隣の席の女神様の引きこもり学園生活〜変わり者転校生はダンボール箱入り娘〜
プル・メープル
第1話 普通の男子高校生と段ボールさん
普通、普遍、在り来り。
そんな言葉を当てはめるなら誰がいいかと聞かれれば、おそらく大半の人間が彼だと名指しするだろう。
彼が通う
そろそろお互いの顔を覚えただろうという頃、教室はいつにも増してざわついていた。
何故なら、どこかの誰かさんが転校生がやってくるという噂を聞き付けたとみんなの前で言いふらしたから。
そう、転校生ということはつまり、新しい仲間が増えるのである。そんなイベントは、経験しない学生の方が多いくらいにレアだ。
これには普通を望む頼斗も、ついつい胸を躍らせてしまう。可愛い子が来るかもしれないなんて話を耳にすれば尚更に。
そんな期待に胸を膨らませる彼らの視線は、チャイムが鳴り終わると同時に開かれた教室の扉へと一斉に向けられた。
イケメンか、はたまた美女か。転校生というワードは実に卑怯なほど特別感を醸し出す。相手も普通の人間だと言うのに。
けれど、仕方がないじゃないか。普通の日常の中に求めてしまう刺激は、ありふれた欲と渇望の中に成り立つものなのだから。
そんな誰に対してかも分からない言い訳を心の中で零したクラスメイトたち。
彼らの儚き夢と妄想は、担任教師に連れられて入ってきた彼女の姿を見た瞬間に打ち砕かれた。
「もう聞いているとは思うが、今日からみんなの仲間になる……えっと……」
「……段ボールです」
「だ、段ボールさんだ。仲良くするように」
目と口の部分に小さな穴が空いただけの四角い箱。それを被った彼女の自己紹介は、まるでカワセミが獲物を仕留める時のように一瞬だった。
いや、もしかしたら獲物は言葉だったのかもしれない。そう思ってしまうほど、誰もがそれを失っていたから。
趣味の話や意気込みも無いし、何なら本名すら教えられていない。顔も分からないのではコミュニケーションの取りようが無い。
これで今日から仲間だと言われても、ハイソウデスカと受け入れられるようなメンタルは誰ひとりとして持ち合わせていなかった。
転校生が段ボールで顔を隠しているなんて誰が予想出来ただろうか。もし居たとしたら、きっとそいつは魔女狩りの餌食になるべきだ。
頼斗はそんなことを心の中で呟きつつ、無言でこちらへ歩いてくる段ボールさんのことを見つめた。
(そうだ、空いてる席は僕の隣だけだ……)
言わずもがな、自然と座席は確定する。そしてこういう時、よくあるシチュエーションが『教科書見せて』だ。
突然の転校ならまだ持っていない可能性もある。そうなれば見せるべきは隣の席である自分。
しかし、ポジティブに考えればこれは彼女について知る機会でもある。関わってみれば意外といい人な可能性も捨て切れ無いし。
頼斗は自らを鼓舞するように「よし」と呟くと、一限目の教科書を引っ張り出してそれを隣に差し出そうとした。
一番最初の会話が肝心だ。ここで優しい人だと思って貰えれば、今後のコミュニケーションも取りやすくなる。
それに、頼斗の右隣に座っているのはギャル。基本的には優しい人だが、少し苦手意識を持っているから話しかけづらい。
段ボールさんと仲良くなることが出来れば、忘れ物をしてしまっても見せてもらいやすくなる。これは自分にとってもチャンスなのだ。
「よし。あの、もしよかったら……」
勇気を出して話しかけようとした彼だったが、そこで言葉を詰まらせてしまう。つい先程までそこにいたはずの彼女が消えているから。
一体どこに行ったのかと見回してみると、彼女は何故かベランダの方から何かを引っ張って来ているではないか。
大きな四角い箱……いや、よくよく見てみれば色々と細工がされている。
「な、何これ……」
そう言えば誰かが段ボールが置いてあるのを見つけたと言っていた気がする。どうせ捨てるものだろうと思って気にはしなかったが。
段ボールさんはそれを持ち上げると、まるで計算して作ったのかと思うほどすっぽりと自分の席へと被せてしまう。
それから横に付いた簡易的な扉を開けると、迷いもなく中に入って行った。まるでネカフェの個室だ。
教室の中のダンボール箱、その中に段ボールを被った女子高生。それを見ても注意しない担任教師、どう考えても普通じゃない。
隣のギャル子さんが、授業中にポッキーを持ち手から食べ始めたのを見た時よりもおかしい。
「あの、段ボールさん……?」
声を掛けてみるが返事は無い。聞こえていないのかと背を反らしたりして段ボールを確認してみると、小さく『お呼びの際はこちら』と書かれたボタンを見つけた。
試しに押してみると、ドアについた小窓が開かれ、そこから段ボールさんが目(?)を覗かせる。
あれは段ボール製の呼び鈴だったのか。なかなか手の込んだものを作っているらしい。
「……」
「あ、ごめん。挨拶しようと思って」
「……」ペコリ
「ど、どうも。
「……ネコ」
「ネコじゃなくて猫田ね」
「……」
理解してくれたのかは顔が見えないから分からないが、段ボールさんは小さく頷いた後、再び小窓を閉ざしてしまった。
自分にしてはよく頑張った方だろう。これを皮切りに、仲良くなれればいいのだけれど……。
そんな淡い期待を抱きながらも、これならギャル子さんと仲良くなる方が簡単かもしれないと、既に若干諦めそうになっている頼斗であった。
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