第二話:上がる炎と、射る瞳
*
ワダチは宵の街を、ビルの隙間を、路地裏を走り続ける。自身が巻き込まれた理不尽な状況を呪いながら、何の躊躇も無く手榴弾を投げ付けた敵に憤りながら。
「大体さ、殺し合えったって普通はそんな事いきなり出来る訳無いだろ!? なのにさ、当然の事みたいにバクダン投げ付けて、マジで頭おかしいっての! てか何でバクダン持ってんだよ? そもそも意味分かんねえ!」
零れ続ける愚痴をポロポロと地面にうち捨てながらワダチは駆けた。足にはそれなりに自信がある、持久力も充分。敵との戦闘を避けて皆と合流する事、それが今のワダチにとっての最善策だ。
誰でもイイ、とにかく仲間に会えば少しは良い案が出る筈だ──ワダチはそう考えながら速度を落とさず丁字路を曲がった。
瞬間──ワダチを爆発が襲う。咄嗟に飛び退き、地面を転がり、熱風をやり過ごす。今のは恐らく、先程出逢った敵だろう。ぼやけた視界に黒尽くめの影が映り、ワダチは跳ね起きて構えの姿勢を取った。
インヴァネスと呼ばれるマントコートを靡かせ、制帽を深く被った書生風の男が笑う。手榴弾をお手玉よろしく弄び、愉悦に歪んだ視線がワダチを射る。
「ろくに怪我すらしていないとは目算が違ったか。残念、余程貴様は運が良いようだ。それとも吾輩の運が悪いのか」
「人にバクダン投げ付けといて、何だよその言い草。んなの運が良いだ悪いだ以前の問題だろ」
「ははっ、活きが良いな。そうでなくては殺し甲斐が無いというものだ」
「殺されるつもりも無いっての!」
そう息巻くものの、ワダチは内心で歯噛みする。自然体に見える男の何処にも隙は無く、ワダチをずっと追い掛けあまつさえ先回りまでしていた事を考えると、逃げ出せる可能性は万に一つも無いだろう。
戦うしか無いのか──しかし、とワダチは唇を噛む。今ある武器はナイフ一本、それから己の肉体のみだ。相手の攻撃手段が手榴弾以外に何があるのかも分からない上に、防御に徹するだけの装備も無い。どうするべきか、幾ら考えても結論は出て来ない。
無駄だとは思いつつも、ワダチは口を開く。話し合いで解決は望めそうにないが、せめて何かを掴める事は出来ないかと。
「あんた、さっきの放送、真に受けてんの? 殺し合いしなきゃ出られないとかいう、物騒な内容のやつ」
「真に受けるも何も、最初から吾輩は貴様を殺すつもりだが? ──普段ならこんな街中で大っぴらに戦闘など出来やしないのだが、用意してくれた好機だ。存分に楽しませて貰おうではないか」
「この戦闘狂の、殺人鬼……!」
「お褒め頂き光栄だな。さあ、そろそろお喋りはもう飽きたろう? 貴様が肉塊に成り果てるよう、尽力する事にしようか」
「畜生がっ!」
ワダチの試みは徒労に終わったようだ。手榴弾を振りかぶる男を睨みながらワダチは大きく跳躍する。──閃光が、宵を灼く。
「当たらないか。すばしこい奴だな」
爆炎の中、男が呟く。手榴弾の爆発を直接浴びているというのに、男には傷一つ付いてはいない。ただマントコートを激しくはためかせながら熱風が通り過ぎてゆく。
「──っおりゃあぁっ!」
刹那、炎を割って何者かが男に迫る。雄叫びと同時、高い角度からの蹴りが男の胸元を襲う。
「……っ!?」
ガードする暇も無く、蹴りをまともに食らった男が吹っ飛んだ。何度か空中で回転し、体勢を整え地面に降り立つ。
男には油断は無かった、筈だ。一瞬だけ光に目が眩んだ、そこを突かれた。
「貴様、吾輩に攻撃を当てたか。少し貴様の事を見くびっていたようだ──これは吾輩の失態だな」
初めて男の顔に笑い以外の表情が浮かぶ。それは少しの焦りと、そして自分への怒り。獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすという。気を引き締めねば──男は唇を引き結ぶ。
「あーあ、渾身の一撃だったのに、全然効いてなさそうだもんな」
対するワダチの口許には少しばかりの笑みが浮かんでいた。再び足を開いて構え、男を朱金の瞳で睨み付けた。その鋭さからは、もう狩られる側としての怯えは見えない。
「ならば──これではどうだ!?」
叫ぶが早いか、男は素早く手榴弾を投擲した。地面に一つ、そして路地の左右にそびえ立つビルの壁目掛けて一つずつ──計三個の手榴弾が同時に爆発し、閃光が闇を焦がす。轟音が鳴り響き、炎が膨れ上がって路地を埋め尽くす。
男は気を緩めずにワダチの姿を探す。逃げるなら上しか無い、ワダチが採るであろうルートを予測し、そこへと置くかのように一拍遅れて手榴弾を投げ上げた。
「俺を……舐めるなあぁあああぁあっっ!」
怒号が轟いた。
──男が予想したよりも遥かに高く高く、ワダチが現れる。ビルの側面を蹴り、爆発を飛び越え、赤い髪を炎の如く靡かせ──そして金にも見える瞳の煌めきが、真っ直ぐに男を射貫いた。
ワダチの背後で遅れて投げられた手榴弾が爆発する。ワダチはその爆風を追い風よろしく背に受け速度を増し、その勢いのまま男へと突っ込んでゆく。
「っ、……!?」
「喰らいっ、やがれえぇええっ!」
魅入られたように硬直したままの男の顔面に──ワダチの膝蹴りが、炸裂した。
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