第二話:微かな声と、響く鐘
*
島に上陸したワダチ達六名は、港から自動車で島の中心部へと向かった。企業が用意しておいてくれた車はいかにも社用車という風体の白いワゴン車であり、鍵は事前に企業の担当者から預かっていたものだ。
「本当に、この島の中にまるごと全部街がひとつ入ってるんだなあ……」
車窓から風景を眺めながらワダチが呟く。
沿岸部にはビーチやちょっとした遊園地、大きな公園などの娯楽施設が設けられているが、少し走れば景色は直ぐに様変わりした。次に見えてきたのは大きなマンションや瀟洒な戸建てなどが並ぶ住居区画のようだ。次いで飲食店やショッピングモールなどの商業区画に入り、そして──。
「あれが島の中心地ですね。ホラ、大きな時計塔」
コヨミが声と共に前方を指し示す。そこには企業の本社と子会社や関連施設の入ったと思しき高いビルが建ち並び、その真ん中にはこの島のどの建物よりも高い時計塔が、天を貫くようにそびえ立っていた。
その存在感にワダチは思わず目を見張った。船の上からも時計塔は見えていたが、地上から、それも近くから見上げたそれは途轍もなく巨大で、何故だかまたワダチは悪寒を覚えて軽く身震いをする。
「どうするっスか、姉御」
運転を任されていた小柄な男が助手席のディアドラにぼそりと尋ねる。この人物の名はムコウダ・ムサシマル、ツバの長いワークキャップと迷彩のツナギ、そしてゴーグルが目を引くエンジニア担当の男だ。
「そうねえ、取り敢えず一旦時計塔のトコで降りてみましょうか。一応その辺でも事故があったようだしね」
「うぃっス」
資料を見ながら返すディアドラに短く返答し、ムサシマルは時計塔の脇まで車を進めると静かに停車させた。ディアドラの合図で皆は揃って車を降り、それぞれの荷物を運び出す。
その大きさに気を取られて気付かなかったが、時計塔の周囲はモザイク状に美しく舗装された円形の広場となっていた。ベンチや小さな噴水などが配され緑も植えられた、広い休憩所、憩いの場といった様相だ。
「大丈夫かい、サラ」
ワダチが周囲の風景に気を取られきょろきょろしていると、不意に背後から優しげな男の声が聞こえた。振り返ればそこには、女性の手を引き語り掛ける男の姿。少しふらつく女性の顔色は蒼く、体調が優れないようだ。
「平気です、兄様。少し車に酔っただけですから。恐らく直ぐ治ります」
「そうか、しかし無理をしては駄目だよ」
兄妹、──それも双子だろうか、二人の顔立ちはとても良く似ていた。整った顔にさらさらとした黒いショートヘア、黒い瞳。二人共すらりとした体型で、背も同じくらいの高さだ。
彼らは兄の方がギオン・ソウジュ、妹がサラという名だ。ワダチより少し歳上の彼らは、揃って『組織』から支給された制服を着ていた。黒地に銀の縁取りのされたダブルのジャケットに、兄のソウジュが黒のスラックス、妹のサラがショートキュロットにニーソックスという出で立ちだ。
「あの、調子悪そうだけど、サラさん大丈夫? 俺、荷物持つの手伝おうか?」
心配になりワダチが声を掛けると、二人は揃って首を振った。しかし拒絶の意図は見られず、あくまでも柔らかい雰囲気のままだ。
「ありがとうワダチ君。少し乗り物に弱くて……でもしばらくすれば直ぐ良くなると思うから」
「妹を気遣ってくれてすまない。しかし荷物は自分で持てるから大丈夫だよ、ワダチ君も自分の荷物が結構あるだろう?」
微笑を湛えた二人の返答は柔らかく、それなら良かった、とワダチも笑顔を返した。三人がそんな遣り取りをしていると、少し離れた場所から声が掛かる。
「お三方、そろそろ行動を始めても大丈夫かい。ああ、サラ嬢の体調がまだ優れないというならば無理強いはしないが」
コヨミの呼び掛けにそちらを向くと、ディアドラ、コヨミ、ムサシマルの三人は荷物を背負い、準備万端といった様子だった。ワダチも慌てて手に提げていた荷物を肩に掛けながらそちらへと向かう。
「いえ、もう平気ですから。お待たせしてしまい申し訳ありません」
幾分か顔色の良くなったサラをソウジュが支え、二人も皆の許へと歩み寄った。じゃあ始めていいかしら、とディアドラがぐるり皆の顔を見渡し咳払いをする。
「それじゃあ改めて説明するわね。今回の任務は、連続して起きている不可解な事故の──」
資料を片手にディアドラが野太い声でこの度の任務の詳細について話し始めた、その刹那──。
ゴウン、ゴウゥン……ゴウゥン……。
彼らの邪魔をするかのように、鐘が鳴り響いた。
ディアドラは思わず言葉を止め、時計塔を見上げる。皆もそれにつられるように上を仰いだ。大時計の針は三時を指し示している。
──その時。
『……す、けて……た、すけ、て……』
小さな声が、ワダチの耳に届いた。それは鐘の音に混じり微かに、掻き消されるようにか細い──少女の、声。
「──え?」
誰、と呟こうとしたワダチの言葉は声にならずに霧散する。不意に、目の前が遠くなる。頭に霞が掛かる。身体が重くなる。
軽い地響きと幾つかの音が周囲から聞こえた。ぼやける頭でワダチが緩慢に振り向くと、皆が折り重なるように地面に倒れていた。
抗えない何かが思考を、全てを妨害する。身体の自由を奪ってゆく。ワダチはがくりと膝を突き、そして受け身も取れずにゆっくりと地面に倒れた。自らが沈んで行く感覚に飲まれてゆく。
たすけて、ともう一度だけ聞こえた声。それを最後に、ワダチの意識は深く厚く闇に塗り込められていったのだった。
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