ダンジョン鑑定士

「ダンジョン鑑定士か……」


 腕をほどいたサモ13世は、カランの言葉に疑問の色を乗せて応えた。


 ――ダンジョン鑑定士。

 あまり詳しくはないが、ダンジョンの価値を鑑定する職業だ。

 ダンジョンから産出する物の価値、そして、そこに生息する生物の危険度から、その価値を決める。そんなところだったか。


「閣下、たしかにダンジョン経営には多額の資金が必要です。下手に融資など受けようものなら、利子だけで利益が吹き飛ぶでしょう」


「そうだ。そして失敗したら、借金だけが残る」

「さようにございます。成功した場合は跳ね上がる税金とも戦うことに……」

「ロクでもないな」


 先帝の作った借金に苦労しているのか、帝国はとにかく税金が高い。

 とくに良い領土ほど、税に苦労していると聞く。帝国は稼げば稼ぐほど、多くの税を収めるシステムになっているからだ。


 その点、我がサモ領は楽……楽かなぁ?


 我が領土は破産寸前、飢え死にするギリギリのラインをうろついている。

 だが、それゆえに免税の対象になり、ほぼ税を収めていない。


 しかし、ここでダンジョンなんていう金のなる木が生まれたらどうなる?

 考えるだけでもおそろしい。


「貴族位を売り、シーテケ農家になった方がマシかもな?」

「否定できないのがつらい所ですな」


「――閣下、話を戻しましょう。ダンジョンの価値がわかってない今、何を言っても空騒ぎにすぎません。まずは価値を見定めねば」


「ふむ、それで『ダンジョン鑑定士』か?」

「左様にございます」

「うちの財布じゃ、新人しか雇えないぞ? 大丈夫かな」


 いえいえ、と首を振って、カランは言葉を続ける。


「かえって好都合でありましょう」

「なぜだ?」

「ベテランは金貸しといった腹黒い連中と懇意かもしれませんから」

「なるほど、新人の方が安心できるというわけか」

「それに、新人ならば過小な評価をつけることも期待できます」

「ウチが破綻すれば、それは査定の失敗を意味するからな」

「左様です。さすがは閣下」


「何はともあれ鑑定は必要なんだ。それでいこう。――書類は?」

「ハッ、其処そこにございます」


 みると、手元の報告書には、ダンジョン鑑定士の派遣を要請するための用紙が混ざっているではないか。流石はカラン……用意の良いことだ。


 用紙はダンジョン鑑定士の履歴書にもなっている。ふむ、今年に鑑定士になったばかりなのか。資格を取ってから半年くらいか? まさに新人だ。依頼料も思ったより安い。なんとか払えそうだ。

 私は用紙にサインすると、それを封筒に入れ、封蝋を施した。


(カランは気が回る。彼の考えなら間違いはないだろう)


 ・

 ・

 ・


 ――それから一月後。


 サモ13世の要請は、帝国のお役所に届き、ダンジョン鑑定士がやってきた。

 鑑定士は「ナズー」と名乗る少女だった。

 

 執務室に案内されたその姿を、サモ13世は見つめた。


 ナズーは栗色の髪を肩までの長さに伸ばした小柄な少女であり、歳はどうみても10代そこそこ、子供にしか見えなかった。彼女は真新しい紺色の制服に身を包み、擦り切れ一つないピカピカの革の鞄を下げている。


 ――ふむ。今私が手に持っている皇帝の信任状がなければ、どこぞの育ちの良い学生にしか見えない風体だな。


 しかし、彼女は見知らぬ土地にいるというのに、不安そうな素振りは一切みせていない。初仕事にもかかわらず、その瞳に動揺の色一つ見せないとは。

 なんとも言葉にできない聡明さを感じるな。


(ピカピカの学生上がりって感じだな。しかし、この落ち着き様には、違和感すら感じる。なんだか嫌な予感がする……)


「サモ13世様、お初にお目にかかります。要請に預かりましたナズーです!」

「私がこの領地を治めるサモ13世です。ご足労いただき感謝します、ナズー殿」

「まずですが、サモ領でダンジョンが見つかったのは、これが初めてとの事ですので、鑑定方法について、軽くご説明さしあげますね!」


 ナズーは小動物を思わせる陽気さで、ニコニコと微笑みながら、サモ13世の前に書類を広げた。


「よろしく頼むよ、何か必要なものがあったら遠慮なくいってくれ。」


「はい!第一に必要となる確認資料、ダンジョンの位置や大きさ、所有者の登記ですが、こちらはカラン様から既に頂いております」


「うん、確認をありがとう。他に何か?」

「はい!今回の鑑定ですが、過去の取引事例と照らし合わせて評価します」

「うん…?」

「つまりですね、他の土地に類似したダンジョンがあります。それらを基準に価値が評価されるということです」

「ああうん、それはそうだよね、わかった。」

「この評価のために、価格決定の要因となる要素を調査いたします。」


「これらの要素ですが――ダンジョンは当然として、閣下の領地における市場の需給状況、施政の詳細な資料が必要になりますが、この資料の収集、調査は皇帝陛下の委任をもって行われていますので、厳にご注意ください。」


「ええと…つまり?」

(…ていうか、最後の方、わたし脅されてない?)


「サモ閣下のダンジョンがどれだけ難しいのかなぁ?というはなしです。ダンジョンの敵が強いと、ポーションがいっぱい必要になりますよね?」


「それだけじゃなくって、丈夫な鎧とか、切れ味の良い剣が必要になると、近くのお店の売り上げは上がりますよね~?」


「でも、お金がかかる所には、あんまり冒険者さん、来ないかもしれませんよね?それでも高価な宝石とか巻物とかぁ、良いものがいっぱい手に入るダンジョンなら、冒険者さんが来ますよね~」


「うん、よくわかった。」


「それでダンジョンの調査は、ナズーが皇帝陛下のかわりにやってるので、じゃましちゃうと、はんぎゃくざいになります。ギロチンですね~?」


「うん~ちょうわかった~ちょっと席外すね」


 サモ13世はそそくさと執務室の隅に行き、カランとささやき合った。


「どういうことだカラン、ナズーさんは新人のはずだろ? やけに有能そうだぞ、これ……大丈夫か?」


「閣下、ダンジョン鑑定士は国家資格です。それも税収に直結する分野ですので、

帝国の資格の中でも5本の指に入る超難関資格といわれておりまして……」


「超絶有能じゃないと務まらないってことだな……えっ、その資格をあの若さで取ってるの? もしかして、我々より有能なのでは?」

「もしかしなくても、左様でございます」


 ――何か、とんでもない怪物を私は呼び寄せたのでは?

 この後、その予感は現実のものとなった。

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