第4話
幻へ
これを読んでいると言うことは、私達はもうこの世にいないのでしょう。
もう一通の手紙に私達の思いを書いてあるので、後で読んで下さい。
先に、この手紙を読むように書いたのは、とても重要なことを知って貰わなければならないからです。
東さんには会ったと思いますが、この金庫の中身については何も教えていません。
とても危険だからです。
何が危険なのか?
それは私達、お母さんとお父さんが冒険家であることが原因です。
私達は今まで色々な冒険をしてきましたが、その中で得たあらゆる情報を書き記した本を持っています。
東さんは、その本がここにあると思っているでしょう。
しかし、ここにはありません。
世界中で一番安全な場所に保管してあります。
そして、それは幻にしか見つけることはできないでしょう。
そのヒントとなるのは、二枚のドッグタグです。
もう一つ置いてある宝石の様な石は他の人を欺くためのダミーです。
ドッグタグだけは、必ず幻が持っていてください。
この家を出れば必ず誰か知らない人間に色々聞かれるでしょうが、話して良いのは石ともう一通の手紙のことだけです。
この手紙のことと、ドッグタグのことは話してはいけません。
幻は今もドッグタグを着けているでしょう?
幻のドッグタグを間に挟むように私達のドッグタグも一緒に着けてください。
そのまま着けていれば、自然と何をどうすれば良いのか分かるでしょう。
その後のことは、幻に任せます。
私達の残した本を探しても良いですし、何もしなくても構いません。
最後に、この手紙は金庫に残して下さい。
金庫の扉を閉めないで部屋を出てドアを閉めると、この部屋は焼却されます。
手紙は跡形も無く燃えてしまいますから、手紙の内容は誰にも話してはいけませんよ。
幻が危険になりますからね。
PS
東さんを信用してはいけません。
私達がいない以上、彼は信用できる人間では無くなってしまいました。
*** *** *** *** *** ***
「・・・・・・くっ!」
母の字を読んでいるだけで、涙が溢れてきた。
内容は・・・理解できている。
ただ、最後に残された母の字の書かれた手紙を処分しないとならないことが、素直に悲しかったのだ。
それでも、この手紙はここに残さなければならない。
丁寧に封筒の中に手紙を戻し、金庫の中に置く。
そしてポロポロと零れ落ちる涙はそのままに、首から外したチェーンに両親のドッグタグを通す。
もう一度それを首に掛けると、最後に石ともう一通の手紙を取り出した。
石はダミーだってことなので、そのままポケットへ。
封筒には母と父の文字で、それぞれ「幻へ」と書かれていた。
手紙を取り出して読む。
中には母が書いた手紙と、父が書いた手紙の両方が入っていた。
内容はどちらも似たり寄ったり。
今まで本当の仕事のことを黙っていてゴメンって言う謝罪。
俺を一人残して逝ってしまったことへの謝罪。
俺の大人になった姿を見れなかったことへの後悔。
俺には「何に縛られること無く、自由に思ったように生きて欲しい」と言う最後の願い。
それらが、色々な言葉で綴られていた。
俺は涙で滲む視界で必死に手紙に涙を落とさないように、その手紙を読み終えた。
両親の両方の手紙の最後に、何故か石のことが書かれていた。
石は冒険の最中に手に入れた記念だから俺の自由にして良い。
持って置きたいなら、持っていれば良い。
誰か欲しいと言う者がいるなら渡しても良い。
俺の思うようにしろって。
『たぶんダミーに周囲の目を向けたいんだろうな』と感じた。
手紙を丁寧に封筒に戻し、胸のポケットに入れる。
手紙を読んだことで、本当に両親が逝ってしまった実感が湧いて悲しかったが、それも随分と落ち着いてきた。
突然、何の前触れも無く「両親が死んだ」と聞かされても、実感など無かった。
今は手紙を読んだことで実感はあるが、それと同時に止まっていた時計の針が動き出した様な感覚だ。
昨日までの無気力に農業をしていた自分と、今の自分では目の輝きが違っているかもしれない。
今の俺には、色々なことを考える意思と気力が芽生えていた。
さて、母さんの手紙通りなら、東さんの「何か助けが必要なら連絡を」って言うのは信用できないらしいな。
それと、この家は見張られているんだろう。
俺が家を出れば誰かしら接触してくる可能性が高い。
俺が守らなければならないのはドッグタグと手紙の内容だから、こっち手紙は見せても大丈夫。
その時の流れで石を渡すのもOK。
でも、二人の最後の手紙だし、見せても良いけど渡せないな。
あと、俺みたいな一般人が、外で待ってるやつらを上手く騙せるのか?
普通に考えると無理だろう。
じゃあ、どうすれば良いんだ?
俺は、それからかなりの時間を使って、どうすれば両親の思いを叶えられるか必死に考えたのだった。
東さんとの待ち合わせから五時間後、夕方になって俺はやっと家を出ることにした。
直前まで手紙を読み返していて、俺の顔は涙と鼻水でグチャグチャの状態だ。
本当は手紙を涙で濡らしたくなかったが、それも必要だと思い、読み返す時は我慢せずに手紙に涙も落とした。
何故かって?
