29話 決着
「がはっ!」
打ち合っている最中、急に足から力が抜けた。
そこに迫ってきた致命的な角の一撃を、レオンはギリギリで避けた。だが星撃剣を手放してしまった。
相手の角を両手で掴んだまま固まっていると、クレタオスが頭を持ち上げた。振り回されて、レオンは簡単に飛ばされてしまう。
岩の地面に叩きつけられたレオンは、呼吸が途切れて立ち上がれなくなった。
「はあ……はあ……」
クレタオスはゆっくり近づいてくる。見下ろされて、レオンは初めて恐怖を感じた。
あの時と同じ。
自分は何もできない。クレタオスに生殺与奪の権を握られている。
――立て! 立って、戦うんだ!
しかし、体は言うことを聞かない。強烈なダメージが肉体の疲労を一気に呼び覚ました。腕も足も、張り詰めてひどく痛む。アースの限界を突破して戦っていた反動。それが一気にのしかかり、レオンは完全に動けなくなっていた。
――死ぬ、のか……。
レオンの心が絶望に塗りつぶされる。
クレタオスが息を吸った。やがてブレスが吐かれるのだろう。
「クロハ姉、ごめん……」
「やめろ――――ッ!」
その声に、レオンは目を見開く。
舞うように飛んできた影は〈嶺氷〉の力を纏っていた。クレタオスもその速度に反応できない。
ざん、と音がしてドラゴンの角が切断された。クレタオスは激しく吼えてよろめく。
レオンの横に、その影は着地した。
「レオン、生きてる?」
「クロハ姉……」
いつも通りの精彩を取り戻した、幼なじみのお姉さんがそこにいた。
「意識、戻ったんだな」
「うん。レオンのおかげだね」
「ごめん、俺は活性化の反動で体が動かない。援護できないよ……」
「はい、これ」
クロハが盾をつけた左手を出した。
「自分で買ったんでしょ? 筋力回復錠」
「あ……」
レオンはクレタオスを見た。角を切られたドラゴンは、まだ頭をぶるぶると振るっている。
クロハは片膝をつき、レオンの上半身を起こしてくれる。
「ゆっくり噛んで」
口に錠剤を入れてもらう。レオンはそれを噛み砕いた。苦いけれど、こらえる。
「治ったら来て。あいつのこと、一緒に倒そう。ね」
クロハは微笑んで、レオンの頬を人差し指でつついてくる。彼女が普段通りなので、レオンの心もほぐれていく。
「あの時のクレタオスだってすぐにわかった。絶対にここで仕留めるよ」
「そうだな……並んで倒すって、決めたもんな……」
「終わったらいっぱい休んでいいよ。今だけもうひと頑張り!」
「おう」
「ふふ、ここまで強くなってくれて、本当に嬉しいな」
クロハは微笑んで、それから戦う者の顔に戻った。
剣を握って、クレタオスの正面に立つ。
「さあ、決着つけようよ」
レオンは仰向けのまま、腹に両手を当てた。そこに意識を集中し、全身にアースを行き渡らせる。ガチガチに固まった筋肉が、回復錠の効果によってみるみる元に戻っていく。
「はっ……!」
覚悟を決め、一気に跳ね起きる。叩きつけられた痛みはあるが、足は動かせる。剣も振るえる。大丈夫だ。
すでにクロハとクレタオスの戦闘が始まっていた。
相手は角を失ったが、爪と尻尾のコンビネーションでクロハを襲う。彼女は盾を使いつつ、基本的には回避する。そのくらい威力があるのだ。
見ていると、クロハもクレタオスの左目側を取ろうとしているのがわかった。しかし、緑王竜の左手は弱点をしっかり守り、尻尾で妨害してくる。
ギグ・ザスとは比較にならない尻尾の機動力。クロハでも攻勢に回ることができない。
……っていうか、病み上がりだからな……。
ガムテアムの時に見せた俊敏さは、今のクロハにない。やはり無理をしている。してくれている。
――だったら、二人でやる……!
クレタオスが尻尾を振るったあと、頭突きを仕掛けた。クロハは尻尾を払うのが精一杯だった。頭突きを盾で受ける。
「ぐぎぎぎぎ……!」
クロハが押されてどんどん下がってくる。
クレタオスが頭を振ると、クロハは左へ吹っ飛ばされた。転がって受け身をとり、片膝立ちで体勢を立て直す。
――今だ!
飛び出そうとしたところで、レオンは星撃剣がないことに気づいた。
さっき、角を掴むために手放したのだ。
――ど、どこだ?
