2話 冒険者ギルド
サンズラバーの街に戻ってきたらすっかり朝になっていた。
レオンは通りをゆっくり歩く。うしろからついてくるクロハの足取りが重かったからだ。
「私のことなんか気にしなくてもいいのに」
「心配するよ。だってとんでもない戦争だったんだろ? そこからボロボロのまま徒歩で帰ってきたなんてさ」
「まあね……。とりあえずギルドに報告だけして、軽くご飯食べたらいったん寝るよ」
クロハが倒れたら大変なので、レオンはギルドまでついていった。
ギルドは街の中央にあり、冒険者相手の商売人もたくさん集まっているのでひときわ賑わっていた。朝市にはたくさんの客が訪れている。
ギルドの扉を開けて中に入ると、正面に受付嬢のいるカウンターがあった。
クロハがカウンターへ向かって歩いていくと、早起きの冒険者たちがざわついた。
あの人って……。
人竜大戦に出てたんじゃ……。
無事だったのか?
有名な冒険者が何人も死んだほどの戦争だって聞いたけど……。
やっぱり最強パーティーの一員だっただけある。
なんか髪の色変わってない?
レオンは落ち着かない気分だった。幼なじみで昔はよく面倒を見てもらったが、冒険者になってからともに行動したことは一度もない。だからこそ、クロハの高い評価を外からよく見てきた。
とはいえ、彼女がこのギルドを不在にしてから一年が経っている。最近では、みんなクロハの功績を忘れたかのように、生き死にで賭けなんかをやっていた。
戦争から帰ってきたことで「生き延びた」のではなく「逃げ帰ってきた」と言う奴が現れなければいいが……と不安になる。
だが、クロハの実力は本物だ。いくらでも噂は聞いたし、実際に見た。レオンの星撃剣を使ってギグ・ザスを一撃で倒してしまった。あんな鮮やかな剣技は見たことがない。
「おはようございます」
受付嬢のミナモは上品な雰囲気を纏う二十歳の女性だった。肩の前に垂らした金色の三つ編みがトレードマークだ。笑顔が柔らかく、彼女と長話をしたがる男の冒険者は多い。身長は平均的だが、クロハが女性としては長身なので少し小さく見える。
「おはようございます、クロハ・アップルズです。王国軍から連絡が来ているのではないかと思うんですが」
「あっ、はい。クロハさんがこちらに向かっているという報告は受けております」
ミナモは落ち着いた返事をして笑顔を浮かべた。
「ご無事だったんですね。本当によかった」
「なんとか。仲間も武器も全部なくしましてしまいましたけど……」
「そう、ですね……。〈ラーベル〉が壊滅したことはこちらも聞いております」
〈ラーベル〉はクロハの所属していたパーティーだ。男五人、女一人という組み合わせで、このギルドでは誰もが認める最強集団だった。ドラゴンを含め、あらゆる人外種族と激闘を繰り広げて名を挙げた。なのに、人竜大戦を生き延びたのはクロハだけだった。
「またここでやり直します。明日、あらためて手続きさせてもらえますか?」
「もちろんです。クロハさんの腕前なら誰とでもパーティーを組めますよ」
クロハはうなずいた。
「軍からは追って報酬を出すと言われているんです。その連絡先にここを指定したので、何かあったら教えてください」
「わかりました」
クロハが礼を言って戻ってくる。
「レオンは今日どうするの?」
「村へ帰ろうかな……」
「村?」
「カカリナ村まで……」
なんとなく小声になってしまう。
カカリナ村は二人が生まれ育った村で、サンズラバーの街から南へ行ったところにある。これといった長所のない辺境の土地だった。
「もしかして、宿代が払えなくなってるとか?」
「なんでもお見通しだな」
急にパーティー解消を言い渡されたせいで、その日暮らしをしていたレオンは金欠になっていた。ただでさえ宿代と三食の食費、星撃剣の月賦でカツカツだったのだ。収入のあてがなくなったらもう街に居続けることはできない。ゆうべ、活躍できなかった腹いせに飲み過ぎたのも痛かった。あそこで抑えておけば、今日の宿代くらいは残せていた。
「村まで遠いよ。宿代、出してあげる」
「ええ!? そ、それは駄目だ。申し訳なさすぎる」
「なんでよ。私は一年ぶりにレオンの顔を見れて嬉しいの。私がいなかったあいだの話も聞きたいし、つきあってよ」
その言い方はずるい、とレオンは思った。
「……わかった。じゃあ、今日だけお世話になります」
「んー、他人行儀だね。なんか前より卑屈になっちゃってない?」
「失敗続きじゃ自信もなくすよ……」
とにかく情けないことばかり言っているレオンだった。
「落ち込むことないのに。助けに来てくれたレオン、すごくかっこよかったよ」
「そ、そう?」
「自分が弱いって自覚してたんでしょ?」
「まあ、そうだな……」
「でもレオンは迷わず戦いに来てくれた。人助けするために冒険者になりたいって、昔から言ってたもんね。それを本当に実行できたことは誇っていいんだよ」
それに、とクロハは続ける。
「ギグ・ザスはAランクのドラゴンだし、一対一でやり合うのって慣れてない人ならだいたい負ける。レオンは勝てなかったかもしれないけど、負けもしなかった。私、うるっときちゃったよ」
「は、はは……」
褒められたのが久しぶりすぎて、レオンはまともな返事ができない。
……なんだよ、あいつ。
底辺ドラゴンスレイヤーじゃねえか。
なんでクロハさんと仲良くしゃべってんだよ。
最弱男が頂点と話してるなんてありえない……。
不意に、そんな声が耳に入った。いつの間にかギルド館内にいる冒険者たちの視線がこちらに飛んできていた。
「ク、クロハ
「そうね。みんなの視線が刺々しいからね」
クロハも気づいていたようだ。
レオンは逃げるようにギルドの建物を出た。
「レオンじゃないか。次の仲間は見つかったのか?」
視線から逃げたらサラフたち四人組と遭遇してしまった。レオンを見た瞬間、四人の視線が冷たくなった。
……俺はずっとこうやって蔑まれるばっかりなのか……。
レオンは絶望を感じた。
サラフはレオンを睨んだあと、隣のクロハに視線をやって硬直した。
「あ、あなたはクロハ・アップルズさん!?」
「そうだけど」
「あの戦争からお帰りだったんですね」
「まあね」
クロハの声が急激に冷たくなっていた。
「なぜこんな奴と一緒に? こいつはなんの役にも立たない男ですよ」
「…………」
「我々は一緒に行動してきましたが、ドラゴンスレイヤーという肩書きはただの飾り。ドラゴンにダメージを与えられたことすらないのです」
レオンは逃げ出したかった。無様な記憶ばかりが蘇る。
「こんな最弱男と関わっているとあなたまで駄目になってしまいますよ」
「ご忠告ありがとう」
クロハはそれだけ言って、レオンの二の腕を叩いた。
「行くよ」
「あ、うん」
レオンは蔑視の視線を受けながら、その場を離れた。
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