それが俺が必死に考えた方法だからだ。
これが俺の考えた方法だから、そのままの顔で家を出る。
後ろでにドアを閉めて歩道に出ると、俺でも気付くぐらい場違いな男達が何人も俺の家の周囲を囲んでいる。
勿論、俺は気付かない振りをして、グスグスと泣いている。
そのまま祖父母の家に帰るために駅に向かって歩き出す。
俺の前後を付かず離れずの状態で歩く男達。
ご苦労なことだ。
ここは住宅街のど真ん中だし、こんな所で未成年の俺を囲んでいては誰かに通報される可能性があるからだろう。
ただ、駅がそっちにしかないから、もう少し歩くと繁華街に向かう必要がある。
その辺りになるとチラホラ人目に付かない場所もあるし彼等が動くとすれば、そこだろう。
しかし、俺って、こんなに泣けたんだな。
しみじみと思いながらも、涙が途切れない。
考えてみれば、俺は両親が亡くなったと聞いた時から、悲しみにフタをして心の時間を止めてしまっていた様に思う。
だからこそ、あの何も無い山奥の農村でじっと生活ができていたんだろう。
祖父母が亡くなった時にも、こんなに泣くことは無かった。
と言うか、泣いたという記憶が無い。
たぶん、あの母の字を見て、手紙を読んだ時から徐々に時間が動き始めたんだ。
今の俺は、今まで溜め込んでいた悲しみが一気に溢れ出した状態なのかもしれない。
そんなことを頭の隅で考えながら歩いていると、
一気に前後から男達が近付いて来る。
「
そう男達の一人が話し掛けてきたが、俺は感情を抑えずに騒ぎ立てた。
「誰だよ、あんたら!俺は今それどころじゃないって見て分からないのかよ!」
これぐらいが、高校生で未成年の対応だろ?
「ご両親が亡くなって悲しいのは分かる。お悔やみを・・・」
「うるせぇ!あっち行けよ!話すことなんか無ぇよ!」
俺はわざと前後を囲んでるやつらを押し退けようとした。
しかし男の一人に腕を掴まれる。
「離せよ!何掴んでんだよ!」
俺が暴れようとすると、さっき話し掛けてきた男が言った。
「君のご両親から預かった物はないかい?それは非常に重要な物で、君が持っていて良い物では無いんだ。最悪、君の命に係わるかもしれない」
その言葉を聞いて、俺は暴れるのを止める。
そして「どういうことだよ?説明しろよ!」と男に詰め寄った。
「すまん。詳しくは話せないんだ。話せば君に危険が及ぶかもしれない。ご両親から何か預かってないか?」
俺は少し考える振りをして、静かに頷く。
「預かってる物があるんだね?それは何処にあるんだい?私達は君に危害を加えたりしない。ただ、その物を回収したいだけなんだ」
俺は更に少し悩む振りをしてから口を開く。
「中に見ると危険な物があるって、東さんも言ってたけど、無かったんだ、そんな物。あったのは俺への手紙と、この石だけだった」
そう言って、ポケットから石を出す。
「その手紙を見せてもらうことはできないかい?」
「見せても良いけど、返してくれよ。それが最後の形見なんだ」
「写真を撮らせてもらうけど、直ぐに返すよ」
その言葉に僅かに頷いてから、胸ポケットから手紙を取り出した。
彼らはアタッシュケースから小型のスキャナーを取り出して、手紙を読み込んでいる。
全部で八枚あった手紙を全部読み取ると、俺がやったのと同じぐらい丁寧に封筒に入れてから返してくれた。
「その石もこちらで預からせてもらえるかい?どんな物なのか調査したいんだ」
「手紙にはただの記念の石だって書いてあったんだけど、必要なのか?」
「必要かどうか?それを調べたいんだよ。勿論、調べた結果、価値のある物だったなら、適正な価格で買い取っても良い」
「・・・俺にとっては、こんな石コロより手紙の方が大事だ。良いよ、あげるよ」
ここまでの流れは、俺が思ってた以上に上手くいった。
これで彼等が俺を解放してくれれば、それで終了なんだが。
そう思ってた俺に、彼は更に話し掛けてきた。
「私はね、君のご両親を尊敬していたんだよ。できれば直接会って話をしてみたかった。本当に残念だ」
彼の顔は、言葉通り本当に残念そうだった。
彼らと話している途中から涙も自然と止まっていたので、無事に解放され駅に到着した時にトイレで顔を洗った。
そして、今はホームで帰りの列車を待っている。
随分と遅くなったが、この時間の列車なら何とかギリギリ帰れるだろう。
まあ、真っ暗で街灯もほぼ無い山道を、愛車のカブで爆走しないといけないけどな。
最悪は拉致されるかもって思ってたけど、はぁ~、何とか無事に終わって良かった。
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