第9話 炎とダンボール

 砂を片手にこちらへ戻ってくるダンさん。頼斗らいとがその姿を捉えた瞬間、ぴゅうと強い風が二人の間を通り抜ける。

 それと同時にふわりと浮かび上がった紙は、クルクルと回転しながら彼女の被るダンボールの上へと着地した。

 普通の紙が頭の上に乗るだけなら何の問題もない。しかし、あの紙には火が付いている。それも少しずつ大きくなり始めた火が。


「ダンさん!」


 慌てて声を上げたが、ダンボールに空いた小さな穴からしか周囲を見れない彼女には、紙の行方が分かっていないらしい。

 キョロキョロとしている間にダンボールから煙が上がり初め、その匂いでようやく自分が燃えかけていることに気が付いた。


「……! ……!」

「脱いで! 早くダンボールを脱いで!」

「うぅ……うぅ……」


 手遅れになる前にと急かすものの、ダンさんにとってダンボールは自分を守る盾のようなもの。

 聞こえてくる呻き声からそれを手放すかどうかを悩んでしまっていることが分かって、頼斗は思い切って強硬手段に出ることにした。

 自分で脱げないなら脱がすしかない。彼女にとって大事なものであっても、彼からすれば命の方が何十倍も大事だから。


「ダンさん、ごめん!」


 そう伝えてからダンボールを掴んだ瞬間だった。

 ものすごい勢いで走ってきた理科の先生が、両手に抱えたバケツの中身を頼斗諸共火にかけたのだ。

 おかげで無事に火は消し止められたが、ダンボールは上の部分にぽっかりと穴が空いてしまい、水を吸ってふにゃふにゃになってしまっている。

 もちろん、中のダンさん本人や頼斗も全身びしょ濡れだ。安全には変えられないけれど。


「お前たち!」


 怒鳴り声に肩が竦む。二人はまた怒られてしまうと怯えながら肩を寄せ合った。

 だが、先生の口から出てきたのは、彼らが想像していたものとは真逆の言葉で――――――――。


「怪我は無いか?!」


 心配そうに二人の様子を確認した後、何も無いということを理解してホッと胸を撫で下ろす。

 すぐに職員室へ呼び出す怖い先生かと思っていたが、どうやらそれは思い違いだったようだ。


「先生、迷惑かけてすみません」

「……」ペコペコ

「いや、紙に重しを乗せるように言わなかったこちらの責任だ。大惨事にならなくて良かった」


 まさか燃やした紙が飛ぶなんて、自分たちだって想像していなかった。けれど、考えれば分かることだったのかもしれない。

 先生は二人に対して責任を感じているかもしれないが、頼斗もダンさんに対して同じ気持ちを持っていた。自分が着いていながら、と。


「他の生徒には重しの件を伝えておく。二人は保健室に行って、制服を乾かしてもらって来なさい」

「でも、まだ実験が……」

「風邪を引いてしまったらどうする」

「そうですね、分かりました。行こうか、ダンさん」

「……」コク


 小さく頷いた彼女の手を引いて歩き出そうとすると、ボロボロになったダンボールの天井が敗れてストンと足元に落ちてしまった。

 これでは身を隠すことは出来そうにない。残念だが、新しいのを用意するしかないだろう。

 そう考えながら視線を彼女の顔に向けた頼斗は、思わず目を見開いた。

 ダンボールハウスの内側、ダンさんの顔だけを隠したダンボールヘッドまでもが、今にも敗れてしまいそうなほどに濡れていたから。


「ダンさん、頭!」

「……?」


 その言葉に首を傾げながら顔に触れる彼女。優しさのつもりで教えてあげたのだが、むしろそれが最後のトドメとなってしまった。

 乗せられた手の重さでモロモロと始まったダンボールの崩壊を止めることは出来ず、慌てている間に美しい銀色の髪がひょっこりと現れる。

 これはまずいと頼斗が動き出したのが、彼女の金色に輝く瞳が見えた頃。

 ダンボールを押さえることはもう不可能。だったら、隠すにはダンさんの頭ごと別の何かで見えなくしてしまう他に方法はない。


「し、失礼します!」


 つい口から出たその言葉を言い終えるが早いか、彼はボタンを引きちぎる勢いで脱いだ自分のシャツを彼女の頭に被せる。

 そして「保健室行ってきます!」と先生に告げながら、ダンさんの体をお姫様抱っこして校庭を走りぬけた。

 その光景を見た人は後に二人を「ミイラを運ぶ下着男」と呼ぶのだけれど、今の彼らはそんなことを知る由もない。

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