5話 伸びしろしかない
「倒してくださったんですか!」
集落へ報告に向かうと、村長が大声を上げた。
「この子がばっちり倒しましたよ。あとでギルドの調査班が来ますから、応対よろしくお願いしますね」
クロハが笑顔で話していると、村長が明るい顔になった。
「おお……、やっとあの恐怖から逃れられる……。本当にありがとう……」
「村長!」
「あのドラゴン倒したって!?」
外から集落の男たちが駆けつけてきた。子供も一緒だ。
「みんな、この冒険者のお二人がアコルガーを倒してくださった。もう安心していい」
「やったー!」
子供たちがはしゃぎ、大人たちは手を取り合って喜んだ。
「見て、レオン。これがあなたの持ってきた戦果なの。私はこの瞬間のためにいつも頑張って戦ってた」
「ああ、俺もすごく嬉しい。……本当に久しぶりだ、人助けできたのは……」
「レオンは昔から困ってる人のことばっかり考えてたもんね」
サラフのパーティーでは、依頼主に直接報告に行くことがなかった。ギルドから伝えてもらうばかりだった。だからこそ、こうして目の前で喜んでもらえることに感動するのだ。
「これからもっとたくさん人助けできるよ。それだけの力があるって、手応えを感じたんじゃないかな」
「そうだな。俺の〈嶺氷〉が駄目駄目なわけじゃなかったんだ」
「その通り! レオンは〈嶺氷〉と〈光雷〉以外の属性があんまり得意じゃないんだよね?」
「情けないけど……」
「でも、その二つの属性に関しては完璧に使いこなせてると思う。得意と苦手がすごくはっきり出ちゃう方なんだろうね」
クロハの言う通りだった。得意な属性だけなら、他の冒険者にも負けているとは思っていなかった。だが、その二つで失敗し続けた。それで自信を完全に失っていたのだ。
「得意な技術を封じられていたら、誰だって能力を発揮できないよ。レオンはパーティーを追い出されてよかったんだ」
「あのままだったら、苦手な相性のドラゴンとばかり戦わされてたってことか」
「そうそう。そのままレオンが潰れていくなんてつらすぎる。こうやって一緒に活動できるようになったのも縁なんだよ」
クロハはとにかく前向きだった。
「これからも指導してくれるか?」
「もちろん! とりあえず今日は祝杯っ!」
「お二方! よかったら料理を食べていきませんか!」
村長が提案してきた。
「レオン、どうする?」
「……いただこうかな」
こういう時、好意は素直に受け取っておいた方がいい気がする。
「じゃあ、ありがたく」
「うんうん。座ってお待ちください」
馭者も一緒に食べることになり、集落のほとんどの人間が村長の家の周りに集まってきた。家の外はわいわい賑わっている。
「皆の気力が戻ってきた。これもドラゴンスレイヤー様のおかげです」
「大げさですよ」
「何をおっしゃいます。まだお若いのに素晴らしい実力。感激しました」
クロハの時もそうだったが、褒められるというのはどうにもむずがゆい。罵倒の方が慣れている。
……俺ってもしかして悲しい人間か?
冷静になりかけるが、盛り上がっていく周囲の熱に当てられて気分が高まってきた。
「皆さん、行き渡りましたかな!?」
おー! と全員が酒やジュースの入ったジョッキを掲げる。
「ドラゴンの討伐を祝して乾杯だー!」
うおおおおおおおお!
集落の人々が大声で叫んだ。本当に嬉しそうだった。
レオンとクロハは、村長の横でジョッキをぶつけた。
「今日の主役はレオンだよ。いっぱい褒められてきなさい」
「クロハ姉がいたから上手くいったんだよ。お膳立てしてもらわなきゃ、俺はまだ……」
「あー、またよくない考え方してる! そういうのも必要だけど、今は「俺のおかげ!」くらいに思っていいんだよ! さあ飲みたまえ!」
「あ、ありがと……」
レオンはジョッキに口をつけた。葡萄酒の味が胸にしみわたる。
「レオンさんが戦ってくれたそうですね!」
「我々じゃ手も足も出なかった! あんたはすごい!」
「よく見りゃキリッとした顔してる! あんたはもっと大物になりそうだ!」
近づいてジョッキをぶつけてくる男たちが、次々にレオンを褒め倒していった。照れくさかったのは最初のうちだけだった。酔いが回ってくると、レオンはずっと笑顔になっていた。
……ありがたいなあ。褒められるって幸せだなあ。
「いい顔してるね。そこでニヤニヤ笑わないの、品がよくてレオンって感じ」
クロハは壁に背中を預けてジョッキを傾けていた。彼女は酒に強いので、まだまだ余裕そうだ。
「レオンは昔からなんでも丁寧だったもんね。私は荒っぽくて「レオンくんを見習いなさい」ってよく注意されたなあ」
「懐かしいね……」
故郷のカカリナ村を出て何年も経つ。クロハは報酬の一部を送っているようだが、レオンは何もできていないし、何者にもなれていなかった。それでも、逆転の目は見えてきた。
「ところで……覚えてるかな」
「なにを?」
周りの騒がしさに隠れるように、クロハが顔を寄せてきた。
「レオンのお父さんを殺した、緑色のドラゴンのこと」
「……っ」
不意の言葉に、返事ができなかった。
レオンの父もドラゴンスレイヤーだった。歴戦の実力者だった。だが、その父はドラゴンに殺されたのだ。
「竜族の大軍が襲ってきたって聞いて、あいつもいるかなって私は期待してた。見ればわかるんだよ。レオンのお父さんがあいつの左目を潰したから」
「そうだったな……」
「でもあいつには会えなかった。めちゃくちゃ強いドラゴンのはずだから、やすやすと殺されるわけがない。私にまだ目標が残っているとしたら、あいつ――
緑王竜。クレタオスとも呼ばれる。
Sランク級の冒険者でなければ依頼を受けることは許されない。そんな実力者ですら、相対したら生きて帰ってこられるかわからない。それほどに危険なドラゴンだ。事実、レオンの父は殺されている。
「左目の潰れたクレタオスをこの手で倒す。うん、私がやるべきことはそれかな」
「次の目標がはっきりしたな」
「そうだね。でも――これは完全な願望なんだけど」
「なんだ?」
「あいつと決着をつける時、その場にレオンが一緒にいてくれたら嬉しいな……って思ってる」
「俺が……」
クレタオスは父親の仇だ。レオンが復讐するのは道理である。だが、今はクロハの方が復讐に燃えていた。
父が死んだのは、幼き日のレオンとクロハをクレタオスの攻撃からかばったせいだから。
クロハには、幼なじみの父親を死なせてしまったという負い目があるようだ。レオンを気にしてくれるのには、そういった部分も影響しているのだろう。
「そうだな。俺もクレタオスと戦えるくらいにならなきゃ」
自然と、その言葉が飛び出していた。
「今日戦って、まだ自分に可能性があることがわかった。ここから跳ねることだって、あるかもしれないよな?」
クロハには前向きなところを見せたい。酒の力もあって、そんな気持ちが強くなった。
「俺、頑張って成長するよ」
「レオン……いいよ、それ。伸びしろしかないよ」
クロハは嬉しそうに微笑んだ。
「二人で並んでドラゴン狩りに行く。まずはそれを叶えていこう」
「おう。今日がその第一歩」
「明日からも張り切ってやろう!」
「よっしゃ!」
二人であらためてジョッキをぶつける。希望が跳ね上がった。
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