船着き場にて

 わたし達はシーテケ農場を後にして、船着き場についた。


 船着き場のそばには材木置き場がある。かつてサモ領が栄えていたころは、常に木材を求める仲買人を見ることができた。


 しかし、今や買い手がつくことはない。丸太は何年も野ざらしにされているせいで、カビが生えていたり、すっかり割れてしまっているものまである。

 もはや売るどころではない。


 比較的マシなものを選んで、領内での建物や道路の補修に使うくらいだ。


 材木置き場の先には桟橋があり、ひどく古びてはいるが、巻き上げ機の付いた頑丈そうなクレーンが据え付けられている。かつては荷降ろしに使ったが、いまでは桟橋の飾になっている。


 桟橋の手前には、材木置き場を整理して設けられた市場用の広場がある。

 ここは平たく整地したうえで、白い川砂をまいてちゃんと整備しているのだが、市の日でもない今日は、人っ子一人いない。


 私があたりを見回すと、何処からともなく飛んできたカラスが「カァ」と一声鳴いて、クレーンにクソをしたのが目に入った。

 今度同じことをしたら焼き鳥にしてやる。


「まあ、殺風景なもんでしょう、市と言ってもやるのは月に2度です。来るのは鍋を塞ぐ鋳掛屋や、塩を売りに来る行商人くらいのものでして」


「船着き場も誤魔化し誤魔化し使ってるうちにデカくなりまして、クレーンは……図体ばかりで働くことはありませんな」


「なるほど、しっかりと手入れされているようですね、素晴らしいです。」

「い、いえそんな大したものでは」


 嫌な予感に震えるサモ13世をよそにナズーは続ける。


「お店なんかより重要なのは人が来れるかどうかです、その点、この船着き場は素晴らしいです。」


「土地の値段は基本的に広さで決まります。ですが、道が悪いとどんなに広くても大した値段は付きません」


「正直、サモ領の悪路は想像以上でした。ダンジョンの評価が本来の一割になってもおかしくないほどです。しかし――」


「この桟橋は素晴らしいです。荷揚げの出来るクレーンがあり、見た所40人級のハルク船※が着発できる中型桟橋ですので、そうですね……」


 ※中世の河川用船舶。洋上航行はできないが、輸送能力と経済性に優れている。


「ダンジョンのお値段を、基準の4倍にしても良いと思います。良かったですね、閣下……閣下?!」


 ナズーが振り返ると、サモ13世は白目をむいて仰向けに倒れていた。


「お気を確かに!確かにそれだけの価値はありますが、まだダンジョンの査定は済んでませんから!」


 カニのように泡を吹いて痙攣するサモ13世は、こんなことなら何もかも叩き割って、全部薪にしておくのだった。そう薄れゆく意識の中で思っていた。


 しばらくして気を取り直したサモ13世とナズーは屋敷に戻り、屋敷の客間で冒険者達の到着を待っていた。


 ナズーが客間を見まわすと、現状の貧ぼ――経済的に慎ましいサモ領に不釣り合いな白磁の壷や黒檀の家具、金羊毛のタペストリーが置かれている。しかし壺には花も何もなく、本当にただ置かれているだけという様子だった。


「ところで、サモ閣下、この客間を見る限りですと、サモ領は以前は栄えていたと見受けられますが…」

「ええ、サモ領は先々代のころはそれなりに栄えてたらしいんです。それがどうして今みたいに寂れてしまったのかは……まあ恥ずかしながらさっぱりでして」


「そうでしたか…失礼ながら、説明申し上げても?」

「え? そんなことまでお分かりになられるんですか?」

「はい、これもダンジョン鑑定士の仕事ですので!」


 ナズーは鞄の中から数枚の紙を取り出して、それをサモ13世の前に並べた。


「ええと、これは帝国の資料なんですが、元々サモ領は材木の為にあったんです。80年前、帝国はハクソンの海戦で敗北し、大量の艦船を失いました」


「そこで、海軍の再建に大量の材木が必要になり、国策として開拓されたのが、穏やかな河川があり、運搬に適していたこの地域だったんです」


「しかしその後、帝国が海軍力を取り戻し沿海州の植民地化が進むと、そこでサモ領よりも安価な木材が手に入るようになりました。海軍が原動力になったサモ領の林業は、皮肉にも海軍の活躍によって衰退してしまったんです」


「サモ領の衰退の原因は帝国の繁栄にあります。根本的な解決には帝国の弱体化を望まなければいけない。そういったジレンマを抱えているのが現状ですね」


 サモ13世は腕を組むと、物憂げに答えた。


「それではまるで、最初からうちは衰退するのが決まっていたようなものじゃないですか」

「その通りです。これは巨大化する帝国の古くからの土地に起きている現象でして、帝国が他地域と接続するたびに発生した問題です。」


 はぁ、とため息をついたサモ13世は感心し、何か気が付いたたようであった


「ああ、だから最近の帝国は、他国を併呑するような動きが低調なんですな」

「はい、軍が補給戦が伸び切って戦えなくなるように、国も大きくなると不都合の方が増えるんです」


 だから帝国から吹っ掛けられる税金も高くなる一方なのかと、私はため息をついた。そういえば、カランに薦められて、兵を維持する代わりに、拠出金を出した方が安くなるといっていたか。


 確かに兵隊は金を生まないし、そういった事情で戦争をしないならば、なおさら軍事は必要最小限にして、金だけ受け取った方が帝国としては良いわけだ。


 ああ、だからそっちの方が得になるように制度を整えたのか?

 世の中ってのはうまい風にかみ合ってるんだなあと感心するサモ13世であった。


 帝国の台所事情も苦しいのであれば、なおさら税金を吹っ掛けられるやもしれない。船着き場では失敗したが、ダンジョン自体の評価を下げればなんとかなる。

 何が高い評価になるのか、探りを入れるべきだろうな……。


「ところでナズー殿、ダンジョンを評価するのに、重要視するのは何ですかな?」


「一番の要素は、発掘される品がどれだけ高価か?ですね。不思議なことに、数世紀前に荒らされ尽くした空っぽの墳墓だったとしても、ひとたびダンジョン化すれば、古代帝国の金貨や宝飾品が見つかるんです」


「それはまた面妖な……そういえば、見つかったダンジョンが元は何なのかはまだ聞いておりませんね。詳しく調べる必要がありそうですな」


 見つかったダンジョンが、古代帝国の墳墓とか宮殿跡だと不味そうだな。

 こればっかりは、どうしようもない。


「次に重要なのは、ダンジョンの環境や敵の強さでしょうか。凄まじい熱気で息が詰まるような場所で、モンスターが強力な魔法や毒を使ってくるならば、どんな貴重な物品が発見されても、ダンジョンの評価としては低くなります。」


 ほう…これはいい事を聞いた。冒険者を買収し、苦戦の演技をしてもらえば評価を下げられそうだ。こちらは有用そうだな。


 冒険者と口裏を合わせ、苦戦してるように見せかける。

 ――よし、これで行こう。

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