第3話 白兎の戦い 壱

 天照大御神の力で時を巻き戻された白兎が八上姫と再び会ってから、数年の月日が過ぎた。幼かった八上姫も今では年頃の美人になり、婿君を選んでいる。

(とうとう、この時が……! いや、案ずるな白兎、大国主命はもう嫁がいる!!)

 そう、八上姫と結婚した後に大国主命は素戔嗚尊すさのおのみことの娘と結婚する。ならば最初からそちらと縁を結んでしまえばいいのだ!!

 ……という白兎の考えのもと、大国主命は素戔嗚尊の娘とすでに結婚している。この件では素戔嗚尊に感謝されたほどだ。

『いやぁ、美人は美人でもちょっとばかり気の強い娘だからなかなかいい婿が見つからなくて困ってたんだ。助かったよ。』

 よって、候補になるのはせいぜい大国主命の兄たちだが、白兎としては彼らもご遠慮願いたい。なにせ性格が悪い。

(怪我をして死にかけていた白兎をまともに手当てせずに行ったやつらだからな!!)

 時代が下り、あれは「消毒」というもので、彼らはけして白兎に意地悪をしていたわけではないと知ったが、だからといってひどい。ちゃんと最後まで手当てしていってほしい。いくら先を急ぐ旅だとしてもだ。

(八上姫に何かあっても、自分が忙しかったら相手にしないに違いない! おまけに、嫉妬しっとで実の弟を殺そうとするようなやつらだぞ?!)

 八上姫が大国主命を選んだあと、兄たちによる虐めはそれはもうすごかった。猪だと偽って焼けた岩を受け止めさせるとか、本気で殺しにかかっていた。

(何かの拍子に、八上姫があいつらに殺されかけないともかぎらん。次!)

 これも後の世で知ったことだが、ああいう手合いは殺人に対する抵抗感が低い。つまり、かっとなった拍子に八上姫が殺されることも考えられるのだ。

 そのため、大国主命の兄たちは婿にしないよう、八上姫の両親にはよくよくお願いしてある。……言い聞かせたともいうが。

「白兎、あのね、私に結婚の申し入れがあったの。お相手は大国主命さまですって。知ってる?」

「はっ??」

 うららかな春の陽気にまどろんでいた白兎は、八上姫の質問に耳を疑った。もしくは、まだ自分が夢の中にいるのだと思った。……いや、思いたかった。

「大国主命さまのお兄さまたちは、白兎が悪縁だって反対したでしょう? でも大国主命さまのことは何も言わなかったから、問題ないのかしらって、お父様たちが。」

「いやいやいやいや!! 問題しかないぞ!? というかそもそも、大国主命はすでに妻がいるだろう?! 素戔嗚尊の姫はどうしたのだ!?」

 すでに素戔嗚尊の娘を妻にしておいて、そのうえ八上姫に求婚するとは白兎も思っていなかったのだ。そもそも、素戔嗚尊の娘が許すとも思わなかったのだが。

「大丈夫だよ、彼女には言ってないから。」

 白兎の後ろから、これまた嫌な意味で聞き覚えのある、低い声が聞こえてきた。いやいやながら白兎がふりむくと、そこには忘れたことのない憎々しい男がーー優しげと表現される顔に笑みを浮かべていた。

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