底辺ドラゴンスレイヤーの逆襲 ~ギルド最強のお姉さんに褒められて伸びるドラゴン討伐~

雨地草太郎

1話 追放と再会


 中型ドラゴンのガルバナが咆哮を上げた。

 それと同時に、取り囲んでいた冒険者五人が一斉に突っ込んでいく。


 レオン・ブラックスもその中にいた。


 相手は赤い甲殻を纏ったドラゴンで、二足歩行だが足が太く動きは鈍い。


「うおおおおおおっ!」


 両刃のロングソードを振りかざしてガルバナの右側面から迫る。刀身が黄金に光った。この星の力を宿した〈星撃剣せいげきけん〉は、人間が生まれた時から持っている七つの属性を体外へ開放することができる。


 レオンは〈光雷こうらい〉の属性を発動させた。雷撃を纏った刀身を振り下ろす。

 しかしガルバナの赤い鱗に跳ね返される。レオンは体勢を崩した。


「ぐああっ!」


 尻尾が振り回され、レオンは吹っ飛ばされた。草原をごろごろ無様に転がる。そのあいだに、仲間の四人がガルバナに猛攻を加えていた。


 少し時間がかかったが、最後は冒険者側の勝利に終わった。


 レオンを含め、男三人、女二人のパーティー。

 だが、レオンだけが勝利の輪に加われなかった。


     †


 その日の深夜。

 レオンは街外れの酒場で一人で酒を飲んでいた。本当はあまり飲めない体質なのだが、飲まずにはいられなかった。


 ――どうして、いつも俺だけ……。


 冒険者にも種類がある。

 剣士、魔法使い、武闘家、弓術家、軽騎士、重騎士など。その中でもさらに細かな種別があった。


 レオンは剣士で、ドラゴンスレイヤーという肩書きを持っている。名前の通り、ドラゴン退治を得意とする者を指す。


 だが、レオンはまだ目立った成果を上げられていない。


「よう」


 レオンはハッとして顔を上げた。カウンターの隣に長身の男が座った。金髪に青い目、薄手のシャツを着こなしている。


「サラフ……」


 彼はレオンのパーティーのリーダーだった。


「お前に言いたいことがあって、探していたんだ」

「なんだ?」

「パーティーを抜けろ、レオン」

「……え」


 サラフは真剣な顔つきだ。冗談を言っているようには見えない。


「ここまで俺たちは順調に結果を出してきた。パーティーのランクもBまで上がった」


 冒険者は基本的に、ギルドという組織と契約している。そこにはFからSまでのランクが存在した。


「だけどお前は何一つ役に立ってない。これ以上足を引っ張られたくないんだ」

「そ、そんな! 俺は必死でやってきたつもりで……!」

「それだけだ。結果がすべてなんだよ、この世界は」

「で、でも、それじゃ俺はこれからどうすれば……?」

「自分で考えろよ。もう子供じゃないだろ?」


 レオンは言葉に詰まった。カーロイナ王国では十五歳で成人となる。十七歳のレオンはもう大人の扱いだ。


「だいたい、お前がドラゴンスレイヤーの免許を取れたのも俺たちについてきたからじゃないか。人のおこぼれでそんなご大層な肩書きを名乗っている方がおかしいんだよ」


 レオンはもう何も言えなくなっていた。


「お前は明日からやり直せ。今の評判じゃ無理かもしれないけどな」


 サラフは残酷に告げ、立ち上がった。


「あ、待って……」


 レオンの伸ばした手を、サラフは冷たく払った。


「触るな、底辺野郎」


 サラフが酒場から出ていく。レオンはすがるように追いかけたが、途中で足を止めた。


「手は切れたの?」

「ああ、問題ない」

「やっと解放されたね」

「ようやく楽しい冒険ができるぜ」


 外から聞こえてきたのは四つの声。

 レオンは酒場の扉に隠れ、外の様子を窺った。

 酒場から離れていくのは四人の男女。


 ――サラフとジン、マイナとイズミ……。


 レオンが一緒に戦ってきた仲間……だった四人。


「解放された……だと? あいつら、俺がそんなに邪魔だったのか……」


 パーティーの五人は、みんな別々の故郷からこの街にやってきた。全員が初対面だったから、手を組むこともすんなりできた。だが、いつの間にかレオンだけが邪魔者扱いされていたようだった。


「くそっ……!」


 レオンはカウンターに銅貨を叩きつけると、走って酒場を出た。


     †


「俺だってやれるはずなんだ。俺だってもっと戦えるはずなんだ……!」


 レオンは街を飛び出して、外に広がる草原を全力疾走していた。薄汚れたシャツにベスト、ズボンという粗末な格好で、腰に相棒の星撃剣を提げて。


「俺は弱くないっ……!」


 意味もなく叫びながら、レオンは走り続けた。そのうちに森が見えてきた。レオンは迷わず突っ込んでいった。


 ――俺はドラゴンスレイヤー。ドラゴンを一人で倒して、あいつらを見返してみせる!


