法律は弱者より知る者を守る

 そこに提示されていた額は、4ワールイ金貨。何度もしつこく確認したが、これだけの額の金がもろもろさっぴいた上でサモ領に残るらしい。


「本当に、本当にこれだけの額が残るのか……!?」

「いえいえ、実際運用してみないと解りませんよ、あくまでこれは収入見込みですから」

「しかし、にわかには信じられませんな、帝国の法律がこんなにガバガバだったとは……」


 カランが眉間にシワを寄せてうめく。


「ガバガバといいますか、ワールイ帝国の法律って、他国を併呑した歴史のせいで、基本的に人間を信用してなくて、法が生き方を決めるイメージなんですよね」


「多民族が多いから、常識や慣習という不文律を法の基礎に使えなくなり、理論的な法体系を選ぶしかなくなって――結果、穴だらけなんですよ」


「なので、この状況で悪い奴を探すとしたら、その人は帝国の立法機関に属してるはずなので、お気になさらずですよ」


「ナズー殿、恐ろしい人だ……」

「そうですか? 私はこの状況を放置してる帝国の方がよっぽど怖いですけど。」

「……それは何故ですかな?」

「私たちの行いそのものが示す通り、帝国法はその条文の間をすり抜けて得をすることができます。でもこれはその影で誰かが損をしています」

「法律を学ぶことが、そんな見知らぬ誰かに負担をかけ、順法意識を下げる力を持つ、私が恐ろしいと感じているのはこの点ですね」


「法律とはそういうものなのでは?」

「それは私たちがワールイ帝国の法しか知らない所為ですね。法は規範でありその国に住む人の常識になります。」

「………ナズー殿、一つ気になっていることがあるのだが、よいだろうか?」

「なんでしょう?」


「歩きシーテケの弱点を広く知らせると、ダンジョンの価値はどれだけ上がる?」

「そうですね140ワールイ金貨になり、最終的な収入は3ワールイ金貨になるかもしれません。……気休め程度ですよ」


「私は歩きシーテケの弱点を隠すことで、自らの私腹を肥やし、代わりに傷を負う冒険者の事を無視しようとしていた。そのことを恥じるべきだと、いまナズー殿の言葉で思ったのだ」


「クレーンは……、邪魔だからいいや。」

「まあ、ええ、クレーンは……邪魔ですからね。」


「わしは腹を決めたぞ、カラン、まずは海軍で不要になった艦船を探す」

「はい、では容量の多い輸送艦を探しますか?」


「いや、そうではない。目星をつけたいのは輸送艦より砲艦だ。砲艦は甲板が上下に細かく分かれているし、浸水対策の隔壁があるから、部屋を作る事が容易だ」


「すでに戦争が終わって久しい今日こんにちだ。多くの輸送艦は商船として商家が買い付けているだろう。だが、砲艦は武装を外して予備艦隊として港に繋がれたままのはずだ」


「帝国も維持費に困ってるだろうから、タダ同然に安く買い叩けるはずだ。こちらは腐っても貴族なんだ、なんだかんだと理由をつけて買ってしまおう」

「しかし、買付けに使う金はどうするのです……?」

「そこはコボルド銀製品を使う。換金に少し時間はかかるだろうが」

「閣下の御意のままに。使えそうな砲艦を探してきましょう」


「――次に、うちに来てる定期市の船の問題があるな」

「てっきりお知り合いに来てもらってるのだと。そうではないのですか?」

「いや、あれは沿岸部の漁師たちが、浜で釜炊きして作った塩や干物を売るルートの終点がたまたまサモ領だった、ただそれだけの事でしてな」


「特にお願いして来てもらってるとかそういうわけではなく、勝手にやってきてるそんな感じですね」


「問題は、彼らの船が冒険者を載せられるほど大きくない事ですな。精々10人乗りの平底船ですから、とてもではないですが、冒険者パーティを相乗りさせるのは無理があるかと」


