3話 師匠になってあげる

「よくあんな奴らと組んでたね。私なら即抜けするけど」

「組んだ頃はうまくやれてたんだ。でも、少しずつ関係性が変わっちゃって……」


 レオンとクロハはギルドから東に行った小料理屋に入っていた。戦争帰りの女性にご飯をたかるなんて最低だ――と思いつつも、金がないのだからどうしようもない。レオンは一番安い卵焼きを頼んでいた。


「でもさ、私にはレオンがそこまで弱いとは思えないんだよね。さっきの戦いを見た限り、ダメージを与えたことがないなんて信じられないよ」

「俺も、ギグ・ザスの爪を斬れた時はびっくりした」

「どんな戦いを経験したの? お姉さんに聞かせてみなさい」

「あ、ああ……」


 レオンはこれまでの戦闘を思い出してクロハに説明する。クロハは戦ったドラゴンの種類を聞きたがった。それを話しているうちに、表情がどんどん険しくなっていく。


「嵌められたね、レオン」

「どういうことだ?」

「あいつら、ずっとレオンを追い出したがってたんだよ。だからレオンが失敗しまくるように仕向けたんだ」

「そんな……」

「この一年で戦ったドラゴンの種類を聞くと、そうとしか思えない。レオンは〈光雷〉と〈嶺氷れいひょう〉の属性が得意なんだよね」

「一番火力を出せるのはその二つだな。他はまだ使いこなせてなくて全然駄目だ……」

「あのね」


 クロハは人差し指を立てた。


「レオンが相手したの、その二つの属性耐性を持ってるドラゴンだけだよ」

「そうだったのか!?」

「あいつらはレオンの攻撃が通らないドラゴンを意図的に選んで依頼を受けていたんだ。みんな属性は平均的に扱えるんでしょ?」

「そ、そうだな」

「じゃあ、特定のドラゴンにこだわる必要ないよね。一年も冒険者やってれば、そのうち〈光雷〉や〈嶺氷〉を苦手にするドラゴンの依頼を受けるタイミングは来るはず。でも、見事にそれが避けられてる」

「戦い慣れた相手だけ狙ってた方が安全ってことじゃないのか?」


 首をかしげ、クロハは葡萄ジュースのコップに口をつける。


「レオンは優しすぎるなあ。たまには違うドラゴンを狩りに行かないのかなって思ったことない?」

「ある、けど……」


 クロハは前のめりになって顔を近づけてくる。


「ギルドの書庫に、今まで討伐されたモンスターの情報書が置いてあるよね。それを読んだことは?」

「な、ない……。サラフに、お前は体術だけでもマシにしろって言われて、休日でも鍛錬ばっかりしてて……」

「ギルド館内でのんびりすることは?」

「なかったな……」

「他の冒険者から情報を仕入れる」

「それはやったけど、属性の話はしたことない……」

「そっかぁ。属性相性の存在に気づけないのって駆け出し冒険者あるあるだけどさ。ドラゴンスレイヤーの免許取るのに筆記試験とかないもんなあ」


 今になって、レオンはショックを受けていた。ギルドに貼り出される依頼書。大抵の冒険者は異種族の討伐依頼を受ける。その中にはいろんなドラゴン討伐の依頼書があった。


 だが、サラフたちは三、四種類の決まったドラゴンばかり相手にしていた。同じ種族を倒し続けて昇級した冒険者もいる。彼らもその道を選んだのだとレオンは思っていた。


 ……俺をパーティーから追い出す理由がほしかったのか……。


 一年もかけて、ねちねちとレオンの立場を弱めた。その上で、レオンが追い出されても仕方がないと思うように仕向けた。


「なんだったんだ、この一年の頑張りは……」

「よしよし。つらかったね」


 クロハが頭を撫でてくる。


「や、やめてくれ。もう子供じゃないんだ」

「私から見たらレオンはまだまだ子供。もうちょっと面倒見てあげなきゃ駄目かな?」

「え、それってどういう……」

「明日から私と組みなさい、レオン」

「……はあっ!?」


 急に何を言い出すのか。圧倒的実力者と、どうしようもない底辺男。これで釣り合うわけがない。


「お、俺なんてクロハねえの足を引っ張るだけだ。クロハ姉はもっと腕の立つ人と組まなきゃ」

「いいじゃん、私やることないし」

「ないの?」

「前はギルドでSランクになって、大がかりな依頼を達成して――みたいな目標もあったけど、あの大戦が終わったらこれ以上大きな依頼なんてないよねって冷めちゃった。でも今、新しい目標が見つかったんだ」

「それは?」

「レオンをSランクのドラゴンスレイヤーに成長させること。つまり師匠役だ」

「い、いやいやいや、俺がSランクなんて無理だよ。できっこない」

「できるできないじゃないでしょ。やるかどうか。――やれない?」


 まっすぐな問いかけに、レオンは息を呑む。

 ここで「無理だ」を重ねるのは、さすがにありえないのではないか?


 どうやら自分は、有利な相手と戦ったことがなかったらしい。では、まだ自分の本来の持ち味すらわかっていないことになるのだ。


 ――俺にもしも、まだ伸びしろがあるなら……。


 レオンはクロハの青い瞳を見つめ返した。


「やってみる」

「お、いい返事だ。折れるのはどんな相手と戦っても敵わなかった時でいい。レオンはまだ世界のほんのちょっとを覗いただけなんだよ。私と一緒に、広い世界を見に行こうよ」

「……うん」


 クロハはレオンの力をまったく疑っていない。レオンはそれを嬉しく思った。


「頑張るよ。だからたくさん教えてくれ、クロハ姉」

「うんうん、お姉さんに任せなさい!」


 クロハは鶏肉のかたまりを上品に食べた。


「でも、明日からね。今日はさすがに休ませて」


 レオンは笑った。


「もちろん。ゆっくり休んでくれ」

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