死闘

(俺の覇道に障害は多いほどいい、ククク……)とでも言っているのだろうか?

 歩きシーテケは次第にその動きがこなれてきている。やつは確実に私の棍棒術に対応し始めていた。


 それに加えて、こちらが使う武器は棍棒。打撃武器である。シーテケの弾力性を越えて傷つけるのは困難を極める。一体どうしたら良い?


 ――閣下は私を守るために、必死に撃ち合っている。しかしシーテケはびくともしていない。いずれ押し切られてしまうだろう。

 

(生半可な打撃ではシーテケは倒せない。けど、いくら2足歩行で格闘術を学ぼうと、あれはシーテケ……何か方法があるはず…そうだ!」


 私は身を低くすると、ネズミのように戦いの間をかいくぐって、シーテケの足元までたどり着いた。新手に気付いたシーテケが私に向かって拳を飛ばすが、背の高さが災いして、身を低くした私には届かない。


(やっぱりか!)


 シーテケはその弾力を生かして体をねじり、その反発力から強力な打撃を生み出出している。だが、これは水平方向に限られ、縦に対しては体をねじることができない。そのため、そのため、歩きシーテケは上下の動きに対して反応が鈍い。


(思った通り、シーテケには腹も胸もない、縦の動きには対応しずらいんだ……。

――ならこれでどうだ!)


 私は滑り込んだ先で、タントウの切っ先を歩きシーテケに突き刺すと、両手で一気に上へ持ち上げる。すると、白磁のようになめらかな柄は、繊維に沿ってするすると裂けていく。


 私はその裂け目に対して両手をねじ込み、かき分けるように一気に開いた。

 するとどうだろう、タントウで作った裂け目はさっと上下に伝わっていき、巨大な傘まで到達してばっくりと裂けてしまった。


 真っ二つに裂け、どう、と地面に倒れ込むシーテケ。

 すると、さっきまで暴れ回っていたのがウソのように動かなくなった。


「勝った……のか?」閣下が残心の構えをとりながら取りつぶやいた。


「ナズー殿はいったい何を?あれだけ強靭なシーテケを、いとも簡単に切り割いてしまうとは……」

「シーテケ農場でキノコを試食した時のことを思い出したんです。ほら、シーテケは繊維にそって引っ張ると、勝手に切れていったでしょう」


 閣下は得心がいったのか、棍棒を持ったまま、はたと手を叩いた。


「なるほど……歩きシーテケといえど、所詮はシーテケ。その特性までは換えられない。ナズー殿に助けられましたな」

「いえいえ、閣下の奮戦あってこそです。私一人ではとても」

「しかし、この歩きシーテケは、一体どこから現れたのやら」

「……あっ、入り口の丸太」

「あっ。」


 入り口には、補強に使われていた古い丸太があった。そういえばシーテケも古い丸太に生えるのだった……。きっとあそこからシーテケが生えて、ダンジョンの魔力、エーテルにあてられてモンスター化したのかもしれない。


 サモ13世は、考え込むような動作を取った。その口端はひくひくと痙攣し、上に行こうとしている。彼は喜色が表情に出ないよう、喜びを必死に抑えているのだ。


 ――これだけ危険なモンスター……いや、シーテケだが、そんなものが出るダンジョンでは練習場としての価値はダダ下がりだろう。


 ロクなものが出ないうえ、不釣り合いに凶悪なシーテケがいるとなれば、わざわざ大金を払ってここまでやってくる奇特な者はおるまい。


「練習用どころか、実戦に慣れてるはずのシルバー冒険者までやられてしまいましたな……これではダンジョンとしての価値は殆どないのでは? このシーテケを戦利品とするわけにもゆきますまい」


「確かに。強い割に何か落とすわけでもないとなると……かなり厳しいですね」


 ナズーは、「あっ」と何かに気付いた様子で、ダンジョンの奥を見た。


「こんな事をしてる場合では! 冒険者達の様子を見ましょう。場合によっては、体勢を立て直した方が良いのでは」

「そうでした、治療師の息があるとよいのですが……」


 応急手当の心得があるナズーを中心として、手当てを行ったが、冒険者たちは幸いにも昏倒しているだけだった。


 シーテケ特有の弾力のせいだろうか? 歩きシーテケの拳には、衝撃力はあっても、そこまでの破壊力はないらしい。


 へこんだ盾を嘆く剣士に、マーゴは│はくが付いたと思えと鼓舞していた。

 冒険者が負傷したのを見たナズーは、この探索を打ち切ろうとした。

 しかし、意外にもこれに異を唱えたのは冒険者たちだった。


 もう少し探索して、何か値段がつく物を持ち帰らないと、とても割に合わないという事だった。アイアン級冒険者の剣士、カマセーという青年は、特にそれを気にしているようだった。


「サモ領はあまりに店とか無さ過ぎなンだよ。俺たち冒険者はカバンの隙間に交易品を忍び込ませるのが普通でね、香辛料や針とか布みたいな、軽くて良い値段がつくような奴をね」


「単純に土産ってのもあるけど、やっぱ小遣い稼ぎにはなるんだよ。荷物の隙間に入れてる程度の量なら、商人と違って税金とられることもあんまねぇからな。」


「なるほど、冒険者もそういったことを……その視点はありませんでした」


 ふむふむと帳面にメモを取っていたナズーだが、ふと何かに気が付いて、口元に手をやって考え込んだ。


「ダンジョンの評価とは関係なく、ひとつ気になることが」

「何でしょう? ナズー殿」

「イナズンさんの報告では、このダンジョンにはコボルドが居るはずですが、彼らの姿を見ません。一体何があったのかと思いまして。」

「そりゃあ……歩きシーテケにやられちまったンじゃねぇの? コボルドってのは小さくて、弱っちいし」

「いえいえ、小さいなら、なおさら無事なはずです。」

「どういうことだ?」

「先ほど戦った様子ですと、歩きシーテケは自分より低い身長の相手を苦手とするようでした。きっと胴体が長く太いせいで、屈むことが出来ないためかと……」


「なるほどな、それが解ってりゃ次は不覚を取らないぜ。まあ相手の動きを見ようとしてたら、いきなりぶっ飛ばされちまったがよ。」


「話を戻しますが、ナズー殿が言わんとするところは……歩きシーテケはコボルドが不得手、一方、コボルドも歩きシーテケには決め手を持たなかった。それで均衡状態にあったと?」

「はい。ですのでコボルドさんの様子を見たいのです。調査の為に確かめたいこともありまして」

「でしたら先へ進みましょう。冒険者たちも名誉挽回といきたいでしょうから」

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