第11話 待ち合わせとダンボールさん

 時は流れ、今は夏休み。

 一学期を無事それなりの成績で乗り越えた頼斗らいとは、そのご褒美とも言えるイベントに向かっている最中だった。

 初めてダンさんの顔を見て、秘密をカーテン越しに教えられてから、彼女は変わらずダンボールを被って生活していた。

 けれど、守るなんて大胆な発言をしたおかげなのか、自分から関わりに来てくれることがあれから増えていったのだ。

 テスト勉強のためと家にお呼ばれしたこともあるし、逆に来てもらったこともある。

 週末にお出かけしたり、服を選び合ったり、ゲームで対戦したり。着実に距離を縮めている感覚があった。

 そして昨日の夜。ついにダンさんの方から、『夏祭り、行く』とお誘いのメッセージを貰ったのである。

 これまでも彼女から誘ってくれることはあったが、全て頼斗側のさり気ない「〜とかどうかな」と催促があったからこそ。

 自主的に誘ってくれたのは初めてだ。


「えっと、この辺りのはずなんだけど……」


 待ち合わせ場所に指定されたのは、大きな交差点を左に曲がってから14番目の街灯の下。

 どうやら少し早く着きすぎたらしい。そこに立っていたのは、俯いたままスマホを握り締めている浴衣姿の黒髪の女の子だけだったから。


(待ってると緊張しちゃいそうだな)


 そんなことを思いながら、この辺りを一周して時間を潰そうと通り過ぎようとすると、突然女の子に腕を掴まれた。

 知り合いだったのだろうかと振り返ってみると、彼女はゆっくりと顔を上げる。

 黒い瞳がこちらを見つめる。はて、どこかで会ったことがあるような――――――――。


「って、ダンさん?!」


 髪と瞳の色が違うから気が付かなかったが、よく見てみれば彼女で間違いない。

 髪は染めて、瞳はカラーコンタクトを入れているのだろうか。考えれば予想出来ることだった、大勢がいるお祭りで隠していたものをさらけ出せるはずがないことくらい。


「というか、ダンボールは?」

「色を隠せば、多分大丈夫。それに頼斗もいるから、守ってくれる」

「そうだね。守るよ、絶対に」

「……色、違うけど。これでいい?」

「いいって何が?」

「前にした約束。素顔を見せるって」


 そう言えば、あの日確かにそう言った。けれど、まさかそれが今日だとは思っていなかったから、準備していなかった口元が思わずニンマリと緩んでしまう。


「むっ、どうして笑う?」

「いや、見せてくれたってことは僕を信用してくれたってことなんだなって」

「……信用はしてる、ずっと前から」

「じゃあ、どうして今日なの?」


 彼のその質問に、ダンさんはほんのりと赤く染めた頬を両手で包み込むようにしながら顔を背けてしまう。

 あまり言いたくない理由なのかと思ったが、ボソッと呟かれたのは「は、恥ずかしかったから」という言葉に胸を撃ち抜かれた。


「か、可愛い……」

「かわっ?! どうして! どうして……!」

「ごめんごめん。でも、本当にそう思ったから」

「……頼斗、ばか」

「褒め言葉だと思っておくよ」


 そう言って笑うと、ダンさんもほんの少しだけ微笑んだような顔を見せてくれる。

 これで無事に待ち合わせも出来た。次はお祭りの会場へ向かうのだけれど、やはりそこそこの規模なだけあって人が多い。


「ダンさん、手を繋いでもいい?」


 はぐれないための最善策、という名目で本当は自分が握りたいだけなのかもしれない。

 けれど、彼女はぷいっと顔を背けると、彼の申し出を無視してしまった。


「ご、ごめん。嫌だよね……」

白愛はくあ

「ん?」

「白愛、それが私の名前」

「つまり、人違いってこと?」

「そうじゃない。ダンは私、私が白愛でダンは……あ、あれ……?」

「ふふ、分かってるよ。少しからかっただけ」

「……むぅ」


 不満そうに頬を膨れさせる彼女に、今度は「白愛」と呼びながら手を差し出すと、今度は迷いなく握ってくれた。

 それが人混みに揉まれてしまわないためだとしても、頼斗は彼女の温もりを感じられることが嬉しかった。


『自分のこの気持ちはなんなのか』


 それはあの日、自分に課した質問の答えが彼の中で出ているからなのかもしれない。

 守りたいという想いの裏にあるものが、他でもない白愛へ向けた恋心であるのだと。

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