第一章『??の鍵』⑤

 今日は授業がないらしい。

 校舎で担任とのあいさつを済ませたナルは、じゅりあの案内で学園内を軽く見て回ることになった。

「あそこが部活棟で、あそこが体育館。あそこは立ち入り禁止の旧学生寮だから近づいちゃ危ないわよぉ」

 昼過ぎだったが、たまに東屋の下のベンチで詩集を読んだり、空き地でバドミントンに興じたりする生徒を見かけた。

 皆、それぞれ個性こそあるがじゅりあ同様見るからにやんごとなきお嬢様、といった様子の生徒ばかりだった。

 ナルは桃鎮似学園の生徒を偏見の目で見ないと心の中でじゅりあに誓ったばかりだ。

 だから、別の部分が目についた。

「鍵だ」

「鍵~?」

 ナルの独り言に、じゅりあはのんびりと反応した。

「ほら、みんな胸に鍵吊るしてんじゃん。鍵っ子みたいに」

 自身が物心ついた頃から鍵っ子だったナルは、ほんのり懐かしい気持ちになる。

「あれってこの学園で流行りのアクセサリーなの? アタシが中坊の頃にもあったよ、クラス限定の流行りのアクセみたいなの。髪留めとかリップとか」

「あ~あれはね~」

 じゅりあは鍵を身に着けていない。興味がないのだろうか?

「『愛なき女王』様の下僕である『鍵姫』の真似事をしてるのよ~」

「ん?」

 ナルは眉間に皺をぐっと寄せた。

 そんなナルの中の不審を知ってから知らずか、いやおそらく想像すらしてないじゅりあはのんびり続ける。

「桃鎮似学園にはね、三人の『鍵姫』がいるのぉ。叡智を認められた『知恵の鍵姫』様と、学園の守護を任ぜられた『正義の鍵姫』様と、あと……『力の鍵姫』様」

「ん、ん、ん~?」

 傷つきそうだったからなんとなくナルは今まで言葉にしてこなかったが、じゅりあはいかにも天然の気がある。

 だからと言って……。

「かぎひめ」

「ええ、鍵姫」

「愛なき女王様とやらのシモベ」

「ええ。愛なき女王様」

 ファンタジー!

 オカルト!

 学園の七不思議!!!

 ナルの脳裏にの単語が駆け抜けていく。

「……えっ、それでみんなも鍵、つけてるの……」

「ええ。鍵姫様は学園中の憧れだものぉ……」

 じゅりあの目に、一瞬影が落ちる。

 ナルは自分のこめかみに指をあてた。

「……お嬢様たちってホント娯楽がないんだな……」

「娯楽はないわねぇ~ちょっと興行が来るとみんな目の色変えて大はしゃぎするくらいに~」

 じゅりあは言っていた。この学園は風紀がしっかりしていると。

 きっとゲーム機や漫画の類は持ち込み禁止なのかもしれない。だから無からおとぎ話を創り出して、それに耽溺するくらいはしないとやっていけないのかもしれない。

「偏見はもう持たないけど……なんていうか異文化だなぁ……」

 なんにせよ、自分には関係ないな、とナルは結論づけた。おとぎ話で腹は膨れないのである。

「……そういえば、ハラヘッタな」

 朝から義父の車の中で眠りこけていたナルは、昨夜母親に作ってもらったはちみつミルク以来何も口にしていないことを思い出した。

「案内が終わったら何か食べましょう~? この学園、素敵なカフェテラスがあるのぉ。ナルは何が食べたい?」

「うーん、食べるのもいいけど喉も渇いたから、先に何か飲みたいな」

「例えば~?」

「例えば……」

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