ホストと中学生

 浜松が榛に捕まれて扉の前に連れて行かれる少し前。

 美羽は石坂に手伝ってもらって食事を運んでいた。

 最初に着いたのは、紅の部屋だった。美羽は扉を叩く。


「紅さん、紅さん。朝食がありますよ。昼食までまだ時間がありますし、もしよかったら食べてください」


 返事がない。

 美羽は困り果てて石坂に助けを求めると、石坂は小さく肩を竦めた。


「あまりよろしくはないのですが、朝食を抜く方はいらっしゃいますしね。聞いている限り、沖矢さんは夜職のようですし、朝は起きてないのかもしれませんね」

「どうしましょう……食堂に戻したら、全部捨てるってコンシェルジュさんもおっしゃってますし」

「では布をかけて置いておくのは?」

「それが一番妥当かもしれませんね」


 廊下を円状掃除ロボットが通り抜けていく。食堂以外もロボットによって管理されているらしかった。

 結局は美羽は食事をひとり分置いておき、自室を漁って見つけ出したスカーフを上から被せておくことにした。

 本当ならば温かい内に食べたほうがいい食事だが、起きない以上は仕方がない。

 続いて、中柴の部屋へと向かう。


「中柴くん。中柴くん。朝食ありますよ。食べませんか?」


 返事がない。こちらも諦めてスカーフを被せた上で立ち去るべきか。そう美羽が考えたときだった。

 キィー……と音を立てて扉が開いた。外に半分だけ中柴が顔を出したのだ。


「薰さん。温かい食事がありますよ。よろしかったらどうですか?」


 石坂の温かい言葉に、中柴はたじろいだ。


「す、みません……大勢の前で、食べるのが、苦手……で」

「あー……食堂だったら、ひとりで食べることができないもんね。部屋に運ぶ?」

「……部屋、汚いですけど」

「あたしの部屋だって好き勝手荒らしてるから、おんなじようなもんだよー」

「……どうぞ」


 中柴に許可をもらい、美羽は石坂に扉を抑えてもらいながら、そろそろと食事を運んだ。

 汚いと揶揄していた中柴の部屋だが、想像とは逆だった。

 ベッドに机。こちらは美羽の部屋と違って書斎のような本棚があった。まるでお金持ちの子息の私室みたいな印象だ。


「なんかあたしの宛がわれた部屋と、家具の配置が違うような……」

「おや、そうだったんですか? でもたしかに私の部屋とも家具が違いますね。私の部屋はデスクはなく、テーブルに椅子で、お茶会セットが並んでいましたから」

「うち、服がたくさん入ったクローゼットとかありましたから、皆用意してあるのかなとばかり」

「もしかすると老若男女に合わせて部屋を用意しているのかもしれませんね」


(そんな至れり尽くせりしておきながら、ルールを守らないと死ぬゲームをさせているのはなんでなんだろう……)


 いまいち納得いかないまま、中柴の机の上に、食事を置いた。

 中柴は「ありがとうございます……」と小さな声で礼を言った。


「それじゃあ、食器は食堂に返しに行けばいいってコンシェルジュさんが言ってたから、人が捌けたら返しに行ってね。それとも、あたしが食事また持って行ったほうがいいかな?」

「お、願いします……すみませ……人と、食事を摂るのが、怖いんです……」

「そうなの?」


 中柴は小さく頷いた。


「……ひ、さびさに、外出したところで、ここに、連れ去られた……んで……」

「え……」


 美羽は言葉を失う。

 登校拒否。背景や状況はいろいろあれども、どう見ても中学生が家から出ない理由なんて、それくらいしか思い浮かばない。

 それでも学ランを着ているということは、教室に入るか、別室に行くかはわからないものの、学校に行く気はあったのだろう。


(久々に外に出た途端に誘拐されて、訳のわからない催し物に強制参加って……しかも中学生って……悲惨過ぎるじゃない)


 美羽は主催者に憤る中、石坂は「ふむ……」と唸り声を上げた。


「人を怖いと思っても仕方がないかもしれません。ですが、現状では人に自分は無実だとアピールしなければ難しいかと思いますよ」

「え、石坂さん。それってどういう……」

「この催し物は、謂わば仕分けです。自分の勝利条件に合った人間を生かそうとし、勝利条件に合わないと判断した人間を切り捨てるゲーム」

「そんなの……」

「ですが、既に彼……あの長身の方の指令内容を見たでしょう? 彼は躊躇なく仕分けをします」

「……っ」


 榛のなんの躊躇もなさを思い出して、美羽はぞっとする。


(快楽殺人鬼は、人を殺すのになんの躊躇もない。しかもそれが指令内容達成条件となったら、躊躇う理由がないんだ)


 彼を止めないと困る、と美羽は考える。


(そもそも主催側の人間を特定しないと駄目なのに、勝手に人数を減らされたら困る……!)


