第4話 段ボールさんとかくんぼ

「こういうのはどうかな?」


 頼斗らいとがそう言って取り出したのは、いつも手を拭いたりするために持っているハンカチだ。

 顔を隠したいダンさんの気持ちは尊重したいが、そのままでは顕微鏡を使えない。そんな矛盾を解消するには、別のもので隠すしかない。

 ただ、これはかなり大きなリスクでもある。誰かが覗き込んでしまったら、ハンカチ一枚の裏側を見ることなんて容易いだろうから。


「や、やっぱりダメだよね。僕がスケッチするから、後でそれを真似て書いて」

「……」フリフリ

「やってくれるの?」

「……」コクコク


 ダンさんは小さく頷いてくれたが、ハンカチはいらないと押し返されてしまった。

 その代わり、頼斗自身が窓際まで連れていかれると、顕微鏡を覗き込むジェスチャーと何かを庇うようなジェスチャーを続けて見せられる。


「あ、僕に隠せってこと?」

「……」コク

「でも、もし失敗したら……」


 頼斗は身長こそ低くは無いものの、体格はひょろひょろな方だ。人ひとりを隠す壁になるにはあまりにも心許なさすぎる。

 けれど、失敗という言葉を聞いた瞬間に段ボールの穴から飛んできた鋭い視線は、彼の中から選択肢を奪ってしまう。

 やるしかないのなら最善を尽くそう。彼は心の中でそう呟くと、ダンさんになるべく角の方へと移動してもらってから背を向けた。

 自分も見ないようにしているのは、言わずもがな見られたくない対象に頼斗も含まれているからだ。


「よし、始めていいよ」


 その合図を聞いてゴソゴソと背後から音が聞こえる。頭のダンボールを外したのだろう。

 正直、あれだけ隠されていたものが今すぐ後ろにあると思うとものすごく気になる。

 けれど、頼ってくれた彼女を裏切る訳には行かない。彼は心に鞭を打って前を見続けた。

 ただ、やはり何事もなく終わるなんてことは無い。段ボールが外れていことに気がついたクラスメイトたちが、ザワザワと騒ぎ始めてしまう。

 好奇心旺盛なのはいいことだが、守っている頼斗からすれば心臓が飛び跳ねるほどの一大事。

 その中の一人、チャラ男くんが近付いてきたなら尚更大慌てである。


猫田ねこた、ちょっと見せてくれよ」

「だ、ダメだよ……」

「ちょっとでいいからさ。お前も気になるだろ?」

「そんなことは……」

「いいからそこ退けよ!」


 探究心の魔物と化したチャラ男くんは、ついに痺れを切らして掴みかかってくる。

 空気を読むことが得意な頼斗は、かつてこれほど周囲の人間の意見に反対したことは無かった。

 けれど、今ばかりは負けるわけにはいかない。たとえ相手の方が力が強くても、意地でもこの場所から動くわけには―――――――――――。


「い、痛い痛い!」

「どうだ、退く気になったか」


 ――――――心の前に腕が折られそうだ。

 もしかすると、彼女はそんな状況を察して頭を回転させてくれたのかもしれない。

 チャラ男くんに押しのけられる直前、背後から服を引っ張られる感触を覚えた後、思いっきり制服のシャツを捲り上げられた。そして。


「ひゃっ?!」

「「「「「…………」」」」」


 頼斗の情けない声を最後に、教室全体が静かになる。意図的に黙ったのではない、言葉を失ってしまったのだ。

 だって、ようやく見えたと思ったダンさんが、頼斗の制服の中に頭を突っ込んでいたから。


「あ、ちょ、ダンさん……」

「……」

「髪が……背中くすぐったいよ……」

「……」


 身を隠すためとは言え、女の子が服の中に入ってくるという感覚は、恋愛経験ほぼ皆無の彼にはあまりに強すぎる刺激だった。

 そんな頼斗が悶える姿を見ていられなくなったのか、クラスメイトたちの視線は少しずつあっちこっちへと逸れていく。

 チャラ男くんも「お前ら、そういう関係だったのか」とよく分からないことを呟いて離れて行った。

 少しばかり周りの見る目が変わってしまった気もするが、ダンさんの機転のおかげで無事に再び段ボールを被ることが出来る。

 そう思って安心していたのだけれど、一難去ってまた一難とはよく言ったもので……。


「そこの二人! 授業中に何をしているんだ!」


 この異様な光景を目撃してしまった先生によって、放課後に職員室へ来るようにと言われてしまう二人であった。

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