27話 過去との決別

 クレタオスは主――シャルマー将軍の死を確かめるように、何度も地面を踏んだ。

 そして、人間たちの方に顔を向ける。


「無理だ……」


 サラフが絶望の声を漏らす。


「勝てるわけない……」

「こ、これがSランクのドラゴンなの……?」


 マイナの声も、相手の圧力に押しつぶされたかのように小さい。

 レオンは、思ったよりも冷静な自分を自覚していた。


 ――父さんを殺したのはこいつだ。あの傷は父さんがつけたもの。


 ジャリッと石を踏む音がした。レオンの足は、勝手に前に進もうとする。


「お、おい! 戦うつもりなのか!?」


 サラフがレオンの肩を掴んできた。


「そうだよ。あいつだけは俺の手で倒さなきゃいけないんだ」

「馬鹿を言うな! Sランクドラゴンなんだぞ! いくらお前が強くなったとしても、あいつは桁が違う!」

「じゃあ、このまま好き勝手に暴れさせるのか?」

「……ッ、それは……」


 サラフはぶんぶんと首を横に振る。


「俺だって、勝ち目があるなら戦うさ! だが、どう考えても無理だ! 街まで逃げて城塞砲で撃ち抜いてもらうしかない!」


「いや、ここで俺が倒す」


 迷いない宣言に、サラフが絶句する。


「サラフ。今の俺は、お前が一番嫌いな時のレオン・ブラックスだよ」

「な……」

「みんなを助けるためなら、自分がどんなに傷ついてもかまわない。損得は一切関係ない、正義感だけで動く男だ」

「お前……」


 レオンはサラフの手を振り払った。


「みんな散って! 固まってると皆殺しにされるぞ!」


 レオンが怒鳴った瞬間、クレタオスがこちらへ突っ込んできた。

 とっさに、刀身に雷撃を宿す。


「こっちだ!」


 剣が光ったことで、クレタオスはレオンを標的に選んだようだ。軌道を曲げて向かってくる。

 レオンはギリギリまで引きつけて前へ跳んだ。両足のあいだを抜けると、体をねじって尻尾を回避する。


「くそっ、どうなっても知らないぞ!」


 サラフたちは逃げ始めた。スターバーは軍人の撤退を誘導し、カークスたち冒険者も後退している。それでいい。抗うのは自分だけでいい!


「覚えてるとは思わないけど……」


 レオンは、星撃剣に〈嶺氷〉の冷気を纏わせた。


「お前は昔、ある家族の父親を殺した。そこには息子も一緒にいたんだ」


 クレタオスが身を翻し、レオンと正対する。


「その息子は幸いなことに死ななかった。成長して、今、ここに立っている」


 レオンは膝を落とした。


「俺に、過去と決別させてくれ」


 もう叫ばなかった。

 静かに、レオンは地を蹴った。


 クレタオスが息を吸い、衝撃波を吐き出してきた。レオンは横に動いてそれを避ける。一気に懐まで入り込み、右側から斬撃を放つ。


「くっ……!」


 甲殻に跳ね返された。

 クレタオスが唸り、左右の爪を繰り出してくる。レオンはステップを踏んで回避。クロハに、この足の使い方はたくさん仕込まれた。それを最大限に活かして、とにかく攻撃に当たらないようにする。


 右の爪、空振り。左の爪も空振り。一本角の突き刺し。これは剣で逸らしつつ相手の側面を取る。首筋に斬撃を叩き込むが、ほとんど入らない。


 ――アースが足りない……!


 ギグ・ザスが倒れて決着がつき、戦闘の興奮が消えていた。アースを高めるにはまた少し時間が必要だ。


 レオンは回避に集中し、相手の爪、角、尻尾、ブレスを一つ一つ避けていく。尻尾は足元の岩盤を砕き、ブレスは木々をなぎ倒す。どの攻撃も、当たった瞬間に終わる即死級の一撃。

 だが、今のレオンには見切れる。問題は反撃だ。ダメージを与えられなければ、こちらの体力が尽きて負けになる。その前に有効打を与えなければならない。


 父親のようにはできない。クロハのようにもできない。

 ただ、泥臭く一撃に賭ける。

 レオンは立ち回りながらクレタオスの左目を狙っていた。かつて父がつけた古傷。そこに〈嶺氷〉の攻撃が深く通ったことをレオンは覚えている。


 弱っている部位に、弱点の属性で最大火力を叩き込む。そうすれば、いくらSランクドラゴンといえど立ってはいられまい。


 そうは思うのだが、目は左腕が上手く守っており、近づこうとすると尻尾の突き刺しが襲ってくる。尻尾は機動力があって懐に入らせてもらえない。クレタオスも、見えていない左側から攻撃が来ることを理解しているのだろう。


 まだアースの活性化も最大限には達していない。この状態で踏み込むのは危険すぎた。


 ――攻撃は見えてる! 隙を探せ! 必ず、どこかで隙を晒すはず! そこまで耐え切れ!

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