いざダンジョンへ
――そして後日、一行はダンジョンへと到着した。
ダンジョンは木々に覆われた山の中腹にあり、入り口は膝の高さまである草と、上から垂れ下がるツタ類に覆われていた。
イナズン達はよくこれを見つけたものである。
古い丸太で入り口が補強されているが、きっと彼らが気を効かせたのであろう。
……どこから持ってきたのか? それは問わない方が良いだろう。
「これは何とも。邪悪や恐怖とは無縁そうな……ただの穴ですな。」
最初に口を開いたのはシルバー級冒険者の爺さんだった。
名前は確かマーゴ=ノサイフとかいったか。
「確かに、マーゴ殿から見てもただの穴なら、気負う必要はありますまいな。」
そういって私はサモ家に伝わる棍棒を握りしめた。
棍棒の素材は、サモ領の選りすぐりの古代杉だ。その古代杉の中でもわずかにした採取できない、先端の最も固い部分を用いている。
古代杉というものは1000年以上にわたり大地の魔力、すなわちエーテルを集めている。見た目はただの木の棒だが、この棍棒は鋼鉄よりも頑丈で軽い。
さらにこういった自然物を利用した武器は、年を経るほど性能が上がる。
ゆえに棍棒は貴族が代々使うのにふさわしい武器なのだ。
私は棍棒を握りしめ、決意と共にダンジョンの中に入る。すると、すっと気温が下がるのが解った。照明は冒険者たちの掲げた松明だけなのだが、不思議と洞窟の先まで見渡せる。松明のオレンジ色の明かりが届かない場所でさえも、ほのかに青緑色になった岩肌の様子まで確認できた。
私はこれを不思議に思ってあたりを見渡していた、するとナズー殿はこれに何か得心がいったらしく、楽しげに語りはじめた。
「なるほど、この不自然なまでの見通しのよさ、ダンジョンに間違いないですね。この現象はダンジョンの魔力の濃さと関係しています。何でも空間の魔力が濃いと、光もよく伝導するとか」
「はあ……魔力ですか。なんにせよ見通しが良いのは助かりますな」
「閣下、少し先にウルフの群れがいる、気付かれる前にやっちまおう」
マーゴが指さす先には、大型犬程度の大きさのウルフの群れがいる。
群れは地面に座りこんでいたが、私達に気づくと何頭かは立ち上がり、こちらを伺う様子を見せていた。
「ここはアイアン級の連中にやらせよう。こんな安全に経験を積める場所はそうそうお目にかかれないからな。」
ええい、爺!余計なことをいうんじゃない。値段が上がっちまうだろうが!
――なんだその顔、いいアシストしてやったぜみたいな顔するな!
「非戦闘の依頼をこなすブロンズ級の次がアイアンですが、戦争が終わっちまった今、きったはったの戦闘は生まれて初めて、なんていう連中もざらにいるんでさぁ、とくに都市部の連中は経験が少ないんですよ」
そう言ったマーゴの言葉を、ナズー殿はめざとく拾い上げる。
「なるほど、人口密集地のダンジョンは往々にして高難易度ですからね……となると、サモ領の様な交通の便が悪い所でも、冒険者さんたちは来たいと思いますか?」
「だと思いやすぜ、……剣に振り回されてるな、盾の影から突くんだ!
――ああもう!行ってくる!」
アイアン冒険者の戦いぶりに我慢ならなくなったマーゴは、彼らを助けに行ってしまった。おいおい、これでナズー殿を守るのはカランと私だけじゃないか。
まったく、クレームもんだぞ。
ともかく、この流れを混ぜっ返さねば。
「アイアン級なりたてでは、ちょっときつそうですな。しかしシルバー級にはぬるすぎるとなると……このダンジョンの難易度はいささか中途半端なのでは?」
みろ! このわたしの絶妙なフォローを!
フォローというのはこういうモノのことを言うのだ!
