ダンジョン鑑定士はズルがしたい。破産寸前の領地を立て直せ!

ねくろん@カクヨム

嵐の前触れ

 ダンジョンとは?


 この世界に唐突に現れる「穴」であり、そこには財宝と、恐ろしい怪物が眠っている。ひとたびダンジョンが生まれれば、人々はそこに殺到して、ゴールドラッシュもかくやという乱痴気騒ぎが起きる。


 ダンジョンはそこに立ち入るものに、富と名声をもたらす。

 そして迂闊なものには死を――。


 しかし、ダンジョンにはモンスターより恐れられているものがある。

 ――そう、『税金』である……!


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 帝国は先の皇帝の時代、世界各国とバチバチにバトっていた。その際、帝国軍の軍装が黒で統一されていたため、ワールイ帝国は別名「黒帝国」と呼ばれていた。


 しかし歴史家は、ワールイ帝国が「黒帝国」と呼ばれるようになった理由は、他にもあると主張する。


 すなわち、黒帝国は兵士に装備を支給するが、その価格は相場より異常に高い。そして、支給って言ってるくせに、給料から装備品代を天引きする。

 さらに、兵士は裁量労働制とみなし残業、週休1日制のトリプルコンボによって、月90時間を超える残業が常態化。労働時間は致死量に至っていた。


 そういう意味で真っ黒だから「黒帝国」。この学説が今では主流である。


 しかし、先帝が崩御されてからというもの、帝国は変わった。後を継いだ皇帝はさっさと戦争を終わらせ、外交は平和路線に切り替わった。

 そして漆黒だった労働環境も、少しずつホワイト化が進んでいる。


 戦争が終わり、故郷に帰ってきた兵士は商売を始めたり、戦いの名残を求めて冒険者になった。若者が帰ってきた村や町は、そうして賑やかさを取り戻している。


 そして、ここは「ワールイ帝国」の辺境の地「サモ領」。


 春の穏やかな風がとある屋敷の窓を通り抜け、暖かな木材の…むしろ温かみ以外は何もない、部屋の中に一葉の枯れ葉が入り込む。世間では景気のいい話が流れているが、この屋敷は何処か負のオーラを感じさせた。


 この屋敷の装飾は独特であった。金属を草花の形にあしらう帝国様式ではなく、山岳民族風の鹿や鳥の彫刻がはり欄間らんまにみられる。


 これは数世紀前の流行だ。時代に取り残され過ぎて、もはや文化財に片足突っ込んでるといっていい苔むした屋敷の中で、中年の男が一人悩みもだえていた。


 白髪交じりの容貌から、相応に苦労を重ねたというのが見て取れる。彼は執務机に腰かけ、懊悩おうのうしながら、片手には紙片を握りしめていた。


 どうやら悩みの種はその紙切れらしい。

 男は手を開く。すると、その手の中に握られていた紙にはこう記されていた。


 ――サモ13世閣下へ、閣下の治める領土にて新たなダンジョンを発見せり。

  サモ13世万歳ばんざい


「万歳じゃないよぉ…むしろ天災だよぉ…」


 はぁ、とため息をついて、サモ13世は執務机の上にあったベルを鳴らす。

 年季の入った赤銅色のベルは「りん」と澄んだ音を響かせた。


 すると間もなく、やせぎすの老人がサモ13世の前に現れる。


 老人は長い白髪をうしろになでつけ、革の野外着をまとっている。見た目は年老いた猟師のそれだが、その眼光とたたずまいには、得も言われぬ気品があった。


「カラン、うちの領内でダンジョンが見つかったのだな?」


カランと呼ばれた白髪の老人は、小さくうなずくと懐からいくつかの用紙を取り出して、執務室の机の上に並べた。


「はい。これが発見されたダンジョンの詳細です」


 こちらが指示を出さなくても必要なものは揃える。カランのその気遣いに、サモ13世は感心した。書類は絵を用いて直感的に情報がまとめられ、全体の把握にはそれほど時間がかからなかった。


「ダンジョンの規模は中規模。モンスターは小型の獣や昆虫類、獣人種のコボルドが確認されたか」


「毒や魔法を使うモンスターは無し…。すごい初心者向けだねー、人いっぱい来そう、マジで最悪だな」


――ダンジョン。


 それは、危険な生物が住む、洞窟や遺跡の総称だ。

 元々は何か別の意味だったらしいが、今となってはその言葉の意味は忘れ去られ、多種多様の化け物が、一種の生態系を持って住んでいる場所。

 それくらいの意味になっている。


 そんな危険な代物、とっとと埋めてしまえと思うのだが……。

 ダンジョンに住む生物は、希少な資源や金貨の類を持ち歩いている。


 一種の鉱脈ともいえるダンジョンは、帝国にとってその存在を厳重に管理され、土地所有者はそのダンジョンの価値に応じて――

 

 そう、当然、『税金』を取られる。

 それもべらぼうな額の税金を。


「カランも知っての通り、うちは山ばかりで農業も出来ない。特産物といえば先代が血道をあげて栽培方法を確立した、キノコのシーテケくらいのものだ」


「閣下の『干しシーテケ』の事業化により、輸出が可能になりましたが、それでも儲けはトントンといったところですな」


「ああ。輸出のために道を整備したが、あれが不味かった。利益のほとんどを道に吸われてる。ここでダンジョン事業が始まってもみろ」


「宿屋、商店、トイレなどのインフラ、公共施設が必要になりますな」

「経営が軌道に乗る前に、干上がるのがオチだよ」

「サモ領は質素倹約が旨ですので」

「取り繕わなくて良い。つまり、貧乏ってことだ」


 どうしたものか?

 サモ13世は腕を組むと両の目を閉じ、石像のように動きを止めた。その姿を見たカランは、自分の主に「あること」を進言した。


「――閣下、ここは、ダンジョン鑑定士に鑑定を依頼しましょう」

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