第5話 呼び出しと段ボールさん

 放課後、頼斗らいとは先生に言われたことを無視して逃げようかとも思ったが、とぼとぼと職員室の方へ歩くダンさんを見つけてやっぱりと彼女の背中を追いかけることにした。

 原因は彼女であったとしても、転校初日に一人で怒られたせいで学校が嫌になったりなんてしたら最悪だ。

 一度は乗せた船、向こう岸まで送り届けるのが責任とやつなのではないだろうか。


「ダンさん、行くなら声掛けてよ」

「……」コク

「職員室の場所分かる?」

「……」フリフリ

「じゃあ、一緒で良かった」


 そういうわけで、二人揃って職員室に顔を出したのだけれど、意外なことに呼び出した理科の先生は不在。

 代わりに他の先生が、「これを段ボールさんにって言われたの」と手紙を渡してくれた。

 一体何なのかと中身に目を通してみたところ、差出人は校長先生。理科の先生は自分が宥めておいたという旨の内容だ。

 それと、最後に『読み終わったら校長室に来て欲しい』という一文も付けられて。


「今度は校長先生からの呼び出しだね」

「……」

「この感じならお叱りでは無いと思うよ。多分、転校生に対する挨拶みたいな?」


 そういうことなら自分はお邪魔だ。頼斗は校長室は職員室のすぐ隣だと教えてあげた後、退散しようと背を向ける。

 ただ、制服の裾をグイッと引っ張られて振り返ると、ダンさんはいかにも行かないでと言いたげに唸っていた。


「あ、校長室の方が入る時緊張するもんね」

「……」コクコク

「もしかしたら僕も一緒に呼び出されてるかもしれないし、念の為に付き合うよ」

「……」ペコリ

「お礼なんていいよ。頼ってくれるのは、僕としても嬉しいし」


 ダンさんからすれば他に頼る相手が居ないから、渋々自分に言っているのかもしれないけれど。

 それでも力になれるのなら嬉しい。それに、今日一日彼女を見ていて分かったことがある。

 段ボールを被ったおかしな格好こそしてはいるが、中身は静かで人付き合いがあまり得意では無い普通の女の子なのだと。

 だったら、こちらが変に身構えて接していてはダメだ。他の誰とも変わらず、あくまで人と人として接するべきなのである。


「よし、じゃあ行こうか。校長室はすぐそこの扉の中だよ」


 後ろを着いてきてくれる彼女を誘導しつつ、いかにも校長室っぽい扉の前に立ってノックをする。

 聞こえてきた「入りなさい」という低い声に「失礼します」と返した彼は、扉を開けてダンさんに入ってもらった後、自分も入室してそっと閉めた。


「よく来てくれたね」


 そう言いながら大きな椅子をくるりと回転させてこちらを見たのは、ガタイのいいダンディな男性。彼がこの学校の校長先生だ。

 校長の代名詞とも言える長話をすることも無く、イイ声で生徒教師からの信頼も厚いと聞いたことがある。

 近くで見るとそんな噂にも納得で、整えられた髭が仕事の出来る男感を漂わせていた。


猫田ねこたクンも来てくれて良かったよ」

「やっぱり呼び出しには僕も含んでたんですね」

「まあ、そんなところかな。君には感謝を伝えておきたかったんだ」

「感謝、ですか」

「ああ。えっと、今は段ボールと名乗っていたのだったかな。ダンと君は仲良くしてくれていると話は聞いているよ」


 まるで自分の娘のように言う様子に、頼斗は思わず首を傾げる。

 聞くべきかどうかは迷ったが、試しに「校長先生はダンさんとお知り合いなんですか?」と聞いてみると、予想外の答えが返ってきた。


「知り合いなんてものじゃないよ。ダンはワタシの姪っ子だからね」

「め、姪っ子?!」

「本人の口から聞いてなかったかい? この子は無口なところがあるからねぇ」

「無口というか、何も言わないというか……」

「それでも仲良くなろうとしてくれているんだろう? ワタシはそれが嬉しくてね」


 校長先生はそう言って微笑むと、ダンさんに歩み寄って段ボールの上から頭をポンポンと叩いた。

 相変わらず表情は分からないけれど、少し喜んでいるような気がしないでもない。


「あの、校長先生はどうしてダンさんがこういう格好をしてるのかは……」

「もちろん聞いているよ。だから、先生たちも何も言わなかっただろう?」

「なるほど、先生が話を付けてくれていたからだったんですね」

「その通り。彼らは理由こそ知らないが、段ボールに隠れることを注意することは無い」

「ちなみにそれを教えてくれたりは?」

「ダメだ」

「ですよね」


 先生が言うには、本人の口から言えるまでは知るべきでは無いとのこと。それはごもっともで、頼斗も詮索するのを諦めた。

 何はともあれ、段ボールバリアが注意されない理由はハッキリしたのだ。それだけでも初日の収穫としては十分だと言えるだろう。

 彼は心の中でそう呟いて、こちらをじっと見ているダンさんを見つめ返すのであった。

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