25話 再起

 Sランクドラゴン・ライグジャラックが黄金の鱗を震わせて突っ込んでくる。


 クロハは突進を見切って回避し、小刻みな反撃を試みる。少しずつ手傷を増やしていくと、徐々に相手の持ち味だった機動力がなくなってくる。


 周囲の大喚声すらも耳に入らない。ここはクロハとライグジャラックだけの間合いだ。


 刀身に〈奏水〉の属性を纏わせ、クロハは踏み込む。すさまじい加速に、さすがのSランクドラゴンも反応が遅れた。


「はああああああッ!!!」


 切り上げるように斬撃を放つと、ライグジャラックの首が宙に舞う。着地して振り返ると、相手の胴体がゆっくりと崩れ落ちていった。


「あ、く……っ」


 クロハはその場に片膝を突く。プレートメイルは半分壊れていて、もう全身を守ることができない。晒された左脇腹から血が溢れていた。ライグジャラックの爪を二度、そこに受けていたのだった。


 クロハは呼吸を整えて立ち上がり、乱戦のただ中を移動する。軍人たちと竜人たちの苛烈な競り合い。暴れる大型竜を食い止める冒険者たち。


 ……まだ、戦わなきゃ。


 正面に立ちふさがるSランクドラゴン・カスピオラに向かって歩いていく。漆黒の体に光る赤眼を持った、翼のないドラゴン。相手が腕を振るった。誰かが爪をまともに食らって吹っ飛んでくる。


「うあっ……!」


 避けきれず、クロハは飛んできた相手と絡まって地面を転がる。


「うう……」


 必死で起き上がり、絡まった相手の腕をはがす。


「エインズ……?」


 そこにあったのは仲間の死に顔だった。サンズラバーで最強と謳われたSランクパーティー〈ラーベル〉のリーダー。


 六人で構成された〈ラーベル〉の戦友たちは、一人ずつ脱落していった。

 もう、メンバーは自分と彼しか残っていない。

 そのエインズが死んだ。死んだのか? どう見ても死んでいる。臓物をこれだけ溢れさせて生きているはずがない。


「あ……あ……」


 クロハは両手で頭を押さえた。


「いやあああああああああ――――ッ!」


     †


「行かないで……!」


 叫びながら、クロハは飛び起きた。

 呼吸が乱れて、一気に汗まみれになる。


 ……夢、だったんだ……。


 クロハは横を向いた。窓にはカーテンがかかっていて、外は真っ暗だ。


 ……すごい寝てた気がする……。


 ベッドに入って、そのままずっと別世界にいたかのようだった。


「いててて……」


 下腹が鈍く痛んだ。飛び起きた反動だろうか。


 ……割り切ったつもりだったけど、やっぱり無理なのかな……。


 大戦の戦場で次々に倒れていったパーティーメンバ―たち。その死を忘れるために、無我夢中で剣を振るってきた。気づけば大型ドラゴンをとんでもない数、倒していた。


 ――お前のおかげで俺たちは生きていられる。


 軍人たちから毎日のように賞賛の声をかけられた。それも、あの時はまるで響かなかった。戦っていなければ苦しくて潰されそうだった。剣を持っている時だけ、何もかも忘れることができた。


 大戦が終わって帰ってくる道中で、不安になった。


 ……一人で、やり直せるの?


 いずれ称号と報酬が与えられるとは言われた。だが、それで心の傷が癒えるとは思えなかった。すべて失ったも同然。抜け殻のように生きていく自分しか想像できない。


 そんな気持ちは、彼との再会で消えていった。

 レオン・ブラックス。幼なじみの少年。


 ギグ・ザスの不意打ちを受け、

 ――やっぱり、神様に見放されたんだ、私……。

 そんな絶望で動けなくなっているクロハを救おうとしてくれた。


 そうだ。彼がまだいるじゃないか。

 まだ、やり直せるじゃないか。


 あの時、新しい希望が芽生えた。だから、もう一度動くことができたのだ。


 ……レオンの顔が見たい。もう寝てるかな?


