第一章『??の鍵』⑥

 はちみつミルク。

 女がそれを愛でることを知るものは、この学園にはいない。

 しかしその香りの懐かしさは、どうにも抗えず胸がそわそわとする。

「先生!」

「ビアンカ先生!」

「ああ、たった一言だけでもお言葉をいただけたら……」

 女は己のペースでずんずん歩くが、周りの少女たちはめげずに必死についてくる。

 女はそれに何の反応も返さなかった。

 幼い頃から飽きるほどに見てきた光景だ。日常の景色や風景にいちいち興味は抱かない。

 けれども、女の中の思い出を刺激するその香りに、気持ちのすべてが向かっていく。

 女には使命があった。だから、余計なことに時間を割いている暇はないはずだった。

 こんなことは、この学園に来て初めてだった。

 女は、顔には出さないが、とても、戸惑っている

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