第12話 ダンボールさんと花火と秘密

 大きなお祭りというのは実に楽しいもので、あっという間に時間が過ぎてしまった。

 遊びを満喫し、美味しいものも沢山一緒に食べた二人は、もうすぐ花火が上がるというアナウンスを聞いて顔を見合せた。


「花火、見ていく?」

「いいところ、知ってる」

「それはいいね」

「こっち」


 白愛はくあに連れられて会場を出た頼斗らいとは、そのまま近くの商店街を抜け、住宅街の横を流れる川沿いまで走る。

 かなり離れた場所まで来たから、既に花火は上がり始めていた。

 距離もあって迫力は無いが、確かに騒がしいことを好まない二人にとってはいい場所なのかもしれない。

 頼斗は白愛の額に滲む汗を拭いてあげた後、並んで草の上に腰を下ろした。


「綺麗だね」

「綺麗」

「よくこんな場所見つけたね」

「探してた。二人で話が出来る場所」

「それはつまり?」

「大事な話がある」


 大事な話。そのワードで心臓が飛び跳ねる。

 けれど、あまり前のめりになっても気持ち悪いと思われるかもしれない。

 彼は何度か深呼吸をした後、気持ちが落ち着いたのを確認して「続けて」と促した。


「頼斗に隠してたことがある」

「隠してたこと?」

「そう。実は、タルステツトに帰る方法は一年過ごすだけじゃない」

「えっ?!」

「叔父さんとの約束。一年日本で過ごすか、帰れる」


 彼女が言うには、何も校長先生の意地悪発言ではなく、恋人にしたいと思える程に信頼出来る相手が出来ることに意味があるらしい。

 もしそうなれば、彼女はきっとまた日本に来てくれる。来るために自分の境遇と戦う意欲を見出してくれるだろう、と。


「どうして今それを?」

「私、迷った。こんな理由で答えを出せば、頼斗に利用したと思われるかもしれない」

「……うん」

「嫌われたくない。伝えるのが怖かった」


 微かに震えている指先を必死に押さえようとする白愛。頼斗はそんな彼女の手を握ると、目を見つめながら言った。


「僕が白愛を嫌いになるはずない。それに、利用されたなんて思わないよ」

「……ほんと?」

「お母さんのところに帰りたいんだよね。その力になれるなら、僕はなんだってする」

「頼斗……」

「それに、僕は白愛と付き合えるなら嬉しいよ。白愛のことが好きだから」


 彼女は告白の言葉に一瞬瞳を震わせたが、すぐに嬉しそうに細める。

 けれど、やはり自分勝手なお願いだと思ってしまっているのだろう。「だけど……」と下唇を噛み締めた。


「離れ離れになる」

「それでもいい。白愛が望むなら」

「次、いつ会えるか分からない」

「いつまでも待ってる」

「……死んじゃうかもしれないよ?」


 白愛の声が震える。こんなことは言いたくないはずなのに、無視出来ない可能性だからと勇気を出して声にしてくれたのだ。

 それが目を見れば分かるから、彼は彼女の体を強く抱き締めた。神様が他の何よりも優先して守ってくれますようにと願いを込めて。


「大丈夫。きっと大丈夫だから」

「……こんな私でもいいの?」

「白愛がいいんだ」

「恋人になってくれる……?」


 正直、離れたくない気持ちが無いわけじゃない。不安がないわけが無い。

 けれど、彼女の意思がそうであるのなら、頼斗に拒む必要なんて無い。

 恋人になるという言葉の代わりに、彼は求めるように突き出される唇に口付けをした。


「またいつか」

「……また、いつか」

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 あの日から約一年。

 初めは毎日のようにしていた白愛とのメッセージのやり取りも、最近は減ってきたなと落ち込んでいる頼斗。

 相変わらず隣の席のギャル子さんは、ポッキーを持ち手の方から食べている。

 そんないつも通りの平凡な朝、彼はチャイムと共に教室へ入ってくる先生……の後ろを歩く女子生徒を見て目を見開いた。

 素顔をダンボールで隠した正体不明の彼女。頼斗は彼女から目が離せなかった。


「ダンボールです」


 あの時と同じ、一言だけの自己紹介。間違いない、彼女の正体は――――――――。


「……改め、白愛 セレスティーヌです。昨日、日本に戻ってきました」


 スポッとダンボールを脱ぎ捨て、こちらを真っ直ぐに見つめる金色の瞳。

 頼斗は何かを言うよりも先にイスから立ち上がると、彼女へと駆け寄って抱きしめていた。


「ダンさん!」

「その呼び方はやめて」

「あ、ごめん。白愛、おかえり」

「……ただいま、頼斗」


 彼はこの時見た笑顔を、永遠に忘れることは無いだろう。世界で一番美しくて、宇宙で一番愛おしいあの笑顔を。

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