 今、自分にできることはそれしかないと思った。依頼を受けたわけではない。だが、竜族は人類と争う種族の中でもっとも強力だ。それを単独で討伐できたら名は上がる。


 レオンは剣を抜いて森の中を進んだ。こうしたひとけのない場所に、ドラゴンはよく潜んでいる。


 この世界に生きる複数の種族は、争いを繰り返して歴史を作ってきた。

 その中でも人間族は比較的弱い部類に入り、領内には様々な異種族が侵入してきている。ドラゴンスレイヤーという職業が生まれたのもその影響だ。


 一年前、竜族は決起集会を起こし、大軍で人間の領土に侵攻してきた。最前線となったのが、このカーロイナ王国東端であった。


 人と竜の戦いは熾烈を極めたが、数日前、ついに竜族側が撤退して停戦協定が結ばれた。

 だが、境界を破ってきたドラゴンが各地に潜んでいる。今こそドラゴンスレイヤーの腕の振るい時だった。


「ん?」


 レオンは足を止めた。ドラゴンの咆哮が聞こえたのだ。

 体勢を低くして、木の陰からその先を見た。少し先に池があり、森が円形にひらけている。


 その池のほとりで暴れているのは、大型竜のギグ・ザスと呼ばれるドラゴンだった。水色の鱗を持ち、二足歩行でしなやかな体躯を持っている。爪は他のドラゴンに比べて細く長い。それで獲物を切り裂くのだ。


 だが、いくら凶暴なドラゴンとはいえ何もない場所で暴れることはないだろう。理由があるはずだ。


 それはすぐにわかった。

 ギグ・ザスから少し離れたところに人間がうずくまっていた。徐々に朝焼けの光が強くなってきて、視界がはっきりしてくる。その人は軽装の鎧を身につけた女性のようだった。銀色の髪を乱し、膝を突いている。持っている剣は根本から折れていた。


 ――俺が助けなきゃ!


 レオンは木立を飛び出した。

 相手はAランク相当のドラゴンだ。レオンのパーティー全員で戦っても危険なくらいの敵。それでもレオンはやるつもりだった。


「うおおおお、やめろーっ!」


 ギグ・ザスの爪が女性に振り下ろされた。レオンはそのあいだに割り込み、剣で受けた。


「……誰?」


 背中に女性の声がかかる。


「ドラゴンスレイヤーだ。ここは俺がなんとかするから、早く逃げて!」


 相手の爪を振り払うと、レオンは攻撃を始めた。鋭い爪の斬撃を必死で回避し、反撃の剣を出す。だがすぐに押され始めた。返しの攻撃が出せなくなり、防戦一方となる。左右の爪をギリギリのところでさばく。それで精一杯だった。


 ――アースだ! アースを循環させろ!


 アースはこの世のすべての人間が持っている星の力。魔法の源でもあり、様々な事象を起こすために必要な力だった。


 レオンが意識を集中すると、剣が黄金に光り始めた。

〈光雷〉の属性を持つアースを刀身に宿したのだ。


「食らえ!」


 相手の大振りをかわして切り返す。

 ギグ・ザスの右の指を二本落とした。相手がひときわ大きく叫んだ。


 ――初めて通った……。


 こんな手応えは経験したことがない。いつもレオンの斬撃ははじかれてばかりだった。スパッと切れる感触は思ったよりずっと軽かった。


「やれるぞおおおおおっ!」


 勢いづいたレオンは攻勢に転じた。素振りは常にしてきた。斬撃の速度は落ちることなくギグ・ザスに傷を与えていく。


 ――俺がAランク級のドラゴンを押してる! これは現実なのか!?


 失敗しかしてこなかったから、レオンは信じられなかった。だが、間違いなく有利な状況だ。

 振り上げた剣に雷撃を宿して放つ。ギグ・ザスの左手は手首から切断された。


 ギアアアアアアアアアア!!!


 ドラゴンはのけぞるように絶叫した。


「とどめだ――!」


 レオンが相手の懐に迫った瞬間、横から衝撃が襲ってきた。


「がっ!」


 レオンは地面に叩きつけられて転がった。ギグ・ザスの尻尾が側面から打ちつけてきたのだ。


 レオンは起き上がったが、ギグ・ザスがもう突っ込んできていた。残った右手に黒いもやがかかっている。魔力の宿った爪。あれで貫かれたら命はない。レオンは硬直し、動けなかった。


 ――死ぬ――。


 そう思った瞬間、彼の横に女性がやってきた。女性はレオンの剣を拾うと、深く踏み込んで一瞬でギグ・ザスの懐に迫っていた。刀身には相手と同じ黒いもやと、赤い稲妻のような光。〈破竜はりゅう〉と呼ばれる、人外にのみ通じる強力な属性が宿っている。


「ふっ」


 軽く息を吐く音。女性は跳躍してギグ・ザスの顔の右横を抜けた。すでに斬撃は繰り出されたあと。ギグ・ザスの首に入った亀裂が一気に広がり、頭が落ちた。ドラゴンの首はレオンの目の前にごろごろと転がってくる。女性は着地して、鮮やかに剣を払った。


