24話 成長の激戦

 アーガ峠は街の東側、人竜大戦の主戦場よりやや北方面にある。東門から外へ飛び出したレオンは、北寄りの街道を走っていった。


 もう日が暮れる。竜族は夜襲を仕掛けてくるつもりなのだろう。しかし、レオンの発見によってこちらが奇襲で返せる。

 街道を外れて細い道へ。冒険者くらいしか使わない道を進んでいくと、アースの気配が濃密になってきた。先行した冒険者たちだろう。


「誰だ」

「レオン・ブラックスです」

「おう、よく来た」


 木立の陰に身を潜めていたのは、ギルドマスターのスターバーだった。足元に巨大な両刃剣が置いてある。周辺の木立に目をやると、冒険者や軍人たちがそれぞれ身を隠しているのがわかった。


「ギルドマスターも戦うんですか」

「手が足りないのでな。クロハは駄目か」

「はい、回復はしてますけど間に合いません」


 スターバーは何も言わず、レオンの肩を叩いた。


「偵察によって、敵がこの道を上がってくるのはほぼ確定している。我らは弓と魔法を敵の頭上から浴びせ、隊列が乱れると同時に斬りかかる。君にも参加してもらうぞ」

「そのつもりで来ました」

「よろしい。向こうの木の陰で待機しろ」


 スターバーが指さしたのは斜面からややうしろに入った木の陰だった。レオンはすぐにそこまで移動する。


「やあ、また会ったな」


 そこにはカークスがいて、いきなり声をかけられた。長い金髪は縛っている。


「よろしくお願いします」

「こちらこそ。ドラゴンとはほとんど戦ってこなかったから、君の戦い方を参考にさせてもらうよ」

「俺はまだ未熟なので……カークスさんのバトルアックスでなぎ払えば全部解決です」


 レオンの返事に、カークスは噴き出した。周りで待機している彼のパーティー〈マーズ〉のメンバーも笑っている。


「君がこんなに愉快な男だったとは……もっと早く知りたかったよ。他人の評判だけで決めつけるのは本当によくないねえ」

「まったくだ」

「先入観は怖い」

「噂を流した奴は罪深いぜ」


 カークスの仲間たちも同意した。

 冒険者になって、一度は底辺まで落ち込んで時を過ごしてきた。クロハと再会し、ようやく地の底から這い上がってきた。


 ――ここで死んだら全部が無意味になる。


 絶対に生き延びるのだ。レオンは覚悟を決めた。


「そうだ、余計なお世話かもしれないが教えておこう」


 カークスが道の向こうの草むらを指さした。


「君のかつてのお仲間があっちで待機してる。顔を合わせたくないなら立ち回りに気をつけた方がいい」


 サラフたちのことだ。


「ありがとうございます。でも、戦いになったら味方からなんて逃げられませんよ」

「そうかもしれないが」

「おい、そういや訊きたいことがあるんよ」


 カークスの横に槍使いの男が移動してきた。頭はむき出しだが、体は黒い鎧で守っている。


「俺は〈マーズ〉の一員でバルクだ。クロハさんは本当に出られないのか?」

「ええ。みんな事情は聞いてます?」

「戦場で負った傷が悪化した……みたいな話をされただけだ。ギルドは肝心なところを曖昧にしやがるんだ。おととい、Sランクドラゴンを倒して帰ってきたのはみんな見てるんだぜ。それが急に倒れたなんて」

