コボルドを求めて

 私達がウルフやスパイダーを蹴散らしながらしばらく進むと、手掘りの荒々しい岩肌だったダンジョンの様相が変わってくる。


 幾重にも曲がりくねっていた洞穴は、直線的なトンネルになり、壁と天井は鈍色にびいろの金属のパネルで補強され、等間隔で光源が埋め込まれていた。


 トンネルの天井には、屋根を支えるためのアーチがあるのだが、幾重にも鉄棒を交差させたそれは、リベットも無しに留められている。明らかに人為的な加工。それも帝国の都市部で見かけられるものより、高度で精緻せいちなものだった。


「一体なんだこれは?ダンジョンにどうしてこんなものが?」


 私が驚嘆の声を上げると、ナズー殿は壁の補強部を触って、目を輝かせる。


「この様式はワールイ帝国以前の、アイチ=タヨト藩国のものですね。3つの楕円が大きな1つの円の中に収められている文様、これは藩国の伝統文様です」


 私は驚きを隠せなかった。藩国と言えば600年も前の国だ。それが錆一つなく、こんなトンネルを残しているなんて……。


「ではこのダンジョンは、その藩国の遺跡か何かだと?」

「だと思います。藩国は妖精族の力を借りて、国を豊かにしていたと聞きます。この補強部を見てください」


 ナズー殿はトンネルの壁の補強部を指差した。壁は何枚かの金属の板を継ぎ合わせて作られているのだが、鉄板には鋲の一つもなく、その継ぎ目は滑らかだ。

 指でなでると、わずかな段差に気づくが、目視ではほとんどわからない。


リベットは無く、槌で叩いた後も、鉛や錫で鋳掛いかけをした様子もないです。これは、コボルドの金属魔法だと思います。彼らはエーテルを使うことで、金属を自由自在につなぎ合わせられると聞いたことがあります」


「しかし…コボルドは低級モンスターなのでしょう?彼らにこんなことが?」


「とんでもない! 低級、上級の区分は脅威度をもとにして、冒険者組合が勝手に決めた定義です。コボルドが持つ文化的、技術的な程度とは一切関係ありません」


「しかしこれは面白くなってきましたね。彼らがこれだけのものを作り上げているという事は、ここはかつて藩国の産業拠点だったのかもしれませんね?」


「良かったですね、サモ閣下!」

「はぁ……」


 ナズー殿の満面の笑みに、私は生返事で返すしか無かった。


 コボルドのやつら、なんて余計なことをしてくれたんだ!

 よりにもよって産業拠点だと!? ダンジョンというだけでもこちらは困ってるのに!? しかも見た様子だとかなり高度ではないか……。


 万が一、とんでもなく高価なものが発掘されたら、うちは終わるぞ?

 ――ん、待てよ?


「このダンジョンのコボルドたちが退治されてしまったら、ただの洞穴に逆戻りしてしまうのでは? ダンジョンとして扱うこと自体に問題があるような……?」


「ですので、そこは直接本人たちに聞いてみようとおもいまして……ね?」


 微笑んだナズー殿が振り返り、トンネルのアーチを指さすと、その先には黒く丸い毛玉のような物体が鉄棒に抱きついていた。


 その表面はふわふわとした毛に覆われており、三角形の尖った耳が2本、ぴんと空に向かって生えている。その毛玉が床に飛び降りると、ぽんぽんとリズミカルに跳ねて彼女の足元にまでやってくる。


 毛玉はふんふんと鼻を鳴らすような仕草をして顔を上げると、くりっとした黄色の目を瞬かせて、興味深そうにナズーに視線を投げかけた。


「コボルドさんですね、別名『狗鬼』とも言われますが…」

「鬼というよりは、率直にいって耳の生えた毛玉ですな。これを相手にするのは、いじめか何かでは?」


 当然すぎる疑問を口にした私に、マーゴが答える。


「わしらの知ってるコボルドと違うぞ? 普通のはもっとこう……犬っぽい」

「歩きシーテケが異様な強さでしたし、彼らがダンジョンの魔力を奪ったとかで、コボルドの存在が曖昧になってるのでしょうか?」


「魔力が薄いと、妖精族の形がぼんやりする、というのは知識で知っていましたが、こんな感じにフワフワになるんですねぇ…」


 そんなことを言っていると、コボルド(?)は身振り手振りをして、ナズー殿に何かを示しはじめた。


「はぁ、掘って…トンカチ? きっと鍛冶でしょうか……?

――なるほど、それでそれで?」


 毛玉は拳を素振りし、パタリと倒れる。

 ぬいぐるみのような見た目も相まって、じつに可愛らしい。


「ワンツーパンチ、くるくるばたん……なるほど、それで隠れていたと。」

「コボルドが何を伝えようとしているのか、わかるのですか?」

「ええ、大体ですが、わかりますよ、ふむふむ……」


「どうやらコボルド達がこの鉱山で暮らしていたら、キノコのお化けが出てきて大変だったと。それで、私はキノコを倒したので、コボルドさんが褒美をくださると。それはありがとうございます。」


 コボルドは嬉しそうにくるくると回って、どこから取り出したのか? 銀白色に輝く小さなつるはしをナズーに差し出した。


 彼女がそれを手に取ってみると、驚くほど軽く、取り回しがよかった。軽く何回か素振りをしてみたが、ナズーの小さな手首にも、ほとんど負担がかからない。


 ツルハシの先端と握りのバランスがとれている証拠だ。試しに重心と思わしき部分を、人差し指の上に乗せてツルハシの釣り合いを測ってみると、地面と平行にぴたりと止まった。


「全く揺らぐ様子はありませんね……凄い精度。それに骨のように軽いですね」

「ナズー殿、それは……銀のツルハシですか?」


 恐る恐るサモ13世が聞くと、ナズーは首を横に振って答えた。


「似ていますが違います、これはコボルド銀ですね。加工は難しいのですが、錆や酸に強く、軽く強度があります。藩国で工具に用いられていた金属です」


「友好的なコボルドさんたちが言うには、歩きシーテケを退治してトンネルの平和を守ってくれるなら、こういった道具を分けてくださるそうですよ!」


「――よかったですね、サモ閣下! このダンジョンは弱いモンスターが住んでいても、ダンジョンの由来のおかげで高級品が手に入る、例外中の例外の超優良ダンジョンでしたよ!」


 私はトンネルの壁に寄りかかってうめいた。ナズー殿はそれが私の喜びのあまりの反応と捉えていたが、内心は全くの逆であった。


(バカな……どうしてこうなるんだ。オォン――俺はまるで人間の形をした不幸そのものだ)


 まさかシーテケが俺を裏切るなんて……あの日、金網の上で俺たちは約束したじゃないか!!


 そんな在りし日の、存在しないシーテケとの友情を幻視するサモ13世を他所に、冒険者たちはやたらと盛り上がっていた。


 他にも作れる道具はないかだとか、リクエストにも答えてくれるのか?

 そんな喧噪も、もはやサモ13世の耳には届かなかった。

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