領内視察

「閣下、その能力を今は新人として使えるわけです。これは天の助けです」

「うむ、カランのいう事も一理あるな。」


 後10年もしたら、ウチみたいな破綻寸前の領地では彼女を雇えないだろう。

 だからこれは幸運なことなのだ。うん、きっとそう。


「ひとまず彼女の話を最後まで聞くか。ダンジョン評価の仕方がわかれば、値段を下げる方法だって思いつくかもしれん」

「その意気ですぞ閣下!」


 確認しよう。

 うちの領土はクソ貧乏だ。自分で言ってて悲しくなるが、これは事実だ。


 どんな良いダンジョンだとしても、それを経営するなんてとてもできない。なので、ギロチンにかけられない範囲で彼女の仕事を妨害し、それとなくダンジョンの査定価格を下げることが私の使命となる。


 よし、把握したぞ。ナズー殿の所に戻ろう。


「あー、失礼したナズー殿。具体的にはどういった調査を行うのかな?」


「はい!どんな道路が引かれているとか、お店の数や種類を調べます! この調査は、サモ領の経済状況の把握を目的としています」


 ふむ、貧乏自慢をすれば良いわけだな。

 ウチが誇れるものはシーテケ農場くらいだからな。たいして難しくなさそうだ。


「わかった、ダンジョンの調査は後に回すという事だね」

「はい。護衛の手配や準備のお手間があるとおもいましたので、先にサモ領の経済状況を調査しようかと!」

「あっそれもそうだね、用意しておくよ」


 ――うーん……といっても、ウチの領地にダンジョン探索のノウハウがある連中いないんだよなぁ。あれ? やばくね? ナズ―さんが怪我したら、妨害だの何だの難癖つけられて、ギロチンまっしぐらもあり得るのでは?


「ごめん、ちょっと作戦タイム」


 再度、サモ13世は執務室の隅にいき、カランとささやきあった。


「カラン、お前ダンジョン探索の経験ある?」

「一応ありますが……日帰りの歩きキノコ狩りツアーしか経験はないですな」

「ブドウ狩りとかいちご狩りの亜種だろそれ。どうしよ? ナズーさんが怪我したら大問題だし、冒険者ギルドで何人か雇おうか」


「ではギルドには私が行きます。ブロンズ級は論外として、少し高くつきますが、アイアンかシルバー級を連れてきましょう」


 私は冒険者に関してはそこまで詳しくないが、確かブロンズ級は農場の手伝いとか、宅配や買い物みたいな、戦闘が絡まない仕事をする冒険者のランクだったな。


 次のアイアン級とシルバー級は、害虫や害獣の駆除、引っ越しや行商の護衛とか、ちょっと危険な仕事をするランクのはずだ。

 うん、確かにそれくらいのランクの冒険者を募集した方が良いな。


「干しシーテケをお土産にしたらちょっとまけてくれないかな?」

「言うだけ言ってみますか。その間、ナズー殿の調査は閣下が直接見ますか?」

「うむ。どうせ何もないし、評価は上がったりしないだろう」


 カランを冒険者ギルドに送り出した後、まずはシーテケ農場をナズー殿に見せようと私は考えた。とりあえずの時間稼ぎだ。


 ウチで育てているシーテケは何の変哲もない、ただのキノコだ。その農場がダンジョン経営の役に立つとは思えない。なので最初に見せるには良いだろう。


 普通の農場なら役に立つだろうが、シーテケは違う。 

 なぜなら、シーテケは生食できないからだ。

 珍味ではあるが、生食すると腹痛、吐き気などをもよおす。


 そのため、シーテケを美味しくいただくには、必ず火を使う。

 ダンジョンの様な閉鎖空間で火を使おうものなら、シーテケの調理が終わる前に自分たちの息が詰まるだろう。


 大丈夫なはずだ、きっとシーテケはダンジョン経営に関係しない。

 一抹の不安をいだきながらも、私はナズ―殿を農場へ案内することにした。


「早速向かいましょう。道が悪いのでロバを使いますが、ご容赦ください。」

「はい! 私、ロバに乗るのは初めてなので楽しみです!」


 ナズ―殿を屋敷の外にある厩舎まで案内する。

 馬は屋根付きの厩舎にいるが、数匹のロバは外の囲いに出てきて、春の風を浴びながら暇そうにあくびしていた。


 我がサモ領は悪路が多く、領内の移動には馬よりもロバが使われている。

 馬に比べるとロバはワガママだが、私がひいたロバはナズー殿を侮ったりせず、素直に口取りをさせた。


「おう、手慣れていますな、心配は無用でしたな」


 ――そして、サモ13世もロバに跨った。

 ためらいなくそれをした彼を見て、ナズーは少し驚いた。

 

 貴族がロバに乗るなんて。帝国の貴族からしたら、お前は馬も用意できないのかと笑われることだろう。しかし、彼はそうではない。見てくれが多少悪かろうが、実用的なものを好む気風があるのだろう。


 それが好ましく思えたのか、あるいは初めて乗ったロバが楽しいのか、ナズーは柔らかく微笑んだ。


「ええ、馬より好きになるかもしれません。」


 ナズーは「やっ」という掛け声とともに力強くあぶみを踏み込んで、ロバを急き立てて前に進ませる。馬と違って、目の高さがさほど変わらないロバは、彼女にとって興味深いものだった。


 サモ13世の親しみやすさは尋常ではない。とても貴族らしからぬ人物だ。これはきっと、彼が普段からロバを使うことにあるのではないだろうか?


 馬に乗ると人々を見下ろす形になるが、ロバに乗っても目線はたいして変わらない。これが彼の腰の低さに関係しているのだとしたら面白いな。ロバの背に乗りながら、ナズーはそんな事を考えていた。


 さて、サモ領でまともな道路は、シーテケ農場からワールイ帝国の幹線道路まで繋がる一本だけだ。その道さえ幅は狭く、馬車がすれ違うのは不可能だ。


 農場から領地の各所に繋がる支道は、更に狭い。それに、石と泥だらけで傾斜もきつい。とても馬や荷車が行ける道ではない。しかしロバはそんな悪路をものともせず、その足腰で乗り越え、シーテケ農場へ向かう坂を上っていった。


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