寝て起きて話をする
繊細が過ぎる人であったら、彼氏が目の前で感電死してしまったら、ショックのあまりに食事も喉が通らず、眠ることもできなくなるが、残念ながら美羽はそこまで繊細なメンタルはしていなかった。
「……お腹空いた」
昨晩は栄養バー以外食べていなかったのだから、いろいろ足りていなかった。考えるにも空腹で頭が回らない。
美羽はそんな自分の嫌気が差して、相変わらず回線が圏外のままのスマホを取り出した。
(あたし……思っているよりも、翔太のことが好きじゃなかったのかな)
美羽はそう思ったものの、ふたりで初デートの際に遊園地で撮った写真、満面の笑みの翔太と自分の写真を見ていると、ポロリと涙が出てきた。
その幸せな写真が、どんどん黒くくすんでいく錯覚を覚える。彼が目の前で痙攣して感電していく様、肉の焦げ付いたにおいを立てて死んでいく様が、ありありと頭に浮かんだ。
ポロリポロリと涙を溢したものの、すぐに美羽は拭いてから、スマホの電源を切った。部屋をくまなく調べたが、宿泊施設の中にはどうもコンセントがないようだったので、スマホの電池は節約しないといけない。
(翔太の仇を取るためにも、主催側の人間を特定しないと。でも……ひとりで全員としゃべるのは無理だ。なるべく大人数で合って探るか……味方をつくらないと)
昨晩一緒に白湯を飲んだ立石と石坂が頭に浮かんだ。榛は論外が過ぎた。
三人を残してということは、現状残っている七人の内、四人を殺す手伝いをしないといけなくなる。いくらなんでもそれは嫌だった。
(どちらのほうがマシなんだろう……石坂さんはかなり大人な雰囲気だったけれど……無表情の割には立石さんは気遣いだった。どちらがマシかは、指令内容を聞かせてもらえたら、かなあ……)
そこまで考えながら、どうにか顔を洗ってから美羽は階下へと降りて行った。
扉のほうを見る。感電死して死んだ翔太の遺体は既に亡くなっていた。美羽は自身のスカートの中身を思い返す。彼の遺髪は、今も彼女が持っている。
(翔太……)
頭を下げてから、食堂へと向かう。
食堂に入って「おはようございます」と声をかけたら、人数が足りないことに気付いた。
立石と石坂は席に着き、「おはようございます」と挨拶をしてくれ、向こうの席では榛はテーブルに足を載せて貧乏ゆすりをしていた。
あとこの状況で、縮こまって浜松が座っていた。
美羽は紅と中柴が食事の時間でもなお出てこないのに「あれ?」となった。
「紅さんと中柴くんは?」
ひとまず美羽は立石の向かいに座って、首を捻った。
「紅さんは見ていない。朝に食堂に向かったら中柴くんはいたが、どうも彼は昨日の今日のせいか厨房を見て逃げた」
「逃げたって……」
「明空さんは? 食事できる?」
「……しないと、頭働きませんよね?」
美羽の言葉に、「プッハ!」と榛が急に笑い出す。美羽はむすっとした顔でそちらを睨んだ。
「……なんなんですか」
「サイコー。みゅうサイコー……」
「……その呼び方辞めてください」
美羽はブスッとして言った。美羽を「みゅう」と呼ぶのは翔太の専売特許だったがために、殺人鬼に愛称で呼んで欲しくはなかった。怖気が走る。
榛は「えー」と笑う。
「なら、みゅみゅ。彼氏が黒焦げになった次の日によく寝てよく食べてって健康的ー。神経太ーい。すごーい」
(コイツ……)
みゅみゅなんて珍妙な徒名を付けられたことに、美羽はイラッとしたが、無視することにして、立石のほうを見た。
「中柴くん、なんで逃げたんでしょうね……」
「厨房の献立を確認しているようだった。それ見て逃げた……確認してみたら、トーストにスクランブルエッグ、野菜のグリルとオーソドックスな献立だったが」
「黒焦げ―」
立石は榛の言葉で無表情に一瞥したが、榛に対してなにもツッコミを入れることはなかった。
石坂は落ち着き払った態度で言う。
「紅さんは、どうも朝が弱いみたいでね。私は食事の時間の三十分前には来ていたが、見ていないよ」
「……あれ?」
石坂さんは三十分前に出てくるのは、まあ待ち合わせに間に合わせる時間として早過ぎるが珍しくはない。
美羽は時計を確認する。あと一分で七時だ。
「皆さんいつから来たんですか?」
「俺は白湯をもらいに六時」
「……その前に中柴くんがいたんですか?」
「少し話したが、彼は人が苦手なようだった。内容が要領を得なかった」
美羽は考え込む。
(……昨日の自己紹介のときも、要領を得なかったなあ。人としゃべるのが苦手なのかな。でも六時前にいた立石さんより先にって……)
考えてみたが、結局のところ埒はあかなかった。
榛は「はーい」と手を挙げる。
「オレ、みゅみゅの十分前でーす。十分前行動~」
「……浜松さんは?」
「じ、自分も十分前です……日頃の起床時間がそれくらいで……」
「お疲れ様です」
そうこう言っている間に、コンシェルジュが「おはようございます」と言ってカートに朝食を載せてやってきた。
「昨日はよく眠れましたか?」