「――ほら」
「あ……」
目の前に星撃剣が差し出された。持っていたのはサラフだった。
「悔しいが、これが俺の精一杯だ」
サラフは視線を逸らして言う。レオンは、胸にこみ上げてくる感情を押しとどめた。
「ありがとう!」
剣を受け取って、レオンは走り出す。
クレタオスが左腕で左目を守りながらクロハを攻撃している。
「クロハ姉、俺も行くぞ!」
「待ってた!」
レオンが尻尾の刺突をさばき、クロハが右腕と角をさばく。角は切断されてなお鋭い面を残しているため、直撃すれば腹に穴が開くだろう。
必死で連撃をさばいていると、アースの高ぶりがどんどん強くなってくるのを感じた。さっきと同じ感覚だ。
――やれる! でも最大火力を出さなきゃ駄目だ!
「レオン! アース、いい状態だね!」
クロハにも伝わったようだ。
「剣に全部込めて! 私が時間稼ぐからそれでとどめを刺すんだ!」
「よ、よし!」
レオンはクレタオスから距離を取り、星撃剣に〈嶺氷〉の力を集める。高まったアースはものすごい速度で刀身に収束していく。
クロハが剣をはじかれた。クレタオスがレオンに向き直る。
「やばっ……!」
この一撃はクレタオスの左目に叩き込まなければ通らない。だが、正面からぶつかってそれができるとは思えない。まずい――。
ガンッと、何かが飛んできてクレタオスの右腕に当たった。
「ド、ドラゴンスレイヤーを舐めんじゃないわよ!」
マイナが、側面から〈猛火〉を宿した星撃剣を投げたのだ。
それで、クレタオスの注意が一瞬だけ逸れた。
「もらった――――!」
クロハが弾丸のように疾駆して、クレタオスの胴体の下に入った。
〈嶺氷〉を宿した渾身の切り上げが、緑王竜の左腕を直撃する。切れはしなかったが、左腕をはじかれてクレタオスが大きくよろめいた。
――ここだッ!
レオンも踏み込んだ。
疾走から跳躍、一気にクレタオスの顔に接近する。
光っている相手の右目と、目が合った。
「俺たちの勝ちだ」
レオンは最大密度の〈嶺氷〉を纏わせた星撃剣を振り下ろす。刀身は正確にクレタオスの左目を貫いた。
グオオオオオオオオオアアアアアア!!!
クレタオスが咆哮を上げる。
その衝撃にもレオンは耐える。剣を突き立てたまま、踏みとどまる。
〈嶺氷〉はドラゴンの体内に入り込み、頭部を内側から氷付けにする。
アースを送り込み続けていると、クレタオスの甲殻に霜が立ち始めた。
ガ……ア……。
Sランクドラゴンの巨躯が傾き、倒れていく。地響きを立てて、体が地面にくずおれる。
その横にレオンも落ちて転がった。
……今度こそ、もう動けないぞ……。
右を向くと、少し離れたところに立っている幼なじみの背中が見えた。振り返ったクロハはフラフラと歩いてきた。
レオンの横に座り込み、いきなり抱きしめてくれる。
「クロハ姉……」
「勝ったね……。これで、ライオスさんに許してもらえるかな……?」
クロハの声は震えていて、今にも泣き出しそうだった。
「安心して。よくやったって、父さんは笑って言ってくれるよ」
「うん……うん……」
うなされたように、クロハは何度もうなずいた。
レオンは、クロハのぬくもりに包み込まれて意識を手放しかけていた。視界がぼやけて何も映っていない。
「父さんの墓に報告して、この因縁を終わらせよう。一緒にカカリナ村、行こうな」
「そうだね……。レオンが生きててくれて、本当によかった。もう、これ以上大切な人を失うのは嫌……」
その声は途中から小さくなっていった。
「……クロハ姉?」
返事はない。クロハは、レオンを抱きしめたまま意識を失ったらしかった。
……そりゃ、寝たきりになってたあとだもんな……。
まぶたが重たい。レオンも同じことになりそうだ。
耳鳴りがして、世界のすべてが遠ざかっていこうとしている。
「レオン! 死んでいないだろうな!?」
「ちょっと! そんなかっこいい死に方許さないんだからね!」
サラフとマイナが叫んでいる。その声さえも遠くに感じられる。
……ちょっと、寝させてくれ……。
レオンの意識は深い闇の底へ沈んでいった。
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