で、価値は?


 コボルドたちにお土産をもらった我々は、ダンジョンを抜け出し、館へもどって休息していた。帰ってきて間もないが、ナズー殿はこれからダンジョンの価格評価をするらしい。熱心なことだなぁ。


 これには領主である私はもちろん、カランや冒険者たちも同席する。ナズー殿のする評価に、感覚的におかしい部分があれば提案や助言をしてもいいらしい。


 という事は、ここがダンジョンの評価を下げるラストチャンスになる。

 だんだん胃が痛くなってきたぞ…。


「では、サモ領のダンジョンの評価を始めます。まず脅威度の評価についてですが――まあまあ普通というところでしょうか」


「単体でシルバー級冒険者をくだす『歩きシーテケ』という脅威はありますが、攻略法があり、なおかつ魔法を使うモンスターがいませんので、難易度はアイアン+という評価です」


「まあ妥当な評価なンじゃねえか? 倒し方さえわかっちまえば、ツエーはツエーけど、どうとでもなるぜ!」


 私は表面上は平静を装ったが、心の中で悪態をつかずにはいられなかった。


 ――くそっカマセーのやつ、強がりやがって!

 後から聞いた話では、歩きシーテケに真っ先にしばき倒されてたのはお前だろ……何という恥知らずか!! このような無礼を許すサモ13世ではないわ!!


 私は立ち上がると、自分の意見を述べた。


「サモ家の棍棒を耐えきった歩きシーテケがその評価というのは、いささか低すぎるのではないですか? 私の棍棒は兜ごと頭蓋を叩き割れるのですぞ?」


 カランとシルバー冒険者のマーゴが同意して頷く。

 マーゴは挙手して後、ナズーの許しを得て発言する。


「打撃武器を好む冒険者は存外多い。攻略法があるとはいえ、アイアン+というのは同意しかねる。歩きシーテケは物理攻撃の攻守面でシルバー級上位に入る。弱点があったとしても、優れた部分は無視できん」


「であれば……難易度はシルバー級としましょうか。サモ領のダンジョンの脅威度は高いと評価しましょう」


 ナズーの決定にサモ13世はほっと胸をなでおろした。

 この調子で価格の評価を下げ続けられればいいが……。


「次にダンジョン内で得られる物資ですが――素晴らしいの一言ですね!」


「コボルドさんは、歩きシーテケの駆除と引き換えに、コボルド銀の工具や、日用品を提供してくれるそうです。あとサモ領の不要な木材の話をしたら、それも燃料として引き取りそうで……引き換えに製品と交換してくれるそうですよ」


「ですので、生産価値に関しては極めて高い、という結論になるかと。」


 なんかコソコソ交渉していたと思ったら、そんなことまで……!?

 あかん! このままじゃサモ領が死ぬゥ!?


「コボルド銀の製品の価値が高いのはもちろんわかりますが、耐久性が高いという事は、一度買えばもう十分という事を意味します。いちど行き渡ってしまえば、その価値は下がる一方なのでは?」


 そう発言したのはカランだ、さすがの視点の鋭さだ。


「それに関して言えば、コボルドの生産量はともかく、冒険者個人が持ち運べる量は多くありません。希少性はそう変化しないかと」


 ナズーのその指摘に対して、冒険者たちは肯定の意を示した。


「そうですね、私たちは荷物増やしたくないし、行商人みたいにカバン一杯に持ち帰るなんてできないです。精々2、3品目をカバンの底に入れるくらいです」


「はい、ですのでコボルド銀製品の価格は高止まって安定すると思われます」


「そしてインフラの評価ですが――悪いの一言ですね」


「産業は貧弱でポーションや武具の補給は望めません。宿泊施設も衛生施設も存在しないため、長期滞在はできません。交通の利便性に関しては、陸路の輸送キャパは貧弱ですが、河川交通はそれなりの潜在能力を持っているのが見込めます」


「以上を踏まえ、サモ領のダンジョンの資産価値は――ワールイ金貨にして200枚というところが相場でしょうか」


 ワールイ帝国の通貨は、国家間の決済用であるワールイ金貨、商家が使う貿易用のジャーク銀貨、そして一般人の使うゴク銅貨と別れている。


 それぞれの相場をイメージするのは、そう難しくない。


 1ワールイ金貨は町人の1年分の収入。

 1ジャーク銀貨は麦1樽、つまり大人1人の食費1月分だ。

 ゴク銅貨はパン一切れ、1食分といった具合だ。


 現在の相場だと1ワールイ金貨はおおよそ15ジャーク銀貨といったところか。

 基幹通貨は銀貨であり、麦の価格によってその価値が変動するので、両替商に聞かないと価値が解らない。帝国の貨幣制度はなかなか複雑なのだ。


 ――ちなみにうちのシーテケ農場の価格は5ワールイ金貨だ。

 つまり今までの40倍の固定資産税がかかるという事か。うん、絶対に無理!!


「サモ領の懐事情からすると、とても維持できる価格ではありませんな……固定資産税がいまの何十倍にもなります」


 カランが冷静で的確に絶望的なことを教えてくれる。

 もはやここまでか…やはりシーテケ農家になるしかないか…。


「売却か放棄ですな。口惜しいがですが、維持できないものを抱えることは――」


「お持ちください。」


 私の言葉を、凛としたナズーの声が遮った。


「その判断はいささか性急かと。サモ領のダンジョンの価値と領地の現状がそぐわないのは確かです」


 ナズーは少し難しそうな顔をして続ける。


「そうでなくても、馬鹿正直にすべてを申請したら破産待ったなしでしょう」


 ――ん?


「ですので、ちょっとだけズルしましょう♪」


 おいおいおいおい? ナズーさん? ちょっと怪しくなってきたよ?


「大丈夫です、全部合法な範囲でやりますから。法治国家で禁止されてないことは、すべて合法です」


「あー、ナズー殿、それ冒険者たちの前で言っちゃって大丈夫なやつ?」


「はい。冒険者さんたちに広めてほしいことがありますので。ここは大胆かつ繊細にズルをしようかと」


 何だこいつ?! 優等生かと思ったら、やべーやつじゃねえか!?


「たしかにうちの財政は厳しいので、できることがあるならそうしたいところですな。しかし……ナズー殿がそこまでする真意はなんです?」


「はい、ダンジョン鑑定って、定期的に更新を行うのが普通なのですが――それは以前担当した鑑定士が行うのが普通なんですよね」


「ですけど、国の所有になるとそれはまず行われないので、私の仕事がひとつ無くなっちゃうんですよね?」

「なのでこれを機に懇意こんいにしてもらえると非常に助かります!」


 カランよ……本当にとんでもない奴を連れてきてしまったな?


「ですので、この私、ナズーの秘策を皆様に伝授しますよっ!」

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