「本当に急だったんです」


 隠しても仕方ない。レオンは、クロハの体内にできた瘴気結石について説明した。


「なるほど、そんなモンを抱えてたのか。モンスターと戦ってるだけで溜まってくなんて恐ろしい話だぜ」


 バルクの言葉にカークスもうなずく。


「本当に、人竜大戦の主戦場はすさまじいことになっていたんだろうな。僕らの貧弱な頭じゃ想像もつかない」

「俺にだってわかりませんよ」


 レオンは小さく返す。


「来た」


 その時、偵察の声によって会話は中断させられた。

 全員が峠の下り坂へ視線をやった。坂が途切れるとその先はひらけた平地になっている。月明かりによって、接近してくる敵影はかなり掴みやすい。


 竜人の一団が列をなして向かってくる。後方から足音を立ててくるのは中型竜五匹。


「大型竜がいないぞ。偵察の話だと大型もついているということだったが」

「たぶん、竜人が魔法石で呼び出すんだと思います」


 レオンは、以前クロハから聞いた話をそのまま伝える。


「魔法石には転移っていう術式が込められているらしいんです。それを使うと、遠距離で待機している大型竜でも一瞬で前線に呼び出すことができるとか」

「軍隊じゃなければ使わない戦法だねえ」


 カークスがバトルアックスを持ち上げる。


「やはり竜族軍の一団で間違いない。捕食が目的ではなく、侵略のために来ている」

「俺もそう思います」

「ますます負けられないぞ。頑張ろうな、レオン君」

「はい。街の人たちの生活を守らないと」

「そうだ。そして、竜族に「まだやれる」と思わせてはいけない」

「人間族のために……ですね」


 竜人の最前列が斜面にさしかかった瞬間、魔法使いたちによる攻撃が開始された。〈猛火〉や〈光雷〉、〈烈風〉といった属性を持つ魔法弾が放たれる。


 さらに、Aランク弓使い二人が属性を宿した矢を連射し、次々に竜人を射抜いていく。

 一気に十人以上を仕留めた。

 だが、敵は魔法壁を展開して遠距離攻撃を防ぎ出した。


「愚かなる人間ども! 抵抗は無意味だ! 竜族の前にひれ伏すがいい!」


 腹に響くような大声が飛んでくる。


「私は竜族軍第二十一隊のシャルマー将軍だ! 私は停戦など断固として認めぬ! 国が戦いをやめても我々は戦い続ける!」


 竜族が怒声を上げて突撃を開始した。魔法攻撃をいなしながら上り坂を進んでくる。


「やはり一部隊の独断だったようだな」


 スターバーが大剣を構えた。


「サンズラバーの街を守るぞ! 竜族の侵略を許すな!」


 ギルドマスターが率先して突撃する。それにつられて、冒険者やサンズラバー駐留軍の軍人たちが一斉に坂を駆け下りる。


 レオンはすぐに追いかけず、深呼吸を挟む。カークスが背中をポンポンと叩いてくる。


「僕たちも行こうか」

「はい、全力を尽くします!」


 レオンは〈マーズ〉のメンバーと一緒に走り出した。

 星撃剣を右手に持って斜面を下り、一気に跳躍して敵陣の真ん中に切り込む。


 周りは竜人の兵士ばかりだ。レオンに気づいた敵が湾刀で斬りかかってくる。レオンはそれを受け止め、一つずつ確実に返していく。だが、竜人の動きも鋭い。斬撃はいなされ、なかなか当たらない。


「レオン君!」


 乱戦の中で、カークスの声が聞こえた。


「君は中型を相手にするべきだ! 竜人は任せておきたまえ!」

「そうします!」


 レオンがクロハとともに倒してきたのは中型以上のドラゴンばかり。竜人とはこれが初めての顔合わせだ。


 ならば戦い慣れた相手に向かった方がいい。

 戦場の左手に見たことのあるドラゴンがいた。アコルガーだ。爪を振り回して軍人たちを後退させている。


 ――あいつは倒せる!


 レオンは竜人の攻撃を避けながらアコルガーに近づいていく。


「うおおおおおおおッ!」


 星撃剣に〈嶺氷〉の属性を纏わせ、側面から斬りかかる。アコルガーが気づき、左腕で防御姿勢を取った。――が、レオンの剣はその腕を叩き切った。


 左腕を吹き飛ばされたアコルガーが体勢を崩す。レオンは迷いなく、相手の脇腹に剣を突き刺した。


〈嶺氷〉の力を送り込むと、アコルガーが激しい痙攣を起こした。壮絶な冷気がドラゴンの神経をズタボロに破壊する!


