第6話
冬の間に、これといって特別なことは無かった。
ただ、前の二年と同じように過ごしただけだ。
暫くして、まだ根雪は残っているが、雪が溶け始めて道路が通行できるようになった頃、東さんに連絡を取った。
「二年ぶりくらいかな?何か困ったことができたのかい?」
東さんの問いは、彼が言っていた「困ったら助けるよ」と言う言葉通りだった。
「いいえ、困ったことは無いんですが、聞きたいことができました」
「ほう、何が聞きたいんだい?」
凄く興味のありそうな声色だな。
「その、あれから少し心境の変化がありまして、映画なんかを良く見るようになったんです。映像的に面白いと思うものは海外の物が多かったんですよ。で、冬は暇なんで、字幕とか吹き替えとか無しに見れるように英語なんかも勉強したりしたんです」
「それは、また頑張ったんだね。頑張ったのは分かるけど、それが聞きたいことに関係あるのかい?」
これだけじゃあ、意味が分からないのは当たり前でしょ。
「ええ、少しですが英語ができるようになって思ったんです、両親って海外に行ってたんですよね?言葉ってどうしてたのかな?って」
「ああー、そんなことかい?彼らは、私が知るだけで二人合わせて二十ヶ国語くらい話せてたんじゃないかな?」
えっ!それはそれで予想外!
そんなに喋れたの?
「うわーそんなにですか?それじゃあ無理かな?」
「何が無理なんだい?」
ここからが本題だし、慎重に。
「その、冒険とかは興味が無いんですが、両親の行ったことがある国に旅行してみたいなって思ってまして、それでどのくらいの国に行ってたのか気になったんです」
「ご両親の足跡を辿ろうと?」
それはマジで思ってません。
「そんなの無理ですよ、冒険をするような性格じゃ無いんで。ただ、行ったことがある国に旅行して観光でもしてみようかな?って程度です。ただ、今の話しだと英語だけできても無理そうだし・・・」
「そう・・・言うことなら教えてあげるから、その中で英語が通じる所だけでも行ってみれば良いんじゃないかな?」
何で詰まったんだ?
何を思い付いたんだろう?
微妙にアノ間が怪しく感じるのは、疑っているからだろうか?
「あっ!そうか!別に全部回る必要は無いですもんね。英語が通じる国だけを選べば良かったんだな!」
「リストにして渡すけど、郵送で良いかな?」
ここで焦っちゃダメだ。
ごく普通に、いつでも良いって感じで。
「ええ、パスポートも持ってないですし、まだ何時行くとか決めてないんで急いでないですから」
「了解したよ。ちょっと調べれば直ぐ分かるから、二・三日内に送るよ。でも、もっとこう「冒険家になりたいから手助けしてほしい」とかの連絡だと思ってたんだけどね」
それこそ、マジで無理。
俺って、そう言うのに向いてないと思ってるから。
「無理無理、無いですよ。今の生活嫌いじゃないですし、村の爺さん婆さんから色々教わるのも結構楽しいんで」
「そうかい?可能性はあると思ったんだけどね」
あったとしても、あんたは信用しないさ。
母さんの遺言だからな!
さて、賽は投げられた。
完全に騙されるとは思えないしなぁ、どんな反応をしてくるかな?
直接、俺に接触してくるとは思えないけど。
そんなことを考えていて思い出した。
あっ!そういえば、何も分からなかったぞ、コレ!
そうして取り出したのは、首に掛かったチェーンの先、三枚のドッグタグだった。
確か「そのまま着けていれば、自然と何をどうすれば良いのか分かるでしょう」って書いてあったと思うけど、何が分かるんだろう?
