五日目
脱出路探索
それからというもの、美羽は立石に付き従って黙って脱出路を探す作業に取りかかっていた。
既に亡くなった人の部屋の扉を壊して、その中を探索する。それはやりきれなくって吐き出しそうになったものの、なにも見つからなくて帰って行く。
翔太、浜松、中柴と探したものの、どこもかしこも浴場にベッド、机くらいで大したものは見当たらなかった。念のため手を合わせてから家具を移動してみたものの、結果は同じだった。
「あとは石坂さんくらいだけれど……」
「……昨日亡くなったばかりの人の部屋、漁るんですか?」
「でも俺たちもあと三日しかない」
「……そうですけど」
本来ならば扉を壊す際、榛を使えばすぐだったんだろうが、美羽が榛について拒否反応を示したため、結局は倉庫から工具を探してきて、蝶番を壊しながら探索を進めることとなったのだ。
ふたりは石坂の部屋に手を合わせて、工具を使って扉を壊しはじめる。どうにか壊し終えて、そこを開ける。部屋自体はごくごく普通な、男性用に割り当てられた他の宿泊施設と変わらないように見えた。
「他の部屋と同じですよね……」
「ああ……」
美羽はキョロキョロと辺りを見回し、ふと「あのう……」と口を開いた。
「どうした? なにか発見したのか?」
「……発見したんじゃなくって、ないなと思いまして」
美羽と翔太の場合は、学校帰りに誘拐されたため、学生鞄一式は持ってきていた。翔太の鞄は今は美羽が中身を移して持っている。
会社帰りなのか、浜松は仕事鞄を、久々に外に出たと言っていた中柴は手ぶらだったが、スマホだけは持っていた。
ただ、石坂の部屋にはなにもない。
文字通り、部屋の家具以外に彼の特徴らしきものがなかったのだ。
「……回収された遺体の服にしか、荷物がなかったとかは?」
「榛みたいに、着の身着のままっていうのも考えたんですけど……指名手配犯の榛だったらわかりますけど、石坂さん、会社の社長さんですよね? スマホだけで全部事足りるんでしょうか……」
今までの遺体は、遺体は全て回収されていたが、部屋に置いていたものはコンシェルジュに回収されていない。ふたりとも、その違和感に首を捻っているが、「それは後で考えよう」と一旦考えるのをストップした末に、石坂の部屋を捜索しはじめる。
ふたりで家具を持ち上げて移動させてみたり、ユニットバスの中身を開けてみたり。
他の部屋でもやっていたことだが、片や帰宅部の女子高生、片やフィールドワークはしていても体力がそこまでない大学生。だんだんと腕も足もつらくなってきて、途中でふたり揃って座り込んでしまった。
「……これだけ怪しくても、石坂さんの部屋でもなにも見つからなかったな」
「はい……」
「本当だったらコンシェルジュの後を着いていったら脱出路は確認できそうなんだが……」
「そういえば前にも言ってましたね、そんなこと」
「ああ……だが、いつも撒かれる。念のためにコンシェルジュを見失った場所を全部撮影してみたんだが、確認してくれないか?」
「あ、はい」
ふたりとも休憩がてら、立石のタッチパネルで撮影した写真を確認しはじめる。食堂、階段、ラウンジ。どこもなんの変哲もなく見えて、どうしてここで見失うのかがわからない。
「いっそのこと、現場で検証しますか?」
「それが一番妥当だと思うが、一度確認したが俺だと見つからなかったんだ」
「あたしと立石さんでしたら、身長も違いますし、もしかしたら見える場所も違うかもしれません。それにラウンジでしたら飲み物もありますし、行ってみましょう」
美羽は最後に石坂に紅茶を淹れてもらったことを思い出し、ツキンと胸が痛む。
(石坂さん……)
胸が苦しくなり、翔太や中柴が死んだときとはまた違う痛みが走るが。それらを無視してラウンジへと向かう。
ラウンジに向かい、美羽は振り返った。
「あたし、ここにコンシェルジュがいるのは見たことないんですけど、ここにいたんですか?」
「ああ……俺も着いていかなかったらわからなかったが」
「ここに入ったところで見失ったんですね。ここってバックヤードはあるのかな」
美羽はきょろきょろしながら、ラウンジに入ってセルフサービスのドリンクバーを擦り抜け、カウンターの向こうへと入っていく。
カウンター側には冷蔵庫。もし余裕があったらお菓子なども並んでいたんだろうが、中を確認しても飲み物の替えばかりが入っている。どうもコンシェルジュがドリンクバーのメンテナンスを定期的に行っていたようだ。
そしてラウンジの厨房の中に入るが、そこはどん詰まりで中に入れそうもない。
「見失ったのってここですかねえ?」
「ああ……食堂でも厨房に入ったのを追いかけたら見失っている」
ふたりで入ってみるが、ここは食堂とは違いロボットは整備されておらず、せいぜい食器しか置いてない。
「食器……」
(そういえば……石坂さん初日にも普通に厨房に入って、食器棚を漁ってたな。昨日あたしに紅茶を淹れてくれたときも……もし食堂でだったら前のかなと思っていたけれど。石坂さん。ここに詳しかったのかな)
しかし既に彼は亡くなっている。どうしてなのかの理由は、もう聞くことができない。そう悲しんでいたところで。
「どうなさいましたか」
いきなり声をかけられて、ビクンと美羽と立石は肩を跳ねさせた。
そこには執事服を身に纏い、頭から首まですっぽりと覆うような仮面を付けた、コンシェルジュであった。
「ええっと……ここはセルフサービスだったみたいですけど……」
「はい、そうです。ドリンクバーの飲み物のメンテナンスに伺いました。なにか飲みますか?」
「セルフサービスでは」
「はい、ですからグラスを出すまでです。あとはご自由にどうぞ」
そう言いながらグラスをふたつカウンターに置くと、さっさとドリンクの替えを担いで交換に向かっていった。
ふたりは思わず顔を見合わせた。
「……コンシェルジュ、人が見ないときにも働いているみたいだったな」
「うん……」
「明空さん、なにか気付いたか?」
「コンシェルジュ、バックヤード的な場所からじゃなかったら、こんなに早く館内を移動できないと思うんですけど。そのバックヤードが見つかれば、脱出路も見つかるんじゃないかと思ったんですが……」
「君は接客業のバイトでも?」
「いや、したことないです。ただ友達の家がコンビニやってたんで、バックヤード見せてもらったことがあるくらいで。そこからだったら、裏口からとか他の出入り口とかと繋がってないかなと思ったんですけど……」
ふたりでそんな話をしているとき。
カツン。と音がした。足がなにかにぶつかったのだ。
「えっ?」
視線を下げるとドラム缶がひとつ、不自然に倒れていた。ドラム缶には【調理用砂糖】と書かれている。
「なんでこんなところに……」
「これ横になってては邪魔では……」
そこでピンと来て、美羽はスカートを膝で折り畳んでしゃがみ込んだ。
「明空さん?」
「もしかしたら、これをきちんと置いたら隠し出入り口とかできないかなと」
「……RPGじゃないんだが」
そう言いながらも、立石も不自然な部分はないか確認したとき。汚れていない正四角形があるのが見つかった。
「これ……」
「ドラム缶を立て直したら同じくらいの大きさだな。とりあえず、ドラム缶をセットしてみよう」
「はい」
横たわっていたドラム缶を立て直し、その場所に移動させた途端。ドラム缶を置いた場所はガタンと音を立てたと思ったら、ガラガラ……と音を立てて穴が開きはじめた。
覗き込んだ先に見えるのは階段である。
「……まさか、本当に隠し階段が出てくるなんで」
「でも! これが脱出路だったら!!」
「……これで、残っている面子が助かる」
ふたりは小さくハイタッチをした。
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