シーテケ農場

 道中は木々の梢が天蓋となっていた。この自然のアーケードは、夏は涼しく冬は風を防いでくれるだろう。ふと思い至り、ナズーは前を行く彼に声をかける。


「サモ領はシーテケの栽培に力を入れているようですが、どういった経緯で?」

「あぁ、シーテケはですね……先代が偶然見つけたものなんですよ」


「当時のサモ領は林業をやってまして、切った木を川まで運んで、そこから下流まで流して板やら角材やらに丸太を加工してたんですがね」


「なんか景気が悪くなったとかで、丸太を下に流せなくなって、川っぺりに丸太が山積みにされたまま、野ざらしにされてまして……」


「金はないが、腹は減る。この積みあがった丸太をどうしたもんだと見上げた先代の目に、丸太に肉厚のキノコが生えているのが目に入ったらしいんですわ。」


「すると先代は何を思ったか、そのキノコをむしって焼いて食ったらしいんです。すると香りはいいわ、分厚く食いごたえもあるじゃないかということで――」


「キノコが生えていた丸太をぶった切り、領内に配ったそうです。それからというもの、サモ領のそこらかしこでシーテケの栽培が始まった次第です」


 この領地に入ったナズーは、度々たびたびシーテケというキノコの名を耳にしていた。これほどのものなら、よほど情熱をかけて開発したものだろうとおもったら……。


 全くの偶然と、食い意地の張った領主の蛮勇がかけ合わさったものだったとは。

 これにナズーは、どういう顔をしたらいいかわからなかった。


「放っておいた丸太から生えてきたキノコを……豪胆だったんですねえ。」


「ええ、先代は帝国最後の蛮族と言われてた豪傑でした。ただまあ、先代のころのシーテケは生だと日持ちしないもんでして、私の代で腐らずに乾燥させる方法を見つけられたので何とか……」


「商業化に成功した、というわけですね。なるほど」


 しばらく会話を続けながら坂を上った二人はシーテケ農場についた。


 農場ではシーテケの栽培が今まさに行われていた。

 その方法は、ナズーが想像していたよりずっと野性的な方法だった。

 丸太を互い違いに組み合わせて土台を作り、そこにおがくずと共にシーテケをペースト状にしたものを擦り付け、低級魔術で霧雨となった水を与えるだけだった。


「え、あれだけでいいんですか? ひ、肥料とかは…?」

「使いません。農薬もなしです。キノコの農場を見るのは初めてですか?」

「はい、ずいぶん簡単なんですね……これ、他所で真似したりされません?」

「ええ、他所よそでも試してるらしいんですが、不思議とうまくいかないみたいなんですよね。こちらとしては助かるんですが、理由はよくわかってません。」


「そうだ、せっかくですし、シーテケを試食なさってみますか?」

「おお、いいんですか!? ぜひぜひ!」

「えぇ、ではシーテケをこうやってむしってですね……石突を切り落とします。――シンプルに焼くときは傘を愉しむので、柄も落とした方が良いです」


 サモ13世は手慣れた様子でシーテケを切り落として傘だけにすると、それをかまどの上に据え置かれた鉄網に並べ、シーテケを焼き始めた。


 かまどはこぶしくらいの大きさの天然石を重ね、泥で塗り固めたもので、普段作業している者たちが炊事に使っているそうだ。内側には黒い炭が溜まっており、年季が入っていることが伺えた。


「やはりシーテケ単体ですと、炙り焼きがいいですね。肉と一緒に網にのせて焼くと、脂がしみ込んでもっとうまいんですが……」

「いい香り…なんとも独特ですねこれは」

「ええ、この香りがシーテケ独特のもので、苦手な方もいるんですが……大丈夫そうで良かったです」


 シーテケは火が通ると傘の表に水分が出てくる。ちょっと小さくなって表が濡れてくる、サモ13世によると、それくらいが食べごろとのことだった。


「これくらいでいいでしょう、ここで味付けにソイソースを使って……どうぞ。」


 ナズーに差し出されたシーテケは独特の香りを放っていた。焼き上がりと共に掛けられたソースが傘にしみ込んでいて、肉厚の傘を噛むたびにじゅわりと染み出し適度な塩気で彩る。


「これはなかなかの…キノコ単品でここまでのお味が出せるんですねぇ」


「でしょう? あいにく、腹持ちはしませんから、珍味の域を出ませんが……」


「弾力もなかなかで食べごたえはありますね。こうやって、柄の筋に合わせて割いてあげるとプリプリ感がよくわかります。」


「お土産にいくつか……あ! えっと……シーテケ農場ですが、これは特にダンジョンの経営や、冒険者には関係しなさそうな施設ですね」


「サモ閣下には申し訳ございませんが、ダンジョンの資産価値には特に影響しないものとして計算から除外しますね」


 完全に観光気分だったナズーだが、ここに来た理由を思い出したのか、先程までの振る舞いを取り繕うように言葉をまくし立てる。

 しかし、農場がダンジョンの評価に影響しないと訊いても、サモ13世は残念がる様子もなく、まあ当然だろうなという反応を返した。


「いえいえ、最初から分かっていましたのでお気になさらず……」

「それでは、他にサモ領にお店や工房の類はありますか? どんな小さなものでも結構です」


「そうですね、一応あるにはあるんですが……昔、木材を下流に流してたところが船着き場になってまして、そこが半月おきの市場になっています」

「えっ! 市を開ける広さの船着き場ですか、それは、ぜひ見に行きましょう!」

「そ、そんな大した大きさではないですが、ご案内しましょう」


 彼女のテンションの上がり方に不安を覚えながらも、彼は再びロバに跨った。


(――だ、大丈夫だよな? 廃墟同然だし……)


 名前こそ船着き場だが、市を除いて船はほとんど来ないし、桟橋もいまや釣りのための足場だ。きっと……きっと大丈夫だ!


 ……深呼吸、深呼吸だ。

 よし、船着き場は最悪事故を装ってでもぶっ壊せば良い。父祖の土地を守るため、なんとしてでも我が領地をディスり、けなし、無価値さを示していくぞ!


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