 美羽がプルプルと震えている中、中柴は顔面蒼白になっている。


「え……あの大きな人……指令内容を見たんですか?」

「ええ。【期限七日目の生き残りを三人にすること】と」

「ひ……っ」


 中柴は顔をますます青くさせる。

 石坂の言葉に「石坂さん!?」と美羽は悲鳴を上げるが、彼は落ち着き払った態度のままだ。


「どうぞ冷静になりましょう。敵対するのは簡単なんです。ですが、敵対して分断されてしまっては、この下卑た催し物の主催側の思うツボです。主催側を出し抜くためにも、誰を信じるか否かを考えなければなりません……彼を止めるためにも」

「……はい」


 石坂は中柴のほうにも笑いかける。


「できれば私は君とも協調できればいいと思いますが、君はどうですか、薰さんは?」

「……僕は」


 中柴は俯いて食事を見た。


「……考えさせて、ください」

「そうだね。ああ、そうだ。お昼は私がこっちで食べる?」

「えっと、はい……お願いします」

「うん、じゃあね」


 そう言って美羽は石坂と出て行った。

 石坂は何度か中柴の部屋のほうを振り返る。


「彼もずいぶんと屈折しているようですが……」

「そうですか?」

「いえ……彼は学校に通えてないのは本当でしょうが……本当に弱い方は、人に誘われたらすぐにその人に全部の権限を任せます。彼はそれをしませんでしたから……」

「訳ありなのかも、しれませんね」

「ええ……そうなんでしょうね」


 美羽も石坂も、中柴の詳細はわからない。

 ただ美羽は彼に対して、悪印象は持たなかっただけだ。


(今はまだ頑なだけれど……ようやっと味方になれる子ができるかもしれない。それに、石坂さんも悪い人じゃなさそうだし)


 ただ、美羽は自身の指令書を思い返す。

 内容が内容なため、見せる相手はできるだけ減らしたかった。


(主催側の人間の特定なんて……誰を信じて、誰を信じてないかの仕分けを強制的にしないと駄目だから……この人数だったら主催側の人間を探しているなんてすぐに広まってしまうおそれがあるから、期日ギリギリまで伏せたほうがいいかも……)


 そう考えている中。

 ……嗅ぎ憶えのある、肉の焦げ付いたにおいがすることに気付いた。


「……ちょっと」

「おや、これは」


 ふたりは慌てて走り出し、螺旋階段まで到着した。

 そこからエントランスを見下ろして、絶句する。黒く焦げた浜松が倒れ、それを榛が見下ろしていたのだ。


「ちょっと……なにこれ!!」

「あぁ~、みゅみゅ、どだった?」


 口を利きたくもなく、美羽は黙って下まで降りて行った。

 くたびれたスーツは黒く変色し、ぐずついた音を立ててチリチリと燃えた髪のにおいが際立つ。

 先程まで生きていたはずの人間がこうも簡単に死んだことに、ただ美羽は唖然としていた。

 石坂はちらりと榛と、その向こうで見ている立石を見た。


「これはいったいどういうことで?」

「……榛くんが、浜松さんを掴んで、扉に放り投げた」


 立石の感情のない言葉に、美羽は悲鳴を上げる。


「どうして!?」

「ん-……気に食わなかったから?」


 美羽は信じられないものを見る目で、榛を見た。


(こいつは……本当に人が死ぬことについて、なんとも思ってない……)


 立石はちらりと階段のほうを見上げた。


「ふたりの様子は?」

「沖矢さんは起きませんでしたよ。食事は布をかぶせて廊下に置いてきました。薰さんは……どうも大人数で食事を摂りたくないようでして」

「そうか……」


 美羽はこの場を見た。そして翔太のことを思い出す。


(翔太だったら、もっと正論を言ってこの場に規律を求めただろうけど……あたしには無理だ。でも……)


 この館自体、通称は【ファムファタールの館】と呼ばれる場所。

 本来ならば紅一点である美羽に一番の権限があるはずなのだが、今の彼女には自分自身にそんなものがあるとは思えない。


(……これ以上犠牲者を出したくない。榛を止めるのは……あいつを落とすしかない)


 彼女自身、既に館に飲まれていることを気付かない。

 彼女の良心を担っていた翔太が死んだことにより、彼女自身の知らなかった【自分】が芽生えつつある事実を、彼女はまだ認められていない。

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