「なるほど、うーん……釜炊きの塩、あれ? っていうことは、サモ領の木材は、彼らが燃料にするとかで買って行ってるってことですか?」

「ええ、そうですが何か?」

「であるならば――サモ領の山林への入会権いりあいけん、それを彼らに売ってしまいましょう。」


「入会権というのは、山林や浜辺の共同利用を村落等に認める法律です。村人なら、山で薪拾いや木の実、野草なんかは自由にとってもいいよ。という法律ですね」


「ほう。そんなものまで法律になっているんですな」


「はい、それで、この入会権は村であれば全会一致、領地や私有地であれば所有者の判断で分け与えることができます」


「なるほど、見えてきたぞ。つまりタダで入会権を渡す見返りに、彼らの船に冒険者を乗せるというわけだな?」

「ご名答です。」


「であれば、彼らにも船を出すメリットが大きくなってくる。もっと大きな船をこちらに寄越せば持ち帰れる木材も増える。こちらは1ゴク銅貨も出さずにインフラを太くできるというわけだ」


「はい、ついでにポーションや工具の類を載せられる余裕もできるかと。山に入るなら人足の為の薬や道具の用意は必要でしょう?」

「……なるほど。いけるかもしれない」


「――待たれよ、それではつまり……冒険者ギルドを通さない、『闇営業』になるのではないか?」


 声を上げたのはマーゴ・ノサイフだ。


「冒険者ギルドを通さない個人的な活動となれば、冒険者の評価は上がらん。金を稼げたとしても、それでは意味がないと感じる者もいよう」


「えぇ…冒険者ギルドにピンハネされ、奴隷以下の扱いを受けたとしても、実務経験が得たいと、そう来ましたか」


「言い方ァ!?」


「はて、ダンジョンとは勝手に冒険者が突入していくものではないのですかな? どこに冒険者ギルドが関与する余地が? 今回のように護衛を依頼したような事例ならわかるのですが」


「ええと、そこの説明をすっかり飛ばしていましたね。ダンジョンは冒険者ギルドに登録されて、脅威度に応じた管理がされます。管理といっても、冒険者ギルドが実際に何かするわけでもないんですが……」


「実際に管理するのは領地の衛兵ですし、ギルドはただ乗りって感じですね」


「冒険者がダンジョンに潜るときに計画とか人数を書類に書いて提出。日付までに帰って来なかったら遭難。帰ってきたら戦利品を記録。管理費を差し引いて冒険者にお金を渡す。大体そんな感じですね」


「それって……ぶっちゃけ中抜きじゃないか?!」


「冒険者ギルドって帝国軍からの天下りが多いですし、ギルドのトップからして、ナビリク・ハーケン伯爵なので……お察しくださいという感じですね」


「……あいつか。まだ同じようなことをしているのだな。」


 ナビリク・ハーケンはワールイ帝国の人事部門の高官で、徴兵業務に加え、給金や年金の管理をしていた者だ。

 少数民族に対してピンハネを行っていたことから更迭されたはずだが、いまは冒険者ギルドの長なのか……とんでもないな。


「しかし冒険者さんが望むのであれば……そうですね無難なところではダンジョンの見回り依頼でしょうか?」


「閣下からギルドへダンジョンの中を見回る依頼を出します。そして依頼に提示するサモ領までのルートは陸路にしてしまって、名目上は僻地にしておくんですけど……実際には裏道の川を使ったルートで来てもらうとか」

「なるほど。そうして評価額との矛盾が生じないようにするのですな」


「しかし、そんな事をしても大丈夫なのですか?」


 カランは不安の色を隠せない。


 彼の不安はもっともだ。

 しかし、どのみちサモ領がこのままでは、いずれ破産する。

 転がり込んだこの好機を拾い、勝負を仕掛けるしか無い。


 私は屋敷の中を見回す。目に入る殆どのものは、私が手に入れたものではない。

 13世と言う名が示す通り、これは私の祖先のものだ。


 このサモ領を拓いた祖先は、何を思ってここに住み着いたのか?

 彼らは勝負を挑んだ。そして一度は勝った。


 今度は私の番が来たのではないか?


 ――何もしなくても死ぬなら、抗って死んだほうがいい。

 いっそ死ぬ気でやってみようではないか。

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