全く予想すらできないんだけど。
言葉尻から言えば、その隠された本の行方が分かるとかなんだけどなぁ。
それがどんな方法で分かるのかも分からないって、自分で何を言ってるかも分からなくなりそうだ。
村にいる間は農作業も進めなくてはいけない。
その後は、みんなが引き受けてくれるが、それに頼りっきりは良く無いだろ。
なので、苗の準備を始める事にした。
野菜や、稲などそれぞれを苗用の専用の容器などに準備しておいて、時期が来たら畑や田んぼに移すのだ。
一通りの作業が終わってから、今度は家の中のことをやる。
まずは古いパソコンを処分したいんだけど、データの消去をしないと。
一度完全に消去して、それから再インストール。
どうでもいいデータを大量に保存して、消して、保存して、で再度全消去っと。
これぐらいしたら、復元できるデータなんてほぼ無いはずだ。
処分の準備ができたし、家電量販店に行こうかな。
量販店は新しい商品を買うと、古い商品を回収してくれる。
なので新しいパソコンを買って、古いパソコンを引き取ってもらうのだ。
どうせ監視してるヤツラが回収して調べるんだろうけど、データを復旧しても大した内容は出てこない。
最初は壊してしまおうかとも思ったんだけど、それをすると何かを用心してるように取られそうで壊すのはあきらめた。
こういうのって海外のスパイ物とか見てると、良く出てくるんだよね。
だから、不用意に警戒させる意味は無いし、マネしといたんだ。
量販店の店員にも、パソコンを選ぶ要素として海外旅行の話をしといた。
どうせ聞き込みとかされるはずだし、マジで冒険家とかなる気は無いからね。
その辺を絶対気にしてるはずだから、情報を提供しとかないと。
冗談抜きで本の行方とか、全く分かって無いし、旅行だけが目的だって分かってもらわないと困るんだよな。
海外旅行中とかまで付き纏われたりしても、本当に迷惑だし。
食糧も買ったし、新しいパソコンも用意したし、パスポートの申請書類も出したし、今日の予定は消化したな。
帰って飯作ろうかな。
*** *** *** *** *** ***
「もしもし、東です」
「やあ、ご無沙汰だったね。で、今日はどうしたのかな?」
「実は、例の彼から海外旅行の話を聞きまして」
「海外旅行?ああー、それは私にも報告が来てたよ。それで?」
「そうでしたか。既にご存知のようですね。これは要らぬ電話をしたようで」
「何か考えがあるのだろう?でなければ、君が態々、そんな情報とも言えない連絡をしてくるとは思えないんだが?」
「ええ、彼自身も本を持っている雰囲気はありませんでしたし、どうやら彼等は本当にあの地下室で燃やしてしまった可能性もあります。が、」
「ああー、あの燃え滓かね?あれは確かに調査不能のゴミだったね。で、続きは何かね?」
「彼の行く渡航先を絞って、彼等の足跡を辿らせることができれば、何か起きる可能性があるのでは?と」
「君に、そんなことが可能だと?」
「ええ、ある程度までは。ただ、英語しか喋れないようなので、そこに限界はありますが・・・」
「英語圏のみか。可能性のある国の四割程度だね。少し足りないかな?」
「他に方法もありませんし、試してみる価値はあるかと?」
「確かにあの未知の物質は魅力的だよ。世界を震撼させる力がある。だがね、既に五年以上何も成果が無いまま、資金だけを投入しているんだ。試してみて成果が無いようなら、これで最後になるよ」
「最後ですか?もしや、もう諦められると?」
「諦める?違うよ。既に失われたと判断したのだよ。今年一杯で撤収することが先日決まったところだね」
「なるほど、では今回の計画には?」
「君の計画化かね?それに資金や人材を提供すると、今年一杯の予定の予算が目減りして撤収が早まるね」
「どうされますか?」
「難しいね。非常に難しい。私としては、もう今直ぐにでも撤収したい気持ちもあるが、それでも、と言う気持ちもある。しかし、どちらも決定力に欠けるのだよ」
「私が独自に行っても良いですが、その時は譲れ無くなりますが?」
「君が抱え込めるような物では無いよ、アレは。それでも我々とやり合うのかね?」
「私にも、それなりのコネはありますから」
「そうか!君の古巣だったA国かな?ふふふっ!できると思っているなら、好きにすれば良いよ。ただ、その場合に手加減はできないがね」
「そうしたくは無いので、お願いをしている心算なのですが?」
「お願い?君のお願いは相手の首元にナイフを突き付けてするのかい?穏やかじゃないね」
「あなたも良くやられていた方法ですがね?」
「そんなことはしないよ。私は、もっとスマートに、やるからね。だが、良いだろう。君の、その策に乗ってあげようじゃないか。ただ、予算も人員も限られていることは忘れないでくれよ」
「ええ、分かりました。後ほど旅行先など確定次第連絡します」
「上手くやってくれたまえ」
そんな会話が電話で行われた。
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