冒険者たちの到着

 私が口裏合わせのための具体的な内容を思案していると、カランが屋敷に帰ってきた。彼が連れてきた冒険者は全員で3人。アイアン級の冒険者が2人と、シルバー級の冒険者が1人だった。


 アイアン級の冒険者は年若い戦士と治療師の二人組。装備は革鎧やローブといった軽装で、戦士の方は剣と盾を持ち、治療師は若木の杖か。


 他方、シルバー級の冒険者は、帝国の古参兵が着るような、上半身を覆う板金鎧に、バイザー付きの重兜だ。兜の中には、深いしわの刻まれた老兵の顔があった。

 獲物は年季を感じさせる戦槌……冒険者になる前は帝国兵だったのだろうか?


 シルバー級とはいったが、シルバー人材をつれてこいといった覚えはないのだが……うちが出せる金では、新人に毛の生えた程度の冒険者と、退役兵しか集められんということだろう。なにもかも貧乏が悪い。


「ご苦労だったカロン。さて……既にこの者から聞き及びとは思いますが、冒険者の皆様に、再度説明しましょう」


「明日、ダンジョンの調査を行います。そして皆様にはこちらのナズー殿の護衛をお願いする。もし手に負えない脅威と遭遇したら、生存を第一に行動して欲しい」



「深部にはいくのか? よくわからないダンジョン、それも一番槍となると危険が付きまとう。正直不安しかないんだが……」


 剣と盾をもつ青年がこちらに問いかける。疑問はもっともだが、こちらも情報が少ないのだ。しかし、不安をそのままにして、変えられてしまったら困るな……。ダンジョンを発見した兵士に、もう少し詳しい話を聞くべきだな。 

 

「カラン、ダンジョンを発見した兵士を今すぐ呼んでこれるか?」

「もちろんです。イナズンに見聞きしたことを語らせましょう」


 しばらくして、カランは立派な口ひげを生やした壮年の兵士を連れてくる。彼はカランに話をするよう促されると、ゆっくりと口を開く。

 その語り口は、どことなく重苦しい雰囲気を感じさせた。


「あれはですね、いい陽気の日だったんですよ、まあ巡回日和っていうんですかね? 私たち、本当に普段は同じ道しか歩いてないんですよ」


「いつもはちゃんと巡回するんですよ。でも、その日は本当にいい陽気だったもんで、ここで私の隊の若い、仮にA君とでもしておきますかね、彼が、『あー、かまいやしねぇ、ちょっと道を外れて、昼寝でもしてやろう』って、そんなこと言い出したんですよ」


「私もつい、『良いねぇ』なんて言っちゃいましてね、わき道にそれてなんか昼寝によさそうな場所でも探そうと思ったんです」


 イナズンの語り口は独特で、非常に早口であった。にもかかわらず、なぜか聞き取るのは難しくなかった。私たちは不思議と彼の話に引き込まれる。


「で、脇道にそれて、森の中をでーって行って、森の中なんですよ? 道なんかないんです。でもその時は何だか知らないけど、ずんずん進めちゃった。今考えるとおかしなもんですよね。」


「30分くらい歩いたかなあ? すると段々寒気が増してくるんですよ。ついさっきいい陽気だって言ってたのにですよ? 急に寒くなってきちゃった」


「A君もこりゃあいけねえや、早い所もどるかどうかしないといけねえなって言い始めた。雨にでもなると嫌ですからね。でも何でこんなに寒いんだろうな? 変だな? って思っちゃった。」


「道を戻るんですけどなんか嫌な感じがする、寒気だけじゃなくて何かぞぉっとする。嫌だなー、怖いなー、そんなことを思いながら進んでいると、それに集中しすぎちゃってたんでしょうね、私が足を滑らしてずるぅって転んで、森の坂をだーッて滑り降りちゃった」


「うわーどうしようって思ったけどもう遅い、坂に掴むもんなんかないんですから。滑り降りていくと、どーん!って何かに尻がぶち当たった、いってぇーって思って、もう夢中ですよね」


「おい大丈夫かーなんていうA君の声が上の方から聞こえてくる。」


「大丈夫だ―って返事をして立ち上がろうとすると「ぱき」なんていう何かが割れた音がする。なんだぁ? って思って見てみるとそれ――」


「人間の白骨死体。その頭だったんですよ。それ、私の足が踏みつけてたんです」


 きゃぁ、わぁ、うひぃなど思い思いの悲鳴が聞こえる。

 ダンジョンの報告のはずだったのだが、なぜか怪談話になっていたので、カランが軌道修正させて要点をかいつまむ。


 ・ダンジョンの広さは手掘りの洞窟のようで、数人が並んで入れる広さ。

 ・ウルフやジャイアントスパイダー、妖精種のコボルドが居たため、ダンジョンと判断。

 ・ジャイアントスパイダーに毒はなく、コボルドからは魔法も受けなかった。

 ――とのことだった。


 ナズーの何か拾えたりはしなかったのか? という質問には、特に金品の類は落とさなかったという答えが返ってきた。イナズンを疑うわけではないが、サモ13世は疑問に思ったことをナズーに聞いてみることにした。


「ダンジョンの生物が弱かったら、大したものが出ない。そんなことあるんですか?」


「はい、大抵はそうです。強力な生物が住んでいるダンジョンほど、貴重な物品が出る傾向がありますね。勿論、例外もありますが…先祖の蔵の中がダンジョン化したとか、そういった本当に例外中の例外ですね」


「ただ簡単な敵が出るだけのダンジョンですと、どういったような評価に?」


「うーん、やはり兵士の教育とか、初心者冒険者の為の練習用という評価ですね。ですが、サモ領ですと移動の手間がある分、通常の訓練場よりちょっと高い程度の価値、となるとこれくらい……」


 ナズーが算盤そろばんを弾く。その玉が表す数字をみて、サモ13世は喉の奥で唸った。


 ――ナズ―殿がはじき出した数字は、割と馬鹿にならない値段だ。

 運動場の相場は解らないが、うちのシーテケ農場4つ分くらいの額になっている。いや、シーテケ農場を比較するのは良くないだろう……丸太おいてるだけだし。


 これは計算が狂ってしまったな。

 冒険者たちに苦戦の演技をさせることが、良いかどうかわからないぞ?


 ううむ、どうすればいい? ――そうだ!

 ダンジョンの敵に手ごたえがなさ過ぎて、初心者の練習にすら使えない。そういう風に結論を誘導すれば、評価価格をさらに抑えられるかもしれない。


 それならば、私もダンジョンの調査に同行するべきだろう。

 最初に考えたのと逆をやるのだ。つまり少しでも頭数を多くして、ダンジョンの敵を圧倒するのだ。ダンジョンが楽勝すぎる。そういう印象をナズー殿に与える。


 よし、これでいこう。

 私がカランに耳打ちして真意を伝える。

 すると、彼も首肯したので話をこう切り出した。


「聞いた内容から思うに、ダンジョンはそれほど危険ではない様子。私とカランもお供いたしましょう。こう見えて、武芸の心がないわけではないので」

「よろしいのですか、閣下?」

「もちろんです。私もダンジョンがどうなってるのか、領主として見ておかねば」


 そもそもこの場の責任者は私だからな、ナズー殿でも止めようがない。

 よし、わが領地の未来のために武器を振るう時が来たな。


 ……しかし、戦う相手が異国の侵略者や反乱者ではなく、税金というのが、なんだかしまらないなぁ……。悲しくなっちゃう。


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