サモ領の夜明け?
―サモ領にナズーが訪れてから、3か月後。
サモ領はダンジョンができてからというもの、いろいろと変わった。
とりわけ目立つのは、桟橋にあった鳥のクソだらけのクレーンが姿を消し、その代わりに6等戦列艦『トライアンフ』が跡地に収まったことだろう。
この船は幾多の戦いを経た後、帆を休め、冒険者の為の水上ホテルとなった。
全くの偶然なのだが、このトライアンフは50年以上も前、サモ領の木材を使って建造された船だった。彼女にとっては里帰りというわけだ。
トライアンフは複式甲板をもっており、一層で3門ずつ、片舷6門の巻き上げ式大弓を装備していた。今はそれらは取り外され、大弓が据え付けられていた戦闘室を改装して4~5人が眠れる冒険者用の部屋とした。最大で12組が宿泊可能だが、満杯になることもしばしばだ。
かつて艦長が指揮を執っていた船尾楼には、ナズー殿のアドバイス通り、川の神の祭壇を作った。このお賽銭だが……馬鹿にならない収入になっている。
トライアンフを記念艦として往時の姿に戻してやり、ホテルをちゃんと用意しようではないか、そんな話も出るくらいだ。
そして今日は半月に一度の商船がやってくる。コボルド銀製品の取引によって潤ったのは行商に来ていた連中も同じらしい。
渡し舟とそんなに変わらない露天の平底船だったのが、今は河川用に最適化された2本マストのハルク船だ。全く、燃料費がタダになったとはいえ、ずいぶんと儲けたものである。
彼らは行きに塩と冒険者を載せて、帰りには塩づくりに使う燃料を載せて帰っていく。その燃料を拾い集める労働力を提供することで、冒険者たちは運賃の代わりとしていた。
桟橋についた船から、ぞろぞろと冒険者が降りてくる。彼らは始点の沿岸部から乗っている者もいれば、寄港地で乗り合わせた者もいるだろう。
遠路はるばる陸路でやって来る冒険者もいるが、こうやって船旅で体力を温存した冒険者に比べると、ダンジョンで倒れる確立が高いようだ。
それに、陸路でやって来る者たちは物資も乏しい。
船で来た者たちに物資を分けてもらおうとすれば、当然吹っ掛けられる。
痛い目にあった冒険者は裏道の存在を知り、次は陸路ではなく、船でこようと決意する。こうして裏道の話は口コミでじわじわと広がりつつあった。
さて、ウチから冒険者ギルドに出しているダンジョンの見回り依頼の件だが、こちらに関しては最小限となっている。
ギルドが得をすれば、結果としてハーケン伯爵の懐も潤ってしまうのが腹立たしいというのもあるが……。
ギルドの助けを得なくても、ダンジョンに十分な数の冒険者がやって来るからだ。ギルドの評価よりも、実入りの良さのほうが重要という事なのだろう。
マーゴの指摘とは反対の動きになっているのは少し気になるが、今はそれよりもやって来る冒険者をさばくのに必死だ。
日ごとダンジョンから得られる利益も上がってきている。主な要因はコボルト銀製品の生産量の増加によるものだ。なぜそんな事が起きてるのかというと、冒険者がたくさん来るようになってから、ダンジョンが成長し始めているのだ。
その原因は狗鬼にある。
最初に私たちが訪れたトンネルの先、歩きシーテケから身を守るために封鎖した防爆壁の向こうで、あの毛玉たちはこっそり拡張工事を進めていたのだ。
かなり深部まで掘り進めたようで、先遣隊の報告では、これまでダンジョンで見られなかった、新種の生物が発見されたとの報告も上がっている。
今は第2次探検隊を送り出したところで、コボルド達が掘り進めた深部で、いったい何が起きているのかを調査中だ。
難易度や生産物に変化があれば、ナズー殿をまた呼ばねば……。
これ以上掘り進めないようにコボルド達にはお願いしたが、狗鬼とコミュニケーションが取れているのか、よくわからないので、不安しか無い。
しかし、貧困にあえいでいた昔と今は違う。
サモ領にも金銭的余裕が生まれているし、評価が上がったとしても、今度はより野心的な計画が立てられるだろう。
それこそ、その場しのぎでやる必要もなくなり、正規の宿泊施設や施薬院を用意することもできるだろう。
そうなればサモ領は本格的な町として栄えていくのも夢ではないだろう。
シーテケしか寄る辺の無かった時とは違い、民の目にも力がある。
いずれ環境や時代の変化で立ち行かなくなることもあろうが、木材加工からシーテケ、ダンジョン業へと切り替えに成功し、窮地を乗り越えたことは、領民にとっても自信となるはずだ。
そういった自信をもった民なら、次に何が起きようが踏ん張ってくれるだろう。
そうした民を率いることができるのはサモ家にとっても誇らしいものだ。
しかし、この状況を作り出した肝心要のナズー殿は、召喚命令が出て、今は帝国の首都に戻ってしまっている。
サモ領でいろいろグレーな事をやらかしたのがバレて、ダンジョン鑑定士を首になったとかではあるまいか? そう危惧したのだが、ナズー殿いわく――
『この不正がバレるほど諜報が有能なら、帝国はどの戦場でも負けていない』
ということらしいので、本当になんらかの用向きで呼ばれただけのようだ。
もしナズー殿が戻られたらまた相談に乗ってもらわねば……。
サモ領はいろいろ変わったが、執務室は全く何も変わっていない。
もっとも、変える必要など無いのだが。
執務室の中で書類仕事をしていると、カランが扉を開け、紙の束を差し出してきた。心なしか顔色が悪い。
私は新製品のキノコ茶をカランに勧めて、自身も口にする。
「閣下、第2次探検隊からの報告が上がってまいりました」
「顔色が悪いな、状況はかなり悪いのか? 死傷者がでたか」
「いえ、探検隊は無事です。ただ……」
「――深部はアイチ=タヨト藩国の兵器工場だったようです。最初はただの遺跡だったのですが、コボルド達が入り込むと稼働を始め、それらが未知の兵器を自動生産しているそうです。」
「未知の兵器? しかし600年前の兵器では……バラすにしても手間そうだな」
「それが――ゴーレムの類の自動ヒト型兵器のようで、今は待機状態にありますが5000体ほどのゴーレムが命令を待っている状態だそうです。」
「オロロロロロロ」
あまりのことに一瞬、思考が止まり、そのあと一気に吐き気が襲ってきた。
「閣下、お気を確かに! まだ何も起きてません! 起きるのはこれからです!」
「いや、マジでどうするんだよそれ……どう扱っても厄介すぎるだろ! 古代の竜とか魔王が見つかった方がまだマシだわ!」
「本当に出てきそうだから、それ以上は止めましょう」
「ああ、うん……しかしだな、こうなってしまってはナズー殿の他にこの件を頼みようがないぞ? ああ、早く帰ってきてくれ……」
サモ13世は吐き気を抑えるために外の風に当りにいった。
日差しが春から夏に変わりつつあるのを感じながら、遠く空の向こう、帝国首都にいるはずのナズーを思ったのであった。
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