「確かに、小物だけというのは気になりますね。ダンジョンはこういった小物に加えて、リーダー格となる生物がいて、グループを率いているはずです」
ナズー殿は考え込む様子で、鞄の中から一冊の革張りの表紙の本を取り出した。その分厚い本のタイトルは『ダンジョン博物誌』とあった。
「やはり……グループが単一種で形成されている時、それはダンジョン内のモンスターの強さに変化があった時、とあります。」
「……それは一体、どういう意味です?」
「つまりこのダンジョンは、リーダーを争っている状態にあるということです。以前のリーダーを脅かす、なにか強力な生物が現れて、そのリーダーどうしが争っている。だからウルフを率いるモンスターが居ないわけです」
そう言ってナズー殿は本をしまう。本と入れ替わりに短剣を取り出し、抜き身にして逆手に持つと、ぴりりと張り詰めた雰囲気を身にまとった。
短剣は柄も含めると、手のひら3つ分くらい長さで、片刃の剣身は緩く弧を描いている。確かあの短剣は……東国の武器だ。たしかタントウとか言ったか?
ナズ―殿は珍しいものを持っている。いやそれよりも――
「……なんですと? つまり、もっと強い敵がいると?」
その時、ウルフたちと戦っていた冒険者たちの方から悲鳴が上がる。サモ13世とナズー達がそちらの方を見やると、ウルフと冒険者たちは全員が昏倒しており、その中心には――身の丈3Mはあろうかという【シーテケ】が立っていた。
立っていた、というのは不正確かもしれない。
そびえて居た、というのが正しいだろう。
見知ったシーテケのこげ茶色の傘の下には粒の様な二つの双眸があり、その繊維質の体は実に白く、なめらかであった。シーテケの肉体は動くたびに膨れ上がり、皮膚の下の筋肉の強さを感じさせる。
色、形、雰囲気はシーテケそのものであるのだが、明確に違う部位があった。
本来まっすぐであるはずのシーテケの柄の部分には肩と腕があり、腕の先には4つの指があった。その腕でもって冒険者たちを、こともなげに殴り倒したのだ。
普段冷静なはずのカランが恐慌を起こしたような声で叫ぶ。
「サモ閣下、あれは…『歩きキノコ』です!!いや、『歩きシーテケ』です!!」
その声に反応して歩きシーテケがこちらにむき直る。どう見ても耳などはなさそうなのにどうやって気が付いたのか? 心臓が握りしめられるような緊張を感じ、サモ13世は無意識のうちに棍棒を強く握りしめていた。
歩きシーテケはその図体に似合わない機敏さでこちらに走り込んでくる。
それなりに重量があるのか、ドスンドスンと次第に大きくなる振動を伴いながら向かってくる。これでは歩きシーテケならぬ走りシーテケではないか。
しかし、サモ家は13代にわたって続いてきたのだ、ここで終わりにするわけにはいかないという決意が私を奮い立たせた。
「イヤーーーー!」と叫ぶと棍棒を振りかぶり、走り込みから突き出されたシーテケの4指の拳、その正拳に棍棒の打撃を合わせた。
我が家に伝わる棍棒は寸分の狂いもなく、その拳の威力が最も高まった瞬間に芯を合わせてぶち当たった。その瞬間、乾いた大きな打撃音と共に洞窟に光が満ちた気がした。
歩きシーテケはその正拳突きを返されていた。一瞬、ほんの一瞬だったかもしれないが、ぴたりと歩きシーテケの動きが止まった。
あとで考えてみれば、奴は生まれてこの方、自分の正拳突きを受け止めたり、うち返すやつに出会わなかったのかも知れない。だから……その瞬間、何が起きたのか、次に何をするべきかわからなかったんだろう。
私は歩きシーテケが凍り付いたその瞬間を逃さなかった。最初の一撃を支えた右足を蹴って、その反動でもって振り抜いた棍棒を返す刀で歩きシーテケの傘、人間で言えば頭の部分に叩きこんだ。
しかし、肉厚の傘はその渾身の打撃を吸収するのに、十分すぎるほどの弾力性と厚みがあった。叩きこまれた棍棒はぽよよんと跳ね返り、傷一つ残さない。
歩きシーテケはこきこき、と肩を鳴らすように傘を左右に揺らすと、何も声は発しなかったがにやりと笑ったように見えた。きっと(ようやく骨のあるやつに出会ったようだぜ)とでもいっているのだろうか。
単発の打撃では意味がないと悟ったのか、ワンツー、ワンツーと歩きシーテケは左右の拳を繰り出すようになっている。
シーテケは確実に戦いの中で格闘術を学んでいた。
その単純に強い膂力の前に技量は意味をなさなかったが、サモ13世という好敵手を得たことにより、『歩きシーテケ』は今まさに『
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