第2話 段ボールさんと呼び方

 転校生と言えば初日からクラスメイトたいからの質問責めに遭うイメージがあるが、段ボールさんの場合はむしろその真逆だった。

 彼女には質問したいことが多過ぎて、誰も話しかけようとしない。突如現れたおかしな生き物に、全員が困惑しているのである。

 そんな中、今日の二時間目に早速訪れるのが移動教室。今日は実験をするということで、理科室で授業を受けることになっているのだ。

 そんなことは露知らず、段ボールから出てくる様子のない彼女を、空気読みが得意な頼斗が放っておけるはずもなく―――――――――――――。


(ど、どうしよう……)


 他のクラスメイト全員が出て行き、残るは自分と段ボールさんの二人だけ。

 自分が見捨てれば、彼女はここでずっと待っていることになる。あまりにも可哀想だ。

 授業開始までそう時間はない。ここは腹を括って要件を伝えよう。

 彼は心の中でそう呟きながら深呼吸をすると、思い切って例の呼び鈴を鳴らした。


「……ん」


 短く返事をして小窓を開けた段ボールさんは、何となくだが訝しげな目でこちらを見ているような気がする。

 けれど、そんなことに怯んでいる時間はない。遅刻してしまえば、それこそ目立ってしまう。

 隠れるようにして過ごしている彼女にとっても、それは不本意な結果となるだろうから。


「あの、次は移動教室なんだ。そろそろ移動しないと間に合わないよ」

「……移動教室?」

「そう、理科室に行くんだ。一緒に行こう」

「……分かった」


 そう言って頷くと、小窓を閉じて段ボールから出てきてくれる……かと思ったが、驚いたことに彼女は中に入ったままスッと立ち上がった。

 正直に言うと、声の掛け方に悩んでいる時に、やっぱり段ボールも持っていくのかななんてことを考えはしたが。

 けれど、まさかそれが被ったままだとは夢にも思うまい。四角い箱から細い足が生えた新しい奇妙な生き物の誕生である。


「……」

「あ、えっと、案内するね」


 ちょこちょこと後ろを着いてくる様子は、見ようによっては可愛いのかもしれない。

 ただ、並んで歩くにはスペースを取り過ぎるし、追いかけられるにしてもちょっと恥ずかしい。

 段ボールさんに向けられている他クラスの人の視線が、自分にまで突き刺さっているような気がして落ち着かなかった。

 こういう時は気を紛らわすのが一番だろう。答えてくれるかは分からないが、頼斗は試しに何気ない質問をしてみることにする。


「あの、何で呼べばいいのかな」

「段ボール」

「クラスメイトを物の名前で呼ぶのはちょっと……」

「……好きにして」

「じゃあお言葉に甘えて。って言っても、いい呼び方が思いつかないんだけどね」

「…………」


 アハハと笑ってみるが、表情が見えなくても冷めた反応であることは間違いない。

 先程から一切震えることのない段ボールの角が、その事実を物語っていた。


「そ、そうだ。ダンさんなんでどう?」

「何でも」

「じゃあ、ダンさんで。僕のことも好きに呼んで、って言ってもさすがに覚えてないか」

「……ねこ」

猫田ねこたね? でも、半分以上覚えててくれたのは嬉しいよ」

「……」


 相変わらず分かりづらいが、名前をある程度覚えてくれていたというのはいい情報だ。

 他人のことはどうでもいいと思っているタイプでないのなら、仲良くなるチャンスはきっとまだまだあるはずだから。

 頼斗はそう思いながら一応の進歩に満足していたのだけれど、すぐに聞こえてきた「ちがう」という言葉に顔を上げてガッカリすることになる。


「……ねこ」


 再びその二文字を口にしたダンさんの視線を辿った先に居たのは、この学校に通っている生徒なら誰もが見た事のある茶色いネコ。

 あれは校長がいつも抱っこしている飼い猫だ。今は解放されているのか、優雅に廊下の真ん中をこちらに向かって歩いてきている。


「なんだ、そっちの猫のことか……」


 名前を覚えてくれたのではなく、単に見つけたものの名前を口にしただけらしい。

 頼斗はその事実に肩を落としたものの、すぐに聞こえてきたチャイムの音に背中を押され、慌てて理科室へと走り出すのであった。


「ダンさん、こっちだよ!」

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