 強い……。


 達人ほど一瞬で勝負を決めるという。女性の動きはそれにふさわしかった。レオンは、たった一撃ですさまじい格の違いを感じていた。


「くぅ……」


 その女性は、苦しそうに呻いてその場に膝を突いた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 レオンは慌てて駆け寄った。うずくまる女性の横にしゃがみ、ポケットから薬草を固めた丸薬を取り出す。


「飲んでください。あらゆるダメージに効きます」

「ありがとう……」


 女性が顔を上げた。視線が合う。


「……レオン?」

「え?」


 なぜ名前を知られているのだろう。


「やっぱりレオンだ。……そうだよね、私のことわからなくてもしょうがないよね」

「えっと……俺の知ってる人ですか?」

「私、クロハ」

「……はああっ!?」


 クロハ・アップルズはレオンの幼なじみだった。二つ年上の十九歳で、しっかり者のお姉さんとしてレオンは慕っていた。だが、彼女は一年前にこの街を離れたのだ。その時、髪は黒かった。今のように銀色ではなかった……。


「せ、説明してもらえる?」

「私、人竜じんりゅう大戦に呼ばれたでしょ」


 レオンはうなずく。一年前、竜族が仕掛けてきた戦争。国軍だけでは手に負えず、ドラゴンスレイヤーを中心に冒険者にも参戦の呼びかけがあった。クロハはドラゴンスレイヤーではないが、純粋に実力を評価され、招集に応じて戦場へ向かったのだ。


「やっと竜族が撤退したから、帰ってくる途中だったんだよ。もう軍もめちゃくちゃで勝手に解散みたいな感じでさ、報酬は後払いだっていうし帰りの食事も持たせてくれないし……。それで死にかけてるところをギグ・ザスに襲われちゃったんだ」

「そうだったのか……。でも、俺の知ってるクロハねえは確か黒髪だったと思うんだけど」

「あー、竜のブレスとか受けまくってたらいつの間にかおかしな色になっちゃってた。変?」

「いや、これはこれでアリかな」

「よかった。レオンに気持ち悪いとか言われてたら心折れてたよ」

「とりあえず、丸薬飲みなよ」

「うん」


 クロハは丸薬を飲み下すと、しばらく苦そうな顔をしていた。レオンはそんな幼なじみのお姉さんを見つめていた。

 髪が銀色になったこと以外は変わらない。

 切れ長の目、青く澄んだ瞳、長いまつげ、シュッとした鼻筋。どれも記憶と重なるものの、戦場帰りだけあって表情にまるで生気がなかった。

 シャツの上に薄いプレートメイルをつけているが、傷だらけで穴の開いている部分もある。


「ふう……やっと意識がしっかりしてきた……」

「街まで歩ける?」

「平気。あの戦争くぐり抜けてきたんだもん。なんてことないよ」


 クロハはゆっくり立ち上がった。折れた剣を拾って、残念そうに見つめた。


「もう限界だったか。あなたにはたくさん助けてもらったね」

「ずっとその剣で戦ってきたのか?」

「ううん、これで五本目。軍の支給品だけどけっこう手に馴染んだよね」


 ところで、とクロハが話を変えた。


「なんでこんな時間にこんなところに? 依頼でもあったの?」

「あ……いや……」

「そういえばなんかやつれてない? 困ってることあるなら教えてよ」

「…………」


 レオンは素直に事情を話した。

 実戦に出るようになり、最初の頃はうまくいっていたが、途中から仲間との関係がぎくしゃくし始めたこと。それ以来、まるで活躍できなくなってしまったこと。パーティーを追放されたこと。


 クロハは駆け出しの頃から腕が立ったので、実力派パーティーにスカウトされて最初から危険度の高い依頼にも参加していた。レオンは同じようにできなかったから、下積み生活が長かった。とてもクロハとパーティーを組める状態ではなかった。


「なにそれ。人のこと追い出しといて解放されたって? ひどすぎる!」

「でも、俺が役に立たなかったのは事実だから……」

「それでもあんまりだよ。くそー、腹立つな。私の大事な幼なじみを雑に扱うなんて」


 こんな自分を「大事」と言ってくれるクロハ。レオンはそれが何よりも嬉しかった。


「とりあえず、街に戻ってじっくり話を聞かせて? 今後のこと、一緒に考えよう」

「クロハ姉は前のパーティーに戻るんだろ? 俺のことなんか気にしなくていいよ」

「あはは……」


 クロハは乾いた笑い声を出した。


「それ、もう無理なんだ。あのパーティーのメンバー、戦争中にみんな死んじゃったから」

「え……」


 クロハは目を閉じ、ため息をつく。


「私も一からやり直しってこと。さ、帰ろ。まずは寝て起きて、それからだよ」

「……そうだな」


 レオンはうなずいた。

 一晩でいろいろありすぎた。ちょっと横になりたい。そう思った。

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