26話 証明と再会
レオンはギグ・ザスの猛攻を必死で回避する。周りの軍人たち、ギルドマスターのスターバー、カークスやバルクたち〈マーズ〉の面々も同じだ。
目の前にいるギグ・ザスは、池のほとりで戦った奴とは比べものにならないほど強い。動きは鋭く、尻尾を振り回せば衝撃が起きる。
以前のギグ・ザスは群れからはぐれた個体だったのだろう。今回のは違う。ずっとこの部隊とともに行動してきたはずだ。いくつもの戦場をくぐり抜け、戦い方を熟知している個体。
優勢だった人間側が押されてきた。竜人の数はかなり減らしたが、生き残りがギグ・ザスに合わせて反撃してくる。
「嘘でしょ……Aランクでこれなの!? ありえないっ……!」
マイナが懸命に爪の一撃を躱している。サラフやジンも、間合いに入れずにいる。
その横で、軍人たちが竜人によって倒されていく。すでに人間側にもかなりの被害が出ていた。ギグ・ザスを取り巻く冒険者もみんな傷を増やしている。
大型竜はかつてのパーティーメンバーたちの方へ進撃していく。
「くっ、ドラゴンスレイヤ―になんて絶対になりたくないな!」
カークスも振り回される爪を躱していた。バトルアックスによる攻撃も、鱗に跳ね返されてなかなか通らない。
「がはっ!」
バルクが吹っ飛ばされた。爪は受けなかったが平手が直撃した。
「く、くそっ……」
カークスをはじめとする〈マーズ〉メンバーの動きが鈍る。サラフたちも近づくのをためらっている。
レオンはその側面から、じっと隙を窺っていた。
戦闘時間が長くなり、アースがどんどん活性化してきている。この状態を保てば、持てる力を十全に発揮できる。
ギグ・ザスが背中を向けた。レオンは迷わず駆け出す。
星撃剣に〈光雷〉の雷撃を纏わせ、斬りかかる。
――それは察知されていた。尻尾が唸って強烈な打撃が飛んでくる。レオンは剣で防ぎ、自在に動く尻尾と激しい打ち合いを演じる。ギグ・ザスはこちらを見ていないのに、的確な打撃を飛ばしてくる。レオンは冷静に一つずつ防いで、斬撃を返す。一撃ごとに、その威力は増していく。
――まだ、高まってる。
クロハとの立ち合いで、自分の限界は掴んでいた。今、その時よりもさらにアースが濃密になっているのを感じている。ガムテアムの突進を耐えたことも自信になった。レオンの精神は強靱になり、戦うほどに心技体を高みへ持ち上げていく。
「おおおおおおおおッ!!!」
刀身が黄金に輝き、ギグ・ザスの尻尾を切断した。
ギグ・ザスが絶叫して体勢を崩す。誰も反撃に移る者はいない。
レオンは走り出し、ドラゴンの背中に飛び乗った。背中を駆け上がっていき、たちまち首筋に到達する。
――クロハ姉に見せられないのが本当に残念だ!
レオンは星撃剣をギグ・ザスの首に突き刺した。切っ先は鱗をぶち破って体内に入り込む。ドラゴンは巨体を左右に振って激しく暴れた。眼下では冒険者たちが右往左往している。
レオンは星撃剣を突き刺したまま踏ん張り、雷撃を送り込む。筋肉を麻痺させ、神経を焼き焦がす。
クロハのように、一撃で首を断ち切ることはできない。だが、もう逃げ回るだけのレオン・ブラックスはいない。無様に転がり回ることも、自分の能力に絶望することもない。
俺は戦える。底辺なんかじゃない。こんな強力なドラゴンでも倒せるようになった。それを証明する、この場の全員に!