 剣を引き抜いたレオンは、地を蹴ってアコルガーの喉にも剣を突き刺す。首元の器官を凍結させられては、さすがのドラゴンも無事ではいられない。

 アコルガーは力なく倒れ、動かなくなった。


「よっし! アコルガー撃破!」


 レオンが叫ぶと、周りの軍人たちが歓声を上げた。


「やるな、あんた!」

「助かったよ!」

「俺たちも反撃だ!」


 中型ドラゴンの撃破によって、味方の士気が上がったのを感じる。


 ――やっぱり、俺は強くなってる。


 レオンは冷静に振り返った。

 初めてアコルガーを倒した時は、クロハが戦いやすい平地まで誘導してくれた。それがなくても、もう一方的に倒すことができる。


 ――ああ、なんでここにクロハ姉がいないんだ!


 自分の活躍を見てほしい。戦果を挙げる姿を見せたい。初めてそんなことを思った。


 レオンは周囲を見回す。

 乱戦の向こうにジャラックというBランクの中型ドラゴンが見えた。黄色い鱗が目印で、ムチのようにしなる体を使って襲ってくる。

 レオンはまた竜人の攻撃をかいくぐってジャラックの元へ走っていく。すでに誰かが戦っていて、ドラゴンはこちらの接近に気づいていない。

 レオンは足を止めた。


「こっちだこっち!」


 グオオオオオオッ!


 人影を追いかけるジャラック。ドラゴンの首が動いた瞬間、死角から〈奏水そうすい〉の属性を持った弾丸が放たれた。水の弾を受けたジャラックが体勢を崩す。その正面から突っ込んでいくのは――


「サラフ……マイナ……」


 かつてのパーティーメンバーたちだった。

 ジンが誘導し、イズミが魔法で不意打ち。そこにサラフとマイナの剣士二人が猛攻を仕掛ける。

 最初にやられて地面に転がっている時、レオンが何度も目にした光景だった。

 あの時は痛みと屈辱で何も見えていなかった。けれど、今ならわかる。


 ――こんなに洗練されてたのか……。


 やっとのことで昇級したBランク。しかし、あの四人の戦いぶりはランクという物差しでは安易に測れない。そのくらい、全員が無駄のない動きをしていた。


 ――俺たちは俺たちのやり方で成長する。


 サラフたちは有言実行していた。


「俺も、やらなきゃ……」


 ジャラックから離れて、レオンは次の中型ドラゴンを探した。

 アコルガーがもう一匹、視界に入った。


「見てろ」


 戦意が最高に増しているレオンにとって、もはやアコルガーは問題にならなかった。

 一分とかからず、レオンはアコルガーを切り伏せていた。


「これがドラゴンスレイヤーか。すごいねえ」


 近くにいたカークスが口笛を吹いた。


「自分よりでかい獲物はジャイアントオークがせいぜいだ。僕もドラゴンを倒せるようになりたいものだよ」


〈マーズ〉のメンバー四人はすさまじい勢いで竜人を圧倒していた。竜人たちも簡単には倒れないが、明らかに押されている。


「ぐっ……この程度の人間どもすら突破できないとは……ぬうっ!」


 シャルマー将軍が叫び、魔法石を掲げた。手の中で石が光り、戦場の足元に複雑な魔法陣が生まれる。


「お前の出番だ! 暴れるのだ!」


 魔法陣から浮き上がるように出現したのは、大型のドラゴンだった。

 水色の鱗を持ち、爪が異様に長いその姿は――


「ギグ・ザス!」


 クロハと再会した池のほとりにいたドラゴン。

 あの時、レオンは相手を押していた。それが尻尾の反撃で逆転され、命を落としかけた。とどめを刺したのはクロハだった。

 レオンは星撃剣を強く握った。


 ――今度は、俺の力で倒してみせる!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る