第三話:走る弾丸と、駆ける炎
*
「──っっおぐうぁっ!」
ワダチの膝蹴りをまともに食らい、男は地面に叩き付けられ反動で何度も路地を跳ね転がる。人形のようにバウンドしそして動かなくなる男の姿を、地に降り立ったワダチが油断なく見詰めた。
「今の、ちっとは効いただろ?」
再び構えるワダチの視線の先で、呻き声を上げながら男がゆらりと立ち上がった。拭う口許には血が滲んでいる。しかし手応えの割にはダメージは少ないようだ。恐らく咄嗟に妖力で障壁を張ったのだろう、とワダチは推測する。
「……ああ、効いたな。よもや貴様のような半人前に傷を付けられるとは、思いもしなかった」
そしてククク、とさも可笑しそうに笑いを零す。半人前と呼ばれたワダチは少し唇を歪め、不愉快そうに鼻を鳴らした。
「半人前って、若いって事か? そりゃ俺は高校生だけど、アンタだってオッサンには見えないけどな」
「クク、ありがとう。しかし吾輩は外見よりもずっと年を重ねているものでね。それに『半人前』と称したのはなにも年齢の事だけを指したものではないのだよ」
「……へえ。じゃあ、何が半人前だっていうんだ?」
ワダチは隙を見せず、構えたまま男を睨み付ける。対する男はもう手榴弾を弄んではいないもののまたも自然体で、緩い風にゆらりコートを靡かせていた。距離は随分と離れている、およそ十メートルといったところだろうか。
「そうだな──」
男が口を開いた、瞬間──ワダチの胸に唐突に激しい痛みが走った。
ワダチが自分の胸元を見下ろす。そこにあったのは、学生服を貫いて深々と刺さった手刀、そしてそこからドクンッと溢れ出す大量の、血液。
「え……? は? っぐ、ぐおああああっ!?」
驚きに開いた口からは悲鳴と共に血がごぼりと溢れる。ワダチは信じられないという顔のまま、自分の胸に刺さった手に、そしてそこから腕を辿って男の顔に目を遣った。
男はククッと笑みを零し、ゆっくりとワダチの胸から手を引き抜いた。白かった手袋は紅く染まり、飛び散った血が色白な男の顔を汚す。
「驚いたかね? ──その胸の傷、それが半人前の証左だ。能力者には通常の人間相手の常識など通用しないのだよ。知識、経験、そして力の使い方、全てが貴様には不足している」
「ぐ、……ごぼっ、ご教授、痛み入るよ」
ワダチは血を吐き噎せながら胸の傷を押さえ、男を睨み付けた。優位を確信した者の見せる笑みに苛立ち、ギリと奥歯を噛み締める。畜生、と自然と悪態が漏れる。
「さて、それでは介錯をしてやろう。そのままでは苦しかろう?」
「ごほ、そんなの……要らないっての。俺は、ごほっ、まだ死ぬ気は無いんだよ」
「まだ足掻くか。胸に穴が開いたのだぞ? 助かる訳が無かろうに」
呆れるような男の口調に、ワダチは無理矢理に笑みを作る。噎せながらも、ははっと笑いを零す。
「そんなの、分かんないだろ? ──さっきアンタ自身が言ったじゃないか、『能力者には通常の人間相手の常識など通用しない』ってさ」
「っ、貴様……!?」
「アンタから見れば俺はまだまだ半人前かもだけどよ、……俺だって『組織』の一員なんだ。この意味、分かるよな?」
ワダチがギリと奥歯を噛む。眼光に力がみなぎる。
──ワダチの発する、気配が、変わる。
「この姿はあんま人に見せたく無いんだけど……なっ!」
気合いと同時、ワダチの全身から焔が噴き上がる。いや炎そのものではない、焔めいた赤い燐光が全身から湧き立っているのだ。燐光は身体を覆い尽くし、ワダチは炎の玉と化す。
「くっ──これはまずいな」
男が慌てて後退し、懐から銃を取り出すと慣れた手付きでロックを外す。鈍く暗銀色に光るリボルバーの表面に彫り込まれているのは、複雑怪奇な文様や術式。男が狙いを定め妖力を銃へと注ぎ込むと、表面の術式が深い紅色に輝きを放ち始める。
「死ね!」
重い銃爪が引かれ、そして──タン、と意外と軽い音と共に発射された弾丸がワダチを襲う。ただの銃弾では無い、術を載せた術式弾だ。弾丸は紅い雷を纏い、火花を散らしながらワダチへと一直線に吸い込まれてゆく。
ドン、とワダチの纏う炎の表面で弾が炸裂した。雷の花が咲く。やったか、と男が気を緩めた、その刹那。
「──変身シーンで攻撃しないってお約束、知らないのかよっ!?」
声が轟く。炎の塊が弾丸めいた速さで地表を駆ける。
「な、にいっ」
「遅せえっ!」
一瞬で肉薄、そして、衝撃。
紅い燐光を纏い輝く肘が、矢の如き勢いで男の胸元に突き刺さる。
炎めいた光に照らされたワダチの身体には、──狼の耳と尻尾が、生えていた。
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