「すげー、拉致監禁犯の仲間がすげえこと言ってるー」
榛の茶化した言葉は、コンシェルジュからも無視された。コンシェルジュが運んでくる朝食は、たしかに今朝に立石が確認したものと一緒だった。
そういえば、と美羽は立石に尋ねる。
「……コンシェルジュさんは、見なかったんですか?」
「いなかったな。あの人どこから来たんだろう」
美羽が宿泊施設から階段を降りるまでにも、コンシェルジュとはすれ違わなかった。
この老若男女一切不明の人物は、相変わらず仮面をかぶって表情も読めず、淡々といい匂いの朝食を並べていく中、美羽は小さく手を挙げた。
「あのう、残りふたりいらっしゃいませんけど、食事はどうなりますか?」
「食堂は自分がいない間も適当にお寛ぎできますが、食事は一時間以内に摂られない場合は傷むおそれもありますので廃棄処分させていただきます」
「あのう……これをいらっしゃらないおふたりに持っていくことはできますか?」
「かまいませんよ」
「ありがとうございます」
紅は主催側の人間の容疑をかけている内のひとりだから、彼からなんとかして証言を引っ張り出したかったのがひとつ。
中柴へは単純にこの中で最年少なため、美羽の罪悪感が伴ったからだった。
(……あの子、昨晩が原因で食事が食べられなかったんじゃ、いくらなんでも可哀想だ)
美羽がもっと強く翔太を止めていれば、翔太は死ななくて済んだ。そして中柴だって深く傷つかずに済んだだろうと。
出された料理は、機械でつくったとは思えないほど、ホテルの料理と遜色ない味がした。
スクランブルエッグの火の通りは絶妙で、緩過ぎず固くなり過ぎずの蕩け具合だし、野菜のグリルは塩とこしょうしか使ってないはずだがやけに味が深かった。トーストに載せると絶妙な塩加減と味の濃さで、夢中になって食べていたら、あっという間になくなってしまった。
コンシェルジュは美羽が持っていくと言った食事を運べるように、取っ手を提げられるタイプのトレイを持ってきてくれた。
「こちらに載せてください。食器は食堂に置いていてくだされば、随時片付けますから」
「ありがとうございます」
そう言って、美羽は食事をひょいっと持ち上げると、その重さに腰がビクン、と跳ねた。
(……ふたり分は思っているより重い……っ!)
見かねたのか、石坂がひょいとトレイの片方を手に取った。
「さすがにふたり分を階段で運ぶのは難しいでしょうね。一緒に運ぶのを手伝いましょうか」
「あ、りがとうございます…t…階段のことは、ちょっと考えてませんでした。はは」
「高さを考えながらいきましょう。それでは、いっせいのーで」
「はいっ!」
美羽は重さでよれよれしていたが、石坂は体幹をしっかりとさせて、食事を運んで行った。
****
ふたりが食事を運びに行ったのを見ながら、榛は目を細めて「ケッ」と言った。
「あいつかっこつけじゃん。ひとりで持てたよねえ? これくらい」
そう言いながら、グリルの野菜を仕分けしている。トマトもナスも皿に残され、ズッキーニだけがなくなっていく。それを目を細めて立石は見ていた。
「……単純に明空さんを心配しただけだろう。あんたから引き離すために」
「アハハハッ、怖がってくれてる~、うーれーしーいー」
相変わらずのちんぷんかんぷんな言動で、立石は顔をしかめつつも、食事を済ませた中、ちらりと浜松を見た。
浜松もまた、食事の通りがよろしくないようで、あまり皿の中身が減っていない。
「食事内容苦手でしたか?」
なにげなく立石が尋ねると、浜松はビクンと肩を跳ねさせた。
「……本当は俺、和食党なんで、朝からパンを食べる習慣がないと言いますか」
経理担当であれば、あまり出張もないだろうし、和食のほうが食べ慣れていることもあるだろう。そう思いながら立石が食器を片付けようと厨房に通じる返却口に立ち上がった際、いきなり榛が立ち上がったかと思ったら、彼の手付かずのグリルをざらざらと浜松の皿に載せはじめた。
エキセントリック過ぎて、行動の意味がわからない。
「お、おい……」
「ん-。おじさんとおしゃべりしてみたかったんだよねえ~。おじさんなんか焦げ臭いのなんでぇ~?」
「えっ?」
立石は思わず鼻を動かしたが、立石の鼻ではわからない。浜松はだんだん表情が強張っていく。
その中、榛は相変わらずのマイペースさで、言葉を続けていく。
「それにさあ。おじさん昨日からさあ、血の匂いすんだよねえ。でもみゅみゅのカレシ死んだのだって、感電死だったのにさあ。ねえなんで? なんで~?」
「な、なにを、言って……」
「アハァ。オレさあ、人に暴力振るうときのさあ、どうしてこんなことされるのかわかんないって顔見るのが好きなんだよねえ。おじさんもそうなんじゃないのぉ?」
立石は、榛の言葉に絶句していた。
(……どういうことだ?)
本来だったらさっさと厨房に入ろうと思っていたのに、思わず立石は座り直してしまった。
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