 ちょうどその時、ノックがあった。


「はい、どなたでしょう」

「あっ、起きられたのですね? 帳場を担当している者です」


 コニーの声だった。


「入ってもよろしいですか?」

「どうぞ」


 カギが開けられ、受付係の女性が入ってきた。魔法石に照明が灯る。


「私、どれくらい寝てました?」

「おそらく、おとといの夜からです。昨日の夕方になって、意識が戻っていないことがわかったのです」

「そんなに?……えっと、一緒に泊まってる彼はどうしてます?」


 返事に間があった。


「実は竜族軍の残党が攻めてきて、アーガ峠で戦いが起きています。レオンさんはそこに向かわれました」

「竜族軍の残党!? 停戦を認めないってこと!?」

「詳しくはわからないのですが、市からは『念のため城壁付近に近づかないように』との通達が回っています」

「レオンがその戦場に……い、いつ出発したんですか?」

「夕刻前に」


 クロハは枕元の魔石時計を見た。すでに夜九時を過ぎている。戦いが始まってかなり時間が経過しているはずだ。


「行かなきゃ」


 クロハはベッドから飛び降りた。全身に痛みが走る。


「くぅ……寝込んでたせいで体が固まってる……」

「あの、クロハさん。これを」


 コニーが錠剤の入った小瓶を差し出してきた。


「レオンさんからです。あなたは止めても絶対に追いかけてくるだろうから、これだけは飲むようにと」

「レオンが、そんなことを……?」

「ええ」


 クロハは小瓶に書かれた小さい文字を読んだ。


 ――筋力回復錠!


 まさに、今のクロハが必要としている薬だった。


「……ありがとうございます。これでもSランクですから、安心してください」

「やはり、行かれるのですね」

「それが私の使命なので」

「……お帰りをお待ちしております」


 コニーも覚悟は決めていたようだ。止めることなく部屋を出ていった。


「レオンってば……私のこと、よくわかってるじゃん。さすがだね」


 クロハは小瓶を傾けて錠剤を二つ、手に取る。それを噛み砕いて飲み下す。苦くて吐きそうになったが、こらえるしかない。


 両手を肋骨の下に当てて、深呼吸。アースを体内に循環させていくと、硬直していた筋肉が本来の状態に戻っていくのを感じた。


「ふう……」


 肩をぐるぐる回す。軽い。元通りだ。

 クロハはすぐにローブを脱ぎ捨て、鎧を身につける。伸縮自在の上着に、ドラゴンの鱗を纏わせた巻きスカート。ごついベルトを締め、その背中側に、横向きに剣を装着する。右手で引き抜ける形。ソックスを穿き、ブーツに足を入れる。鏡を見て、銀髪をお気に入りのツーサイドアップに作り込む。最後は左腕に小型の盾をはめて完成。


「待っててよ、レオン」


 クロハが部屋を出ようとすると、ドアが開いた。白衣を着た男が立っていた。


「……あなたは?」

「お主の瘴気結石を壊してやった、ターフという町医者じゃ」

「瘴気結石? 戦場で気をつけろって言われたけど……私の中にそれが?」

「ああ。そのせいでお主は意識を失ったのじゃ。だが、レオン君がゴローナ山から採ってきてくれた薬草で治すことができた」

「…………」


 またしてもレオンだ。


 ……すごく助けてもらっちゃってるな。


「しかし、お主の体は瘴気結石が消えたというだけでダメージがなくなったわけではない。今も負担がかかり続けているはずじゃ。筋力回復錠の話は聞いているが、それもその場しのぎの薬に過ぎん」


 クロハは表情を硬くした。


「今、何が起きているか聞きました。止められても私は行きます。絶対に」

「…………」


 ターフは少し黙ったが、やがてドアの脇に動いた。


「……先生?」

「わしは冒険者専門の医者だ。冒険者という生き物のことはよーーーくわかっとる。どいつもこいつも、仕事だ仲間だとすぐ無茶をする。だが、そんな苦労さえ楽しんでいるのだろう」


 ターフは人差し指をクロハに突きつける。


「止めはせん。だが、必ず生きて帰ってこい。そして、ちゃんとわしの治療を受けると約束しろ。冒険者としてわがままを言うのであれば、医者のわがままも聞くべきであろう」


 そこで、クロハは表情をゆるめた。微笑みが浮かぶ。


「わかりました。あとで、ちゃんと診ていただきます」

「わかったならよい。レオン君によくお礼を言えよ」

「はい!」


 クロハはターフの横を抜け、〈野兎亭〉を飛び出した。場所はコニーから聞いた。頭の中に地図はある。


 アースを全身に纏い、クロハは疾走する。


 ――これ以上、大切な人を失うのは嫌だ。レオン、無事でいて!

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