワダチに迫る。
一発目を首を傾ける僅かな動作で避け、二発目は燐光を纏わせた腕で受け流し、三発目を手刀で叩き落とす。勢いを殺さぬままに肉薄し、更に撃たれた弾丸を跳躍で飛び越え、喉許目掛けて跳び蹴りを放った。
ワダチの蹴りを男は腕をクロスさせて受け留めようとするが──それは想定済みの行動だ。
防がれる直前、ワダチは伸ばしていた脚を突然曲げたのだ。そしてするりとクロスされた腕を越えて両脚を男の肩へ──。
「っ、何、を」
「貰ったあぁあっ!」
ワダチの足ががっちりと男の首を挟み、そしてワダチは倒立をするかのように身体を伸ばす。男が藻掻くが足は決して首を離さない。
勢いを付けてワダチの身体がバク転の要領で倒れ、足で挟んだ頭を──脳天から、地面に、叩き付けた。
路地に、ゴギッ、と鈍い音が響く。
「──どうだよ、俺流フランケンシュタイナーは。効いただろ?」
足を解きワダチは立ち上がると、男の顔を覗き込んだ。首が折れたのか、頭がおかしな方向へと曲がっている。頭骨も割れたのだろうか、少しずつだが地面に血が流れ始めた。
「……長い年月を生きてきたが、このような技を受けたのは初めてだ」
男が口の端から血を零しながら呟く。驚いてワダチは目を丸くしながらまじまじと男を見詰めた。
「びっくりしたぁ! まだ喋る元気があるんだ。頭割れて首の骨折れてんのに」
「この程度では吾輩は死なん。まあしばらくは動けんがな」
「そっか。じゃあその隙に俺は逃げさせて貰うとするよ」
「トドメは刺さんのか」
男の言葉にワダチは視線を彷徨わせ、目を逸らしたまま苦々しげに吐き捨てる。
「俺には無理だよ、少なくとも今は。覚悟も何も出来てない……それこそ半人前だからな」
「そうか」
男はククッと笑おうとして、笑みの代わりにごぼりと血の泡を溢れさせた。
「最後に、──名を聞こうか、ライカンスロオプの少年よ」
「俺の名前? 俺はワタライ・ワダチだ。アンタは?」
「吾輩はスタレ・ススグと言う。──次に会った時には吾輩も最初から全力で行かせて貰う」
「……出来れば、もう二度と会いたくは無いんだけどな。でも覚えとくよ」
じゃあな、とワダチは男──ススグに向かって手を振ると、燐光でその身体を包む。その輪郭は変化を遂げ──。
燐光が散ったその場に現れたのは、一匹の狼。
金の瞳を煌めかせ、燃えるような赤い毛を輝かせる堂々たる獣が、そこにいた。
狼はススグを一瞥すると、しなやかに走り出す。ビルの壁を駆け上がり、建物から建物へと飛び移り、一瞬でその姿を消した。旋風めいたその鮮やかな去り様に、ススグは目を細め、静かに笑う。
「よもやこんな場所で人狼に出遭うとは──吾輩の生もまだまだ捨てたものではないらしい」
呟きは月下に溶ける。
ススグはその身を臙脂の燐光に浸すと、黒い霧にその姿を溶かし──宵闇に紛れてその気配を消し去った。
後に残ったのは、地面に流れた二人の血。それはもうとっくに乾き始めており、月の光を映す事はもはや無くなっていた。
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