ガガ、アアアアアアアアア…………。
喉から奇声を漏らし、ギグ・ザスの体が傾き始めた。
「避けろ! 潰されるぞ!」
誰かが叫んで、冒険者たちが四散した。
レオンはギグ・ザスと一緒に地面に近づいていった。
響く振動。立ち上る土煙。
地に伏したドラゴンの首に星撃剣を突き立てたまま、レオンはしばらく同じ体勢を取っていた。だが、もう相手が起き上がる気配はない。
「わ、我らのサイザーが……」
シャルマー将軍が呻いた。サイザーというのが、このギグ・ザスの個体名らしい。
「スターバーさん! 今です!」
「う、うむ!」
スターバーが真っ先に立ち直り、呆然としているシャルマー将軍を拘束した。アースで編んだ鎖で縛り上げる。
「どうだ、貴様の配下はすでに壊滅している! 降伏せよ!」
「おのれ……」
「貴様は国軍に引き渡す。すでに停戦協定は結ばれているのだ。国際軍法会議にかけられるものと思え」
シャルマー将軍の鎧はあちこち砕けていた。
レオンが中型、大型ドラゴンを相手にしているあいだ、スターバーが将軍に一騎討ちを仕掛けていたのだ。さすがはギルドマスター。元Sランク冒険者だけあって、引退しても実力は衰えていない。
「確かに見届けた!」
カークスが大声を上げた。
「君にとんでもない力があるというのは、クロハさんの話でしか聞けなかった。だが今、自分の目で見た。これでためらいなくレオン君を信じられるよ」
「そうだな」
「あんなの見せられたらなあ」
近くにいた冒険者たちが、カークスの言葉に賛同する。なんだかむずがゆい。
カークスは、吹っ飛ばされたバルクのところへ走っていく。バルクは重傷ではなさそうだ。ともに戦った冒険者、軍人たちは、お互いの無事を確かめ合っている。
レオンがその場を動かないでいると、誰かがやってきた。
「少し、取り決めを破らせてくれ」
「……サラフ」
かつての戦友だった。うしろからマイナ、ジン、イズミもついてくる。
「俺は謝らない」
いきなりサラフに宣言され、レオンは硬直する。
「俺たちがお前の正義から逃げるには、ああするしかないと思ったからだ。やり方が間違っていたとしても、他の方法が俺たちにはわからなかった」
「……ああ、謝らなくていい」
「だが、礼は言う」
「え?」
「さっきは危なかった。ギグ・ザスを倒してくれたこと、感謝する。――ありがとう」
「お、おう……」
予想外の言葉に、別の意味で固まる。
「ほんと、嫌になっちゃう」
マイナがぼやいた。
「なんでいなくなった途端にそんな強くなるのよ。最初からその強さでいてほしかったわ」
「それは無理だって……」
「まあ、あたしも感謝はしてるけどね。……ありがと」
レオンは反応に困り、うなずくだけにとどめる。
「お前、マジですごいな。オレもそうなりてえよ」
「みんなでクロハさんに教えてもらおっか?」
「おお、そしたら一瞬でSランク行くだろ」
「やば! もうAランクドラゴンなんかでビクビクしなくなるかも!」
ジンとイズミは以前と変わらないマイペースさを貫いている。そこにはホッとするレオンだった。サラフは細目で二人のやりとりを見て、それから咳払いした。
「それじゃ、俺たちは先に帰る。お前とは今後も距離を置いて――」
ズンッ――と、衝撃が来て、レオンは転びそうになった。みんなかろうじてこらえている。
「な、なんだ?」
レオンは音の出所に顔を向けた。
巨躯が、冒険者たちの前にそびえている。
月光が照らし出したその顔は、レオンにとって初めて見る顔ではなかった。
「クレタオス……」
それだけではない。
「左目が……ない……」
深緑の甲殻と、漆黒の一本角。強靱な体、鋭い牙、厚い爪、太い二本足。畳まれた分厚い羽。縦に刻まれた剣の傷。
Sランクドラゴン・緑王竜――クレタオス。
レオンの父親を奪った仇敵が、目の前に立っていた。
「お主は――〈隻眼〉ではないか! どこにいたのだ! なぜこの大事な時にいなくなったのだ!」
拘束されたシャルマー将軍が絶叫した。
「なぜ、主の言うことが聞けないのだああああ!」
竜人の叫びは、緑王竜の咆哮によって完全にかき消された。
頭を低くしたクレタオスが突進に移行した。地面が割れるほどの重量で人間たちめがけて突っ込んでくる。
「避けろ――――ッ!」
スターバーが指示を出した。シャルマー将軍の拘束を諦めて全員が突進の軌道から逃れる。
そこをクレタオスが踏みしめた。
これで、竜人の将軍が軍法会議で裁かれることは永遠になくなった。彼はもう、クレタオスの足によって地面と一体になってしまったのだから。
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