主催側の刺客

 美羽と立石は、ひたすら走っていた。

 だんだんと足がガクガク震え出し、息も上がって心臓も痛くなってくる。それでも、一歩進めばそれだけコンシェルジュから遠ざかる。一歩進めばそれだけ出口に近くなる。それだけで、走る価値があった。

 荷物が邪魔で、持ち歩きたくない。走る際に重いと頭ではわかっていても、美羽は感情がそれを拒絶してふたり分の荷物を持って走っていた。

 立石は榛がさんざん指摘した「捨てりゃいいのに」を言わなかった。それが美羽にとってはありがたい話だった。

 だが。こちらにすごい勢いで足音が近付いてくるのがわかる。振り返る余裕はないが、足音は榛のものではない。


(榛……あいつ……っ!)


 どう考えてもあれが、あっさりと死ぬタマではない。

 こちらが追いかけられているのを見るのと、コンシェルジュと戦うの、面白さの天秤をかけた結果、鬼ごっこに傾いたの決まっている。


(だからあいつは信用ならないんだから……っ!!)


 ギリッとしたものの、とうとう美羽の担いでいた荷物は掴まれた。


「いやっ! 離して!?」

「明空さん!?」


 立石が立ち止まり、息を切らしたままコンシェルジュと凝視をした。無表情な彼が、ここまで感情を露わにするのは初めてだった。


「……石坂さん」


 立石の言葉が、美羽に突き刺さる。

 信じたくはなかった。消去法で考えたらそうじゃないかとわかっていても、それでも信じたくはなかった相手だった。


(あんなに不安だった館内で、ずっと励ましてくれたのは、この人だけだったのに……)


「おめでとうございます、美羽さん。あなたの指令の達成条件を満たしましたよ……あとは、皆さんの指令の達成条件が無事完遂できるかどうかです」


 ギリギリギリギリと美羽は石坂に手首を捻られる。もげる。折れる。骨がミチミチと軋み、筋がブチブチと切れる音が続く。それに美羽は悲鳴を上げる。


「いった……! それ、どういう意味で……」

「だって、まだ清音くんの達成条件が見せておりません。私が、まだ生き残っていますからね?」

「……っ!!」


 榛の指令。【七日目までに参加者の人数を三人までに絞れ】

 たしかに達成はできていない。ここに石坂が生きているのだから。ギリギリと腕を痛めつけられる美羽の傍で、不意にトントンと叩かれる気配を感じた。立石だった。立石は美羽に声を出さぬよう、人差し指を自身の唇に押し当ててから、彼女の鞄をトントンと指差した。片方は翔太のものだが。外側にかけてあるものは美羽のものだ。美羽が頷くと、立石は迷わず美羽の肩から彼女の鞄を抜き取り、それを石坂の顔面目掛けて振り下ろした。石坂は優雅に避けてしまった。


「……ちっ」

「おやおや、湊くんはあまり力業で解決するタイプとは思ってもみませんでしたがね」

「状況が状況だからだ……石坂さん。あなた、いつからです? コンシェルジュとあなた、入れ替わったときがあったでしょう?」


 美羽は驚いて立石を見た。

 だが。


(石坂さん、最初からのあの館の厨房の立ち位置やロボットについて詳しかった……食器だったらともかく、お湯だってすぐに沸かすし……)


 知識がないと、あそこまで平然と動けないだろう。その指摘に、石坂は笑みを深めた。今まで見せてきた紳士的なものではなく、あからさまに榛と同系統の、人を殺すのが楽しくて楽しくて仕方がないという、獰猛な笑みだった。


「ええ……ええ、ええ。私とコンシェルジュは、双子で互いに入れ替わって、参加者たちを観測していましたからね。催し物を盛り上げるために必要なんですよ。ところが今回はあてがずいぶんと外れてしまいました。これは主催側の不手際ですね」


 そう言いながら、立石に殴りかかろうとするのを、立石は自身の鞄を盾にして避ける。立石の鞄にはなにが入っているのか、それに殴りかかる石坂も、持ち上げる立石もプルプルと震えていた。


「ひとつ。面白くなるだろうからと、殺人鬼を放り込んでしまいました。ワンマンゲームは典雅ではありませんから、その都度微調整させていただきました。ひとつ。恐怖に打ちひしがれる少女に言い寄れる男性を各種取り揃えました。今までになく、頭もよくて顔もいい男性陣の取り揃えだったかと思いますが、ちっとも靡かない……私、頑張って慣れない口説き文句まで並べたというのに、残念です」

「……なに言っているの?」


 今までの石坂の落ち着き払った言動を思い、目の前のコンシェルジュの格好のままの彼を見る。

 弱り切っていた美羽の心に付け入る隙をつくり、そのままこの館内に閉じ込められた人々と恋愛するように仕向けられる……あまりに美羽が誰にももたれかからないため、とうとう主催側が動き出したという。


「人のことなんだと思ってるの? 彼氏死んだんだよ?」

「いえいえ。今までのファムファタールの函庭に迷い込んだお客様は、それはそれは悲劇に酔いしれて、そこで狂愛に興じる方々の多かったこと多かったこと……! 残酷な物語に恋のスパイスは、オーディエンスに受けるんです。これが全国放送のリアリティーショーだったら、あなたはたちまち十字架に縛り首になった挙げ句に火を放たれていたでしょう。お約束を踏めと」

「だからなに言ってるの?」


 だんだん美羽は腹が立ってきた。


(こいつに少しでも靡きかけた自分が馬鹿みたいだし、榛のほうがまだマシだって思う自分が嫌だ……!)


 美羽は怒りを向けるが、石坂はせせら笑うばかりだった。


「おや、嫌いだから。腹が立つから。だから殺してもかまわない。仕分けがずいぶんと上手くなったものですね、美羽さん?」

「だからさっきからあなたはなにを言っているの!?」


 とうとう美羽は自身の鞄を振りかぶって石坂に殴りかかった。それを石坂は余裕でいなす。それでも美羽は諦めきれずに、必死で鞄を振りかぶった。


「可哀想というものはいいものですね。可哀想であったら、どんなことをしても許されるのですから。恋人が亡くなった。それは悲しいことです。だから犯人を殺そう。素晴らしい! 復讐は物語の華ですから!」

「だから、その口調は、やめてってば……!」


 美羽は必死に鞄の角で石坂を殴ろうと遠心力を駆使して殴りかかろうとするが、石坂はひょーいと軽く避けてしまう。クツクツと笑い声を上げる。


「恋人と閉じ込められて死んでしまった少年。しかし、彼はひとつ罪を犯していた。美羽を好きだった少年から相談を受けていたのに、あなたのことを好きになった彼は、奪ってしまったのです。青春のきらめきです。青春の苦みです。友情は脆くも崩れ去りましたが、天罰が下って恋人のために彼は感電してあの世に向かったのでした!」

「そんなことないから! 翔太とあたしは同じクラスの同じ係! 誰も入る余地はなかった!」

「あなたが思うのでしたらそうなのでしょうね。死んだ恋人の死体を漁る人……妻子に逃げられ、避難先を特定して連れ戻そうとしたところを、あわや屋敷に連れ去られた憐れな人! 妻子にあったらなにをしたかったのでしょうね。抱き締めたかったのでしょうか? それとも殴りたかったんでしょうか? 噂によれば、妻子は年がら年中長袖だったそうですよ」

「それ……浜松さんのこと?」


 今までの紳士的な態度はどこに行ったのか、石坂は嘲るような声で、ペラペラと人の経歴を捲し立ててくる。

 その内容ひとつひとつが、美羽の行動を鈍らせていく。


「明空さん、そいつの言うことは聞いちゃ駄目だ!」

「わかってます! わかってますけど……!」

「おやおや。あなたは見る目がないですからね。しょうがない教えてあげましょうか。実は薰さん、学校ではたいそうな暴れん坊で、下剤を盛らせて食中毒者を大量発生させた挙げ句

、学校で総スカンを食らってしまい、とうとう不登校になってしまったんです」

「人のこと……なにをそんなにペラペラと……!!」

「不思議ですねえ、私が話せば話すほど、美羽さんの腕が隙だらけになってきましたよ」

「……っ!!」

「なによりも、あなたうっかりと仕分けてしまったでしょう?」


 石坂はけざやかに笑う。それを見ていた立石が必死で声を荒げる。


「そいつの話を聞いては駄目だ」

「少しでも悪いところを聞いて、こいつは生きている価値がないと、こいつは死んでもしょうがなかったと。死なせた言い訳を考えてしまったでしょう?」

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