第2話 白兎の宝物

 今でも、思い出す。大国主命おおくにぬしのみことが迎えた新しい姫君にいじめられ、泣き濡れていた八上姫やがみひめの姿を。夫である大国主命は八上姫を守りもせず、生んだ子供を残して八上姫は姿を消した。

(結局、あれから一度も姫にお会いできなかったな……。)

 それもこれも、白兎が縁を結んでしまったせいだ。だから、せめて一目、八上姫にもう一度会いたいと願うのは許されないことなのだろう。けれど、それでも。もし本当に願いが叶うのなら、

「ーーぎ。白兎ったら、どうしたの?」

 まさか、と思った。聞き覚えのある、柔らかな優しい声。

(そんなはずは……、いやしかし、天照大御神は願いを叶えてくれると。)

 期待する気持ちと諦めと、両方がまじりあいながらも白兎は眩しすぎてきつく閉じていたまぶたをゆっくりと開く。

「白兎? ねぇ、だいじょうぶ?」

 目の前にいたのは、幼い頃の八上姫だった。ありえるはずのない光景に、ぽろぽろと白兎の目から涙がこぼれる。

「泣かないで! ごめんね、わたしがわがままだったの。もうおきに行かないでって言って白兎を困らせるのはやめるから、泣かないで。おねがい!」

 おき。八上姫の言葉に、白兎は息を飲んだ。

 あの日、八上姫が姿を消してから、何度自分を責めただろう。隠岐おきにさえ行かなければよかったと。

(今思っても馬鹿だった。)

 あの頃はただ、見たことのないところに行ってみたかったのだ。だが実際に行ってみれば考えるのは八上姫のことばかり。すぐに帰りたくなって、それでも帰る手立てが見つからなくて。結局何年もかけて考えた方法では、さめを怒らせてしまって殺されかけた。本当に馬鹿だった。

「だ……大丈夫だ、白兎は隠岐には行かぬよ。泣いていたのはそのことではないのだ、ただ……また、八上姫に会えたのが嬉しくて。」

 おろおろとこちらをうかがう八上姫に、白兎は安心させるように笑いかけた。ぱっと、八上姫の愛らしい顔に笑みが浮かぶ。

「ほんとう? うれしい! じゃあ、白兎とずっといっしょだね!!」

「うむ、八上姫のことは白兎がずっと守ってやろうぞ。」

 大国主命には任せておけないことだけは確かだ。こうなった以上は、嫁入り後も白兎が八上姫を守らなければなるまい。

 ……もちろん、八上姫の夫として大国主命が選ばれないように動くつもりでもあるが。

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