自己紹介と指令内容

 コンシェルジュは一旦翔太が座ったのを見計らって、なにかを取り出した。ポストカードサイズの封筒を八枚持っている。それをそれぞれに配りはじめた。


「これが皆さまに達成していただく指令内容となります。ひとりにつき一枚。内容はそれぞれ異なります」

「指令について質問よろしいですか?」


 挙手をしたのは、タッチパネルを見ていた大学生であった。指令内容はまだ確認していないようだった。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。この指令ですが、ひとりで達成しないといけませんか?」

「内容によります。指令内容によっては、指令内容を他社に開示した瞬間に達成不可能とされる場合がございます。ペナルティーがないものでしたら、その限りではございません」

「……だとしたら、全員で指令書の内容を確認して協力するというのは不可能なのか……」


 大学生はボソリとつぶやく言葉が、美羽に突き刺さる。


(これ……望海が言っていた話と同じだ。ここに閉じ込められた人たちは、真っ先に協力関係が成り立たないようにされるんだ……でも……)


「はーい、質問で~す」


 今度はあの長身の男がまたしても間延びした声を上げる。


「はい、どうぞ」

「しゃらくせえんで、指令書を無視して達成しましたって言った場合どうなるんで?」

「それは不可能です。大変申し訳ございませんが、当館は隠しカメラを複数設置しております。不審点が見つかった方は、指令達成条件を満たしてないと判断します」

「ふーん。たとえば」


 途端に、ゆらりと風が吹いたような気がした。あの長身の男がノーモーションでコンシェルジュの前に立ったと思ったら、どこから取り出したのかナイフを取り出し、コンシェルジュの胸元を突き刺そうとしたのだ。


「アンタを人質にしてぇ『飽きたぁ。ここから出して~』とお願いすることはできない訳ぇ?」


 息を飲む音が響いた。美羽が視線を向けた先にいる中学生は、唇と歯をガチガチと音が立つほど震え出し、サラリーマンまで「おい……おい……」とうわ言のように言い出す。

 ホストと金持ちは顔をしかめただけで、なにも言わなかった。

 しかし機械で変声しているコンシェルジュの態度はなにひとつ変わらなかった。


「大変申し訳ございません。私を脅したところで、主催の意向は変わりません」

「じゃあ殺して平気?」

「派遣されておりますのは私だけですので、ルール確認ができなくなりますが、それでよろしければ」


 さすがに見かねたらしく、翔太は再び立ち上がると「やめてください! こんなところで!」と長身の男を止める。長身の男は心底面白くなさそうな顔で、渋々ナイフを折りたたんでライダースジャケットの中にしまい込んだ。

 コンシェルジュは閉じ込めた人間から襲われたことなどまるでなかったかのように、話を続ける。


「指令書の封筒に、それぞれ番号が振ってあります。当館の二階が宿泊施設になりますので、寝泊まりはそちらでお願いします。ここ食堂では、朝七時、昼十二時、夜七時に食事が出ますので、ご利用の際はお使いください。残りの時間は館内ならば自由に使ってもかまいません」

「あのう……」


 美羽が思わず手を挙げると、翔太は驚いたように振り返る。美羽はボソボソと尋ねた。


「洗濯とお風呂って、どうなりますか……?」


 七日間ここで過ごさないといけない以上、切実な問題だった。特に洗濯は他の人に見つかりたくない上、男だらけな中で落ち着いてお風呂に入れないのも嫌だった。

 翔太は途端に顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。逆に長身の男がじぃーっと見てくるのがおそろしく、美羽は無視を決め込むことにした。

 コンシェルジュは場が気まずくなるのを無視して、美羽の説明に丁寧に答える。


「浴槽にお湯を溜めるのは時間がかかるかもしれませんが、一室につき、ひとつ浴室は用意しておりますので、そちらをご利用くださいませ。洗濯は一室につきひとつアメニティーを用意していますので、そちらを利用して浴室で洗ってください」

「ありがとうございます……」

「あのう、服の着替えってできますか? 洗濯したら干してる間の」

「一室につきクローゼットひとつ分衣装を用意しておりますので、着替えたい方はそちらをご利用くださいませ」


 美羽はなんとも言えない気分になる。


(福利厚生が充実している……スマホが使えない、外に連絡が取れないってことを無視したら、やけにきちんとしているような……)


 他にも細々としょうもない質問を投げられるが、コンシェルジュは普通に全て答え、最後に丁寧なお辞儀をした。


「食事中でしたら、私も食堂にいますので、これ以降の質問は食堂で伺います。それでは七日間ごゆるりとお楽しみくださいませ」


 こうしてコンシェルジュが去って行ってしまった。

 食堂にかかっている時計を見上げると、今は夜の八時のようだった。コンシェルジュの言っていた食事の時間はとっくに済んでしまっているようで、食事は出してくれないようだ。

 緊張が少し抜けた途端に空腹に悩まされたものの、大学生が「すみません」と皆に声を上げた。


「ひとまず、自己紹介しませんか?」


 あまりにも普通の提案をするので、美羽は拍子抜けする。途端にホストは「なんで……?」と怪訝な視線を送った。


「全員指令書内容を確認したら、協力関係になれないかもしれませんが、逆に協力しなければ達成できない場合もあるかと思います。そのためにも……」


 大学生の説明に「オレ、パース」と長身の男がひょいっと立ち上がって食堂を出ようとする。


「どうしてですか?」

「仲良しごっこってオレの性に合わねえしぃ」


 そう言って手をひらひら振って去って行ってしまった。翔太は心配そうに大学生を見る。


「……あの、止めなくって?」

「ここで無理に彼を刺激しないほうがいい。むしろ彼に『殺してかまわない』って判断を鈍らせるためにしたかったんだが」


 その大学生の言葉を聞きながら、美羽は去っていった長身の男を思い出した。

 全く動きが見えないまま、コンシェルジュを刺しに行ったのだ。コンシェルジュはどういう理屈か刺されなかったが、もし動作が見えないまま刺されるのが自分だったらと思うと、冷や汗が出る。

 ホストは「で?」と声を上げる。


「自己紹介しろって言うんだったら、おたくからすれば?」

「あー……すみません。自分は立石湊たていしみなとと申します。H大学の社会学専攻です」


 H大学は公立大学だが、国立ほど権威がある訳ではない、だがFランク大学よりも格が上という変な立ち位置のところだった。


「ええっと……じゃあ紅沖矢くれないおきやでーす。一生懸命働いてまーす」


 見た目といい、同伴発言といい、どう考えても水商売の人間ではあるが、ぼかしてしまったためにそれ以上のツッコミは入れられそうもなかった。

 くたびれたサラリーマンは皆を見回してから、溜息をついて口を開いた。


浜松徹はままつとおると申します。経理をしています」


 どうもうだつの上がらない風情なのは、上からも下からも圧迫される仕事だかららしかった。

 しばらく黙っていた金持ちは、やっと口を開いた。


「これはこれは……自分は石坂孝之助いしざかこうのすけと言います。会社を経営しております」


 それに周りが息を飲む音を立てた。

 金持ちだろうとは思っていたが、年はどう高く見積もっても三十代なため、それで会社経営をしているとなったら。なによりも彼は若手社長にありがちな下品な雰囲気やギラついた言動、育ちがよ過ぎる弊害の世間知らずな言動が微塵もない、落ち着き払った雰囲気をしているのだ。


(お金持ちなんだろうとは思ってたけど、社長さんなんだ……なんで社長さんみたいな人がこんなところに混ざってるのか、全然わかんないな)


 美羽がそう思いながら、自分もと自己紹介をする。


「明空美羽です。高校生です」

「そちらの彼氏さんは?」


 大学生に促され、ここに来てからずっと警戒心をあらわにしていた翔太も、信用できると判断したのか、口を開いた。


西にし翔太です。みゅうとは同じ学校です」

「なるほど……最後になるけど、君は?」


 学ランの少年はビクッと肩を跳ねさせたあと、視線を左右させる。


「な……か、しば……む、で……」

「声小せえ。腹から出してんのかよ」


 紅の吐き捨てるような声に、中柴なかしばと名乗った少年がますます縮こまる。

 慌てて美羽が紅から遮るように中柴に近付いた。


「大丈夫。怖くないから」

「……えっと中柴、つとむです……すみません、すみません……」

「謝らなくっていいからね。ちゃんと自己紹介できたから。ねっ?」


 中柴はますますもって縮こまってしまっていたが、紅は「けっ」と声を上げるだけだった。

 自己紹介が済んだあと、立石が言った。


「もし指令内容が手伝えるものだったら、自分も手伝いますし、自分のものも手伝ってください……できれば、全員を敵に回したくはありませんから」


 そう締めくくった。

 そもそもいきなりコンシェルジュに襲い掛かったあの男の詳細だってなにも知らないのだから、せめて彼以外の人間とは敵対せずに済むならそれでいい。


(あの人……怪し過ぎるし……そもそも凶器を隠し持ってる人になんて、どう対処すればいいのか……)


 皆で二階に行く中、美羽はわざわざ全員から送られて、目的の部屋に着いたのだ。

 部屋は正直、美羽の自宅のマンションの全部の部屋を足したよりも広いのに、唖然としていた。

 分厚いカーテンがかかり、ベッドは大きい上に座ってもスプリンクがギチギチ軋まない。鏡台や大き目のクローゼットまである。クローゼットの中身を見て、美羽は唖然としてしまった。


「服……なんか、すごい……?」


 寝間着に使えそうな薄手のワンピースはもちろんのこと、昼間に着られる可愛いワンピースが何枚も入っている。おまけになぜか真新しい下着まで入っているので、一枚洗っても下着なしで過ごすことはなくて済みそうだ。

 浴室も覗いてみると、ユニットバスとはいえどたしかに存在した。ユニットバスだとたしかに風呂の湯を溜めるのに時間がかかる。おまけにアメニティーが歯ブラシ、歯磨きにシャンプーリンス……充実具合がすごい。


(ひとつの館に閉じ込められているにしては、この充実具合はなんなんだろう……? 私たちを誘拐してきて、なんかさせようとしているにしては、至れり尽くせりなんだけれど)


 これで夜食の注文ができたら文句の付け所がないのだが、ここには内線専門の電話すらなかった。

 試しにもう一度スマホを付けてみたものの、時計とネットを使わずに使えるアプリ以外はなにも使えなくなっていた。

 スマホを使うのは諦め、続いてコンシェルジュから渡された指令書の入った封筒を開けた。手触りがやけにいい紙だが、アメニティーと同じく高くつくものなんだろうか。紙について詳しくない美羽にはいまいち確信が持てなかった。

 中身に目を通して、思わず美羽は「え……?」と声を上げた。


【期限内にゲーム主催側の刺客を探し出すこと】


 やたらと装飾された独特なロゴで、そう印刷されていた。


(……主催側の刺客って……怪し過ぎる人はひとりいるけど……)


 真っ先に怪しいと思い立ったのは、未だに名前すら知らない長身の男だった。しかし、主催側の人間のはずのコンシェルジュを、いきなり襲うだろうか。


(でも……敵対していると見なして攻撃したのかもしれないし……でもそれだったら怪しまれないように自己紹介の場に残るよね? あの人、訳がわからな過ぎてなんもわかんない……)


 そもそも主催側の人間がひとり混ざっているなんて、疑心暗鬼の種を撒くようなものだ。

 美羽は先程までのなんとなく非日常にやってきたうきうき感が、途端に沈み込んだ。


(このことは、ちゃんと翔太とも相談しないと……翔太は私とずっと一緒にいたんだから、あいつだけは絶対に主催側と関係ないんだし)


 とにかく今は空腹で気が立ってしまうのだから、せめて水をたくさん飲んで誤魔化し、早めに寝てしまおうと美羽は思い立った。

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