第4話 白兎の戦い 弐
「やぁ、はじめましてだね。私の花嫁。そして白兎。」
にこにこと笑みを浮かべてこちらに近づいてくる大国主命に、白兎は八上姫を庇うようにして向かい合う。
互いの視線がまじわり、大国主命はますます顔をほころばせた。
「でも、白兎とはあんまりはじめましてな気持ちがしないね? ああ、勘違いしないでほしいけど、私は君に感謝してるんだよ、白兎。」
気持ち悪い。思えばあの時も大国主命は優しげに微笑んでいたが、それは果たして心からの笑みだったのだろうか?
そんなことを考えてしまうほど、白兎にむけられた大国主命の視線はねっとりとしている。
「素戔嗚尊の姫君との縁を結んだことか?」
元々の嫁だったのた、まさか縁を結んだことを恨まれてはいないだろう。様子見のつもりで白兎が口にした問いに、大国主命は大きく頷いた。
「それもある。おかげで私は、兄上たちとは比べ物にならないほどの地位を得たのだからね。」
だったら八上姫に求婚するなと言いたい。素戔嗚尊の娘なら嫉妬に狂った兄たちが何を仕掛けても大国主命を守ってくれるだろう。何が不満なのか。
八上姫を庇いながらじりじりと後ずさっている白兎に、唐突に降ってきたのは大国主命の笑い声だ。
「それに、兄上たちの求婚を断らせたのも君だろう? あの時の兄上たちの顔ときたら! 君にも見せてやりたかったね、本当に面白かったよ。」
体をくの字に折り曲げて笑う大国主命に、白兎は沈黙した。
しばらく笑っていた大国主命はふと顔をあげてこちらに歩み寄る。
「まあ、とはいえーー兄上たちや、私に反抗的なやつらに娶られたら困るからね。八上姫は私がもらうことにしたんだ。」
気がつけば八上姫と白兎は追いつめられていて、後ろには木しかない。怯える八上姫に大国主命は手を伸ばして、
「断る! 貴様なんぞ、悪縁中の悪縁だ!! 八上姫は貴様になんぞやらんわ!!」
それを、白兎がはたき落とした。
「あはは、ずいぶん元気がいい兎だ。」
しかし悲しいかな、しょせんは兎。すぐに首根っこを掴まれてぷらーんとぶら下げられる。しかも大国主命にはちっとも痛手を与えられていないのが悔しい。
「白兎!」
悲しげな八上姫の顔が見えてーー白兎は自分が情けなくなる。なぜ、自分はこんなに弱いのだろう。もっと大きくて強ければ、八上姫を守ってやれるのに。
「うわっ!?」
もくもくとどこかから煙が漂い、悲鳴をあげた大国主命が白兎の首根っこを掴んでいた手をぱっと放す。
したたかに地面に体を打ち付けた白兎は大国主命に文句を言おうとして、自分の目線がいやに高いことに気づいた。
「白兎……?」
煙が、晴れる。見下ろした自分の姿形は、八上姫とよく似ていた。もう、兎の姿ではないのだ。
驚いたような八上姫と、目が合う。
【ーーお前の願い、叶えたぞ。白兎よ。約束はしっかり守ってもらうからな?】
ふいに天照大御神のこえが聞こえてーーようやく白兎は理解した。自分の、本当の願いを。
(そうだ。白兎は、ずっと八上姫を守りたかった。幸せにしたかった。ーー自分の、この手で。)
叶わないと諦めていた夢。しょせん、自分は兎でしかないとずっと見て見ぬふりをし続けていた願い。……それが今、ようやく叶ったのだ。
八上姫の手を握り、白兎は口を開く。
「八上姫、どうか白兎の妻になってくださらぬか?」
白兎の求婚の言葉を聞いた八上姫は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「喜んで! 最高のご縁だわ、ありがとう白兎!!」
そのかたわらでは、八上姫の両親と大国主命が嬉しそうに笑っている。
「よかったな、八上姫。白兎なら安心だ。」
「私もはるばるやってきて頑張ったかいがあったというものだ。」
「大国主命さまは、いささか本気に見えましたが……。」
「いやあれは。白兎が心から願わなくてはあの姿になれないと聞いていたから、白兎を本気にさせるためにわざとだよ。本当だよ? だから妻には……、」
笑いあっている彼らのようすに、白兎は八上姫と顔を見合わせた。そしてどちらからともなく笑い合う。
「なるほど、大国主命に化かされたか。」
「ふふふ、白兎が結んだご縁のおかげね。」
その後、白兎は八上姫と夫婦になり、天照大御神との約束(やや一方的)を守って沢山の神々や人びとの縁を結んだ。
時を経て、白兎は八上姫と共に縁結びの神として再び祀られている。
白兎の縁結びなおし